イギリス在住の保育士でライター・コラムニストとして活躍するブレイディみかこさんによるノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が6月に発売され、発売1カ月で累計3万6000部を突破*しました。
*2019年7月24日現在。

本のタイトルにもなっている「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は、イギリス南部の都市・ブライトンに暮らす、日本人の母(みかこさん)とアイルランド人の父の間に生まれた「ぼく」がノートに書いた言葉。

名門小学校に通っていたものの、元・底辺中学校に進学した「ぼく」が、貧困や格差が絡み合った複雑な人間関係や自らのアイデンティティについて悩んだり迷ったりしながらも軽やかに壁や分断を乗り越え、成長していく姿がテンポ良く描かれています。

ブレイディさんに3回にわたって話を聞きました。

今の“現場”は子育て

--『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、読書情報誌『波』で2018年1月号(2017年12月27日発売)から連載がスタートしました。現在も連載中ですが、連載の経緯を教えてください。

ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ):『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)で新潮ドキュメント賞をいただいたのですが、その際に『波』で連載しようというお話をいただきました。

担当さんからは「今の現場を書いてください」と言われたのですが、現場と言われても『子どもたちの階級闘争』で書いた託児所はつぶれていたし、「じゃあ今の私の現場って何だろう?」と考えたときに、「今の現場は自分自身の子育てじゃない?」と思ったんです。

これまでは保育士として他人様(ひとさま)の子供の面倒を見て、その子たちのことを書いてきたのですが、今の私の現場は子育て。そう考えたら、たまたま息子が中学校に入ったばかりのタイミングで、その学校がとてもユニークだった。それで中学校の説明会のところから書かないといけないな……という感じで連載がスタートしました。

--連載で意識されていることはありますか?

ブレイディ:意識しているというよりは、毎回締切に追われてるというか(笑)。

ただ、そこまで戦略的に書いているわけではなくて、日々あったことや面白いことをノートに書き留めているんです。それで「このエピソードをつなげてこういうテーマにしようかな」とその都度決めていく感じですね。「これが伏線で」「こういう順番で」とか、戦略はまったくないです。

もし、出来事と出来事がつながっていたり、リンクしていたりするように見えるのだとしたら、それは人間の実生活がリンクしているからじゃないですか。一冊の本になったときに、伏線があってそれが少し後のエピソードでも出てくるようであるとすれば、人間の私生活がまさにそうだからじゃないですかね。

学校で起こっていることは社会の縮図

--政治的なことも自然に会話に登場しますね。そういう会話ができてうらやましいなあと思う一方で、政治なんて人間の生活と密接なものだから当たり前だよなあと思いました。

ブレイディ:取材でもよく「なぜ子供と政治の話をするんですか?」と聞かれるのですが、普通にパブに行って、近所の人と会ったら私たちは政治の話はするし、親のそういう姿を見たり聞いたりして育つ子供は政治の話をしますよね。全然特別なことではないし、自然に社会や政治に興味を持つようになる。

--子供も政治と無関係なはずはないですよね。

ブレイディ:絶対切れるはずはないですね。学校で起こっていることも社会の縮図なんですよね。子供は自分で仕事をしているわけではないから、貧しい家庭の子はそのまま貧しいし、社会のいろいろを映し出してしまう。

緊縮財政で貧しい子は貧しくなっちゃうし、人種差別や移民排斥がEU離脱で盛り上がれば、学校もそれに影響されてしまう。子供は親が言ってることを聞いて育つから……。つながってないわけないというか、社会の縮図が学校にあるという感じですね。

アイデンティティは一つじゃない

--息子さんが通う中学校の校長先生が「誰だってアイデンティティが一つしかないってことはないはずなんですよ」と言ったシーンが印象的でした。例えば、私は日本人で女性で独身で……とさまざまな属性がありますが、他人に勝手に意味付けされて色をつけられるのはイヤだなって。

ブレイディ:アイデンティティは一人でもいろいろ持ってるし、そのいろいろなアイデンティティの組み合わせが一人一人違うからこそユニークなんでしょうね。同じアイデンティティの組み合わせの人はいないから、ほかに私みたいな人はいないんですよ。

最近、アミン・マアルーフの『アイデンティティが人を殺す』(ちくま学芸文庫)という本が出て、この本を読んだときに「この人はまるでうちの息子みたいなことを言ってる」と思いました。

--どういうことですか?

ブレイディ:アイデンティティは一つじゃないし、一つを選べと誰かから言われる必要もないし、強制される必要もない。アイデンティティは一つと思い込んだときに人間は狂信して人を殺したり、戦争をしたりと暴走してしまう。だから、アイデンティティはゆるく持つというか、いくつもある。いくつもあるし、変わることもあるんですよ。

今は右翼の人が、5年たったらいきなり左翼になるかもしれないし、それは人生の経験や起こることによって変わっていったりもするから、一生変わらないものでもないし、常に複数あるものである。そんな大事なことが書いてありました。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の理論編だなあと。私の本と違って、格調高く難しい言葉で書かれてますけど(笑)。

--ゆるく持ったほうが自分も生きやすいですよね。

ブレイディ:私はこれだけだって、ギチギチに思ってしまうと自分で自分を生きづらくするから。自分のアイデンティティは変わるみたいな。

「お前の中のこのアイデンティティとこのアイデンティティは矛盾するじゃないか」と人に言われても、別にそれは持ち続けていいと思うし、そういう組み合わせがやっぱり人をつくってるわけだから。選ぶ必要もないし、選べなくていいんですよ。

--こういうふうに話す相手によっても変わってくると思います。

ブレイディ:そうそう。しゃべる相手によってもアイデンティティは違ってきますよね。取材を受けているとよく分かります。めちゃくちゃかっ飛んだことを言ってるときもあるし、めちゃくちゃ真面目になってるときもあるし、私のアイデンティティも変わってきますよね。

子供の「節操のなさ」を見習いたい

--息子さんは? アイデンティティについて悩んでいるエピソードもありましたけど。

ブレイディ:今はその時期は越えていますね。今はもう音楽に夢中。バンド活動に夢中で、アイデンティティ問題とかは飛んでいるみたい。子供って、ちょっと悩んでは忘れたりするじゃないですか。またしばらくたったら、同じようなことがあってまた悩んだりするんですけど、軽やかに越えていきますよね。ずっと一つのことに立ち止まりませんよね。

--ワールドカップのエピソードも面白かったです。最初は日本代表チームに熱狂していたのに、日本が敗退するとあっさりイングランド代表チームに乗り換えていたくだりが。

ブレイディ:そうそう。どうなるんだろう? って思って見てたら、あっさりイングランド応援してる。「あんたイングランド関係ないって言ってたよね?」って。「いや、でも僕は住んでるし」って。あの節操のなさは大人も見習ったほうがいいと思います。

※第2回は7月31日(水)公開です。

(聞き手:ウートピ編集部:堀池沙知子)