年金暮らしで「毎月5万円赤字」の厳しい現実
年金が年々減少し、税金や社会保険料の負担率は増加。親世代で家計破綻寸前の世帯も少なくない(写真:Fast&Slow/PIXTA)
「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は5万円」――。
金融庁金融審議会市場ワーキング・グループの報告書で示された試算の根拠は家計調査年報の数字にあります。2017年の数字によると、高齢夫婦無職世帯の実収入は20万9198円。これに対して実支出は26万3718円で、5万4520円の赤字になります。年間で65万4240円、30年間では1962万7200円です。
まさに約2000万円の不足ですが、ファイナンシャルプランナーの藤川太氏は、「20年前に比べてこの赤字額が増加傾向をたどっている」ことに注目しています。「2000万円問題」の議論で見逃されている高齢夫婦の課題について語ってもらいました。
2000年以降、高齢世帯の生活レベルは大幅に悪化
「2000万円問題」の根拠となった高齢夫婦無職世帯の実収入と実支出の差額ですが、これは毎年同じというわけではありません。2000年における実収入は24万4293円で、実支出が25万3273円でしたから、わずか8980円の赤字にすぎませんでした。それが2017年には5万4520円の赤字に拡大しました。高齢夫婦無職世帯の生活レベルは17年間で大幅に悪化したことがわかります。
赤字が増えた原因は、高齢夫婦が無駄遣いをして、支出が大きく増えたからではありません。実支出はこの17年で、わずか4.12%増えたにすぎません。赤字が増えたのは収入が減ったからです。実収入の数字を見ると、14.37%も減っているのです。
一般に、収入が減れば支出も減らして家計のバランスを取ります。現役世代の家計は、収入が減ると節約によって支出を抑える傾向が顕著にみられます。
ところが高齢者の家計は、収入が減少した場合、支出を抑えたいと思っても、それができにくい構造になっています。なぜなら、年金生活に入るのと同時にかなりのところまで支出を削っているからです。すでにギリギリまで支出削減しているにもかかわらず、収入減に見舞われている。その結果、月々の赤字幅が拡大したと考えられます。
高齢夫婦無職世帯の赤字幅は、今後も増えていくでしょう。年金財政は破綻しませんが、徐々に年金の受取額が減額されていきます。
高齢夫婦無職世帯は実収入の過半を年金に頼っているため、実収入と実支出のギャップは広がっていかざるをえません。ある程度の生活レベルを維持しようとするならば、そのギャップを埋めるために資産形成を行う必要があるでしょう。
ただ、今回の報告書で独り歩きした感のある「2000万円」という数字には、あまりとらわれなくてもよいと思います。
今の60代、70代が金融資産をどれくらい持っているかご存じでしょうか。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、金融資産保有額の中央値は60歳代で1000万円、70歳代だと700万円です。
一方で、金融資産をまったく保有していない人の比率は60歳代で22%、70歳代で28.6%もいますが、それでも生活していらっしゃいます。なので、2000万円の資産がなければ生きていけないというものではなく、現時点で保有している金融資産に合わせた生活を心がければよいのです。
30代・40代は家計を筋肉質にしてから投資せよ
30代、40代で、これから資産を形成していく人たちには、自分たちの将来の生活をイメージしたうえで、しっかり資産形成のプランを立てることをおすすめします。そのときに重視したいのは、キャッシュフローです。
最近は「将来のために投資をしましょう」という点ばかりが強調されますが、家計のキャッシュフローを満足に確保できない状態で投資に足を踏み入れるのは危険です。投資を始める前に、まずは月々の収支を把握し、総収入と総支出の差額がプラスを維持できるように努めてください。投資力を磨くことも大事ですが、その前に元本を貯める力を付けましょう。これは資産形成の基本中の基本です。
個人の収支環境はこの20年で大きく様変わりしました。収入が右肩上がりだった時代には、生活レベルを引き上げさえしなければ、黙っていてもお金が貯まりました。しかし、現在では収入が横ばいなのに教育費や食費、税金などは増えているため、貯蓄を増やすのに必要なキャッシュフローを確保するのが困難です。
だからこそ、家計のPDCAをきちんと回すことが肝心です。きちんと毎月の予算を立て(P)、消費活動を行い(D)、家計簿などを用いて無駄遣いがないかどうかチェックし(C)、必要な部分は改善していく(A)。このサイクルを回しながら暮らせば、家計は筋肉質になっていきます。
改善する際のポイントは、住宅ローンや家賃などの住居費、通信費、保険料、教育費、自動車関連費などの固定費の見直しです。会社員の場合、収入が急に増えることはありませんが、固定費を把握して、支出を見直せば、キャッシュフローは確保できるはずです。家計の下地をつくり、余裕資金が生まれたら、そこで初めて運用に資金を回すようにしてください。