日本で“カジノ法”とも呼ばれるIR整備法が成立しました。今後、日本にどのような影響を及ぼす可能性があるのでしょうか?(写真:Eloi_Omella/iStock)

2018年7月、特定複合観光施設区域整備法(以下、IR整備法)が成立し、日本国内に最大3カ所のIRが誕生する運びとなった。“カジノ法”とも呼ばれるIR整備法。はたしてIRはカジノにすぎないのか?

『IR〈統合型リゾート〉で日本が変わる カジノと観光都市の未来』を刊行した、統合型リゾート運営企業である日本MGMリゾーツ社長のジェイソン・ハイランド氏に聞いた。

統合型リゾートとはいったい何なのか

――ハイランドさんはユニークな経歴をお持ちですね。

私の前職は、駐日アメリカ臨時代理大使でした。2017年の夏に外交官としてのキャリアを終え、現職に就きました。それまでは、在札幌アメリカ総領事館、在福岡アメリカ領事館に駐在し、臨時代理大使になる前は東京のアメリカ大使館で首席公使を務めました。学生時代を含めると、私の日本滞在期間はすでに17年にも及びます。日本は、私にとって特別な国なのです。

――「統合型リゾート」と訳されることも多いIRですが、日本ではまだあまり詳しくは知られていません。

IRは“Integrated Resort”という英語の略です。このリゾートには、カジノ、ホテル、エンターテインメント施設などが含まれ、それぞれを連携させることで魅力を倍増させるようにデザインされています。

IRの導入については、IR整備法成立前から多くの議論が蓄積されてきました。なかでも焦点となったのは「カジノの合法化」そのものです。実に多くの人が、巨大なカジノが国内にできたらギャンブル等依存症が増えるのではと懸念したのです。整備法成立から約1年が経過した現在も、同じ不安を抱いている人は多いのではないでしょうか。

これまで日本にはカジノもなければ、IRもありませんでした。それを初めて導入するのですから、まさに劇的な変化です。

まず、IRはカジノだけではないという点についてですが、私がいつもお答えいただいているクイズがあるので、答えてみてください。

(問) IR内において、IR整備法が定めるカジノスペースの占有面積の割合上限はどのくらいだと思いますか?

50%、80%、3%

正解はの3%です。

IRが誕生すると、その施設の主要部分はカジノが占めると認識している方は多いかもしれませんが、実際にはカジノが主役なのではありません。

では何がIRの目玉なのでしょうか。先ほども触れましたが、まず数千規模の客室を擁す国際競争力を有したホテルと、大規模なイベントを開催する展示場スペースが入ります。続いて、アリーナや劇場などのエンターテインメント施設、美術館などの文化施設、日本各地への観光を案内するビジターセンターと、ウェルネス関連の施設が多くのスペースを占めることになるでしょう。

特徴的なのは、会議やイベントに使える施設

――こうした施設が統合されていることからIRと呼ばれているのですね。なかでも特徴的なのはどのような施設ですか?

特徴的なのは、MICE施設です。MICEとは、企業などの会議(Meeting)、企業などが行う報奨・研修旅行・インセンティブ旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会などが行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を取ったもので、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントの総称です。


ジェイソン・ハイランド/日本MGMリゾーツ代表執行役員兼社長。カリフォルニア大学卒業後、フレッチャー法律外交大学院にて修士号を取得。東京大学外国人客員研究員などを経て、在日米国大使館臨時代理大使をつとめた。外交官として、国務省東アジア・太平洋局特別補佐官、在オーストラリア米国大使館首席公使、在アゼルバイジャン米国大使館首席公使などを歴任。福岡、大阪、札幌、東京など、15年以上にわたって日本に在住している(写真:著書『IR〈統合型リゾート〉で日本が変わる カジノと観光都市の未来』より)

将来的に日本に導入されるIRには、こういったMICEを誘致できる最新の施設が作られます。

国際会議や展示会、見本市、イベントを行うための大きな会場は、一定程度日本に存在します。しかし、世界のマーケット需要から見ると、収容人数などの規模、さらにはホテルやナイト・エンターテインメントを含めた関連施設が不足しています。

企業の社内イベント1つをとっても、1社で数万人単位の従業員が世界中から集まるようなグローバル企業のインセンティブ・イベントや、世界的な見本市を誘致するには、各分野で規模拡大が必要です。

日本には今、年間3000万人を超える外国人観光客が訪れます。10年前の2009年の訪日外国人数が約679万人だったことを考えると、まさにうなぎのぼりです。この急増を受け、日本は深刻なホテル不足に悩まされています。同時に、あまり報道されていませんが、国際的な会議や展示会を開催するための収容・開催能力も極度に不足しているのです。

ちなみにMGMは、ラスベガス1社で約37万平方メートル(東京ドームの約7.9個分)の広さを誇るMICE施設を運営しています。一方、現時点で日本最大の展示場の面積は9.7万平方メートルです。この比較を見れば、日本におけるスペース不足の度合いがわかっていただけるのではないでしょうか。

ある大手日本企業の経営者から聞いた話で、今でも印象に残っているものがあります。彼の会社は自社の新製品の展示会を開くために、わざわざラスベガスで会場を借りているとのことでした。彼は、ラスベガスでは1つの施設内で会議、展示会、宿泊、食事、仕事を終えた後のエンターテインメントによる息抜きを含め、すべてを済ませられるが、日本にはそうした場所がないと嘆いていました。

大きな国際会議や展示会が開かれるとなれば、数万人規模の関係者が期間中にその地域にやってきます。その日の予定終了後には、関係者が宿泊する施設が必要です。加えて、会議を終えた関係者が楽しめるエンターテインメントを提供できれば、さらに顧客満足度は高まります。

世界トップレベルのMICE施設を備えることで、今以上に国際的な会議や学術会議などを日本で開催できるようになります。私自身、外交官時代に数多くの会議に出席したのでよくわかるのですが、こうした会議はまさに国際交流の場であり、会議の参加者たちに国の文化、伝統などを見てもらう絶好の機会となりえます。

ギャンブル等依存症にどう対処するのか

――IRにはカジノ以外の機能があるのはわかりました。それでもやはりカジノがあるとなると、どうしてもギャンブル等依存症の問題に目を向けざるをえません。

確かにそうですね。カジノを運営する企業にとってギャンブル等依存症は避けては通れない問題であり、どの企業も真剣に向き合う姿勢を見せています。責任あるゲーミングへの意識を保ち、対策を徹底すれば、問題の深刻化を早い段階で防ぐことも可能です。しかし残念ながら、プレーヤーのなかには過度に傾倒してしまう方がいらっしゃいます。

ギャンブル等依存症への対応策として、MGMでは最新の対策を用意し、それが必要だと思われる顧客がいれば、すぐに提供できる体制を整えています。カジノで得た収益の一部はギャンブル依存の研究資金として寄付されており、研究結果を治療と対策に導入するプロセスにも資金が投じられています。

とくに「ゲーム・センス」という“責任あるゲーミング”プログラムを導入しています。ゲーム・センスは、プレーヤーに正しい知識を提供し、彼らが楽しくゲームが続けられるように、ギャンブルに伴うリスクの周知を徹底させ、問題があるプレーヤーがいらっしゃった場合は、相応の関係各機関にご紹介し、サポートを円滑に得られる手助けをすることを含め、節度を保った安全なプレーを推奨する包括的なプラットフォームです。

プログラムの中身を一部紹介すると、自分でプレーの予算上限を設定し、決められた範囲内で楽しむシステムを提供したり、カジノの各ゲームの勝率などを明確にし、それらを理解したうえで責任を持ってプレーしていただくといったものです。

さらに基金を設け、ネバダ大学ラスベガス校をはじめ関係各機関に資金提供を行い、依存症に関する調査を行っています。調査と教育の両面からアプローチし、ゲーム・センスを通じて依存症についての公共教育や啓発活動も促進しています。

ただし、このプログラムをそのまま日本に持ち込もうとは考えていません。ギャンブル等依存症は社会全体の問題ですし、日本の文化や社会・家族間の関係などをよく吟味したうえで、日本に適したプログラムに改良する必要があります。そこで私たちは日本の専門家の方々と定期的にお会いし、彼らの意見を聞き取ったうえで、最良の形での導入を検討しています。

日本にもたらすメリットは

――IRに対して懐疑的な人のなかには「外資が参入してきて日本の富を食い尽くす」という考えを持つ人もいます。

外資によるIRが誕生することで、日本から富が流出するという声があるようですね。いかなる企業でも儲けを出す必要があり、IR運営企業も例外ではありません。したがって、できるだけ多くの利益を上げるために尽力するでしょう。ただし、得た利益がすべて本国に流れていくわけではないのです。

IR整備法は、IR運営企業が得た総カジノ収益のうち、3割を納付金として国に支払わなければならないと定めています。この納付金は、国とIRを誘致した地方自治体で等分し、受領できるのです。日本人のゲストに課される6000円のカジノ入場料も、国と地方自治体に振り分けられます。これにより、年間数千億円規模の歳入増が期待できるのです。

また、ホスピタリティー業であるIRは労働集約型ビジネスですから、運営企業が得た利益は株主に還流されるだけではなく、地域と、IRで働く日本の従業員の給与支払いや福利厚生に多くが還元されます。リゾートとしての魅力を維持し続けるためには、大規模な再投資も必要になってくるでしょう。これらはすべて地域に還元される利益です。

シンガポールのIRを見てわかるとおり、IRの導入が決まれば巨大な建造物が誕生します。その建物は、地域にとって貴重な資産となるでしょう。IR施設が建設されれば、多くの観光客を呼び込み、地域経済も活性化されます。IRによって新たなチャンスが生まれ地域全体が発展し、生活もより豊かになり、住みやすくなったという声が出てくれば、プロジェクトは半ば成功と言っていいでしょう。

――IR施設が地域を訪れる観光客をすべて吸い上げてしまうという危惧はありませんか?

それは考えにくいですね。そもそも日本のIRを長期にわたって成功させていくには「日本ファン」を増やしていかねばなりません。そのためにはIRが単独で観光客を呼び寄せるのではなく、地域コミュニティーと協力しながら日本全体の観光資源を武器にして、リピーターを獲得してゆく必要があります。

IRオペレーターは、つねに新しいエンターテインメントやイベントを企画し、提供しますが、それだけでは不十分です。地域コミュニティーと密接に結びつき、一体となって地域全体の魅力を発信していかなければ、お客さまに満足していただくことはできません。なので、IR施設だけが儲かればいいという話ではないのです。

日本には優れた観光資源が至る所に広がっています。1つの例が、年間を通して各地で開催される地域のお祭りです。

こうしたイベントは、観光客の満足度を高めるために非常に魅力的なコンテンツであり、価値あるものです。さらにいえば、世界的に人気を呼んでいる日本食も強力な誘客資源です。事実、日本の食を堪能するためだけに訪日する旅行者もいるほどです。日本食の魅力を活用しながらIRへの集客につなげようと思えば、周辺の地域コミュニティーに多種多様な日本食を提供する飲食店がある環境は歓迎すべきなのです。

働き方改革を進める日本社会にとっても有意義

――外資だからこそ果たせる役割は、ほかにもありそうですね。

まず単純に雇用市場の多様化への貢献が挙げられます。大阪にIRが導入されたケースを想定し、イギリスの調査・研究機関であるオックスフォード・エコノミクスが算出した試算では、2万6000人の直接雇用が生まれ、5万1500人の間接的な雇用創出効果があると見られています。

MGMは、この雇用創出を人材市場の需給をさらに逼迫させるものとしてではなく、むしろ雇用の「多様化」によって地域に貢献するものとしたいと考えています。

その多様化=ダイバーシティー推進に特化する部署もあります。世界が急速に変化していくなかで、同じような経歴やスキルの人たちばかりで占められている組織は、いつしか柔軟さを失い、行き詰まっていきます。これでは将来は望めません。それを避けるには、異なる感性や経験を持つ人々を組織に取り込んでいくことが重要です。


日本における多様性は、アメリカのそれとは異なるものも多いでしょう。しかし、例えば管理職における女性の登用を増やすことも、組織の多様化の1例です。こういった観点からのダイバーシティーの理念は、働き方改革を進めつつある日本社会にとっても非常に意味のあるものです。

例えば日本の場合、帰国子女などの外国で長く暮らしたことがある人材も、ダイバーシティーを構成する要素と捉えてもいいのかもしれません。こういう人材は間違いなく組織に多様性をもたらします。

女性の登用にも力を入れています。IRにとって女性の働き手は重要なので、やりがいのある仕事を見つける多くの機会を提供できると思います。働きたくても働くことのできない方々を労働市場に呼び戻し、活性化させていけるはずです。

女性にとってより働きやすく、より活躍できるための具体的な環境整備としては、託児所の設置が真っ先に挙げられます。日本では今、保育園不足が問題になっていますが、従業員が自分の子どもを施設周辺ないし会社主導で設置される託児所に預けることができれば、送り迎えの時間を気にせずに働けるでしょう。MGMで働く父親が子どもをMGMの託児所に預けられれば、他社で働く母親の負担も軽減できるはずです。