平均年収2000万円を超えるような超優良企業に追いつくためにはどうすればいいのか。同志社大学の加登豊教授は、「多くの日本企業は異業種からは学ぼうとしない。異業種から『真似ぶ』ことに成功すれば、業界内で競争優位な地位を確保できる」という――。

■超優良企業に対する日本企業の3種類の対応

今回の一穴:優れた企業の仕組みををそのままマネてしまう。

売上高5871億円、営業利益3179億円、営業利益率54.1%。わが国の製造業のなかで、脅威的というレベルを超えて、特異といえるほどの高収益・好業績企業がある。次に示すのは、その企業の財務業績のハイライトと売上高と営業利益の推移グラフだ。これらを見て、企業名がおわかりになるだろうか。

答えは、センサーや測定器のメーカー・キーエンス(大阪市)だ。

音楽やスポーツの世界では、トップの地位を目指す人たちが自分やチームを鍛錬し、熾烈な競争に勝ち残るべく、トップに追いつき追い越そうと日々努力している。一方、企業の世界はどうだろうか。すべての企業はキーエンスの業績に少しでも近づき、乗り越えていこうとしているのだろうか。少なくとも私は、そのような「熱」をあまり日本企業に感じない。

優れた業績を示す企業の存在を知ったあと、企業のとる対応は以下の3つに集約されるだろう。そのいずれもが、残念ながら自社を成功へとは導いてくれないのだ。3つの対応とは、つぎのようなものである。

・あまりの好業績を目の当たりにし、好業績企業から学ぶことを放棄する
・模倣を試みるが、優れた仕組みの一部だけをつまみ食いする
・模倣にあたって、目に見える優れた仕組みをそのまま丸写ししようとする

それぞれの対応はなぜ失敗するのだろうか。

■「異業種だから学ぶことはない」と模倣すら放棄する

目の前に学ぶべき優れた実務が存在するのに、多くの企業はそれを模倣しようともしない。模倣を放棄する第一の理由は、「異業種だから学ぶことはない」だろう。しかし、異業種のベストプラクティスには、自社を好業績に導くヒントが潜んでいる。学ばないのはもったいない。「異業種だから学ぶことはない」のではなく、「異業種ゆえに学びが多い」と考えるオープン・イノベーションの考え方を採用しないといけない。

模倣を放棄するもう一つの理由は、模倣の対象企業があまりにも優れているため、とても近づくことができないと諦めてしまうからだろう。好業績企業の前に立ちすくみ、挑戦は無謀だと思ってしまうのだ。その気持ちはわからないではない。しかし、羨望するだけでは何も得られない。それに、模倣とはまねることを通じて学ぶこと、つまり「真似(まね)ぶ」ことであり、そんなに難しいことではないのだ。

優れた業績をあげる企業を目指すための王道は、模倣である。そのことは十分に承知されていることは、「同業他社分析」が当たり前のように実施されていることからわかる。この分析は、他社の状況を知るためにだけ行われているのではなく、良い点を見つけ出してそれを模倣し実践に結び付けるために行われている。そうであるとすれば、同業種よりも学びの多い異業種に成功する仕組みを見いだし、それを模倣することが大切になる。

ただ、多くの企業が実践している他社の優れた実践や事業の仕組み(ベストプラクティス)を模倣する、その進め方はあまり成功しているとはいえない。その理由は2つある。一つは「つまみ食い」であり、もう一つが「丸写し」である。

■なぜ「つまみ食い」は失敗するのか

模倣を放棄せずに、学ぶことを決めたとしよう。これで第一関門を突破したことになる。ただ単純に模倣を試みると、失敗を経験することになる。結論から言えば、模倣の仕方を誤ると、成果は得られない。「真似び」方を学ばなければならない。まず、誤った模倣の2つのタイプのうちの一つである「つまみ食い」が失敗する理由を説明しよう。

冒頭に示した業績を上げているキーエンスについて研究を進めると、高収益を支えているビジネスの仕組みの構成「部品」が理解できるようになる。部品リスト(すべてではないが)を作成すると以下のようになる。

・営業担当者はすべてエンジニアである
・代理店経由ではなく直販方式を採用している
・値引きには応じない
・ファブレス(製造は町工場への委託生産)である
・個別顧客のニーズに応じる受注生産ではなく、標準品の見込生産方式を採用している

さらにもう少し同社の研究が進めると、

・従業員の平均年齢が35.8歳と若いことに加えて、従業員の平均年収は2110万円と驚異的に高い
・棚卸資産回転率は年間16回、平均在庫日数が22.8日である
・中途採用のセールス担当のエンジニアの離職率が非常に高い

ことなどにも気づくであろう。「真似ぶ」ことは、このような構成部品リストの作成から始まる。

さて、キーエンスから学ぼうとする企業の多くは、次のように考えるのではないだろうか。

・わが社は、製造業である。やはり、顧客のニーズを感覚的ではなく、スペック(仕様)で表現できる営業担当者が不可欠である。そのためには、技術系の営業担当者の数を中途採用で増やした方がよい
・製造原価を低減するためには、なお一層ファブレス体制を強化する必要がある

このような、比較的簡単に導入できそうな部品を真似る安易な模倣、構成部品の「つまみ食い」は必ずと言ってよいほど失敗を経験することになるだろう。キーエンスの高収益は、ファブレスによる徹底した原価低減だけで実現しているのではなく、類似の製品と比較した場合、非常に高価格を設定し、そのうえ、値引きしないことで実現しているからである。

製造をただ単に外注しているわけでなく、試作品の製造子会社を持ち、安価での製造と作りやすさの追求を徹底的に行っていることも、合わせて学ばなければならない。ただ単に、技術系営業担当者を増強するだけでは高収益に結び付かない。キーエンスの技術系営業担当者に与えられているミッションは、売上高の増大よりも、顧客の望む製品への期待をスペック情報として獲得することに重きを置いていること、そのため、それができる技術系営業担当者を厚遇する必要があることを理解しないといけない。つまり、「ファブレスの強化」や「技術系営業担当者の採用」という部品を模倣するだけでは高収益は実現しないのである。

■挑戦的で無謀だと思える仕組みから始める

部品から模倣するのであれば、挑戦的で無謀だと思える仕組みから検討を始めるとよい。そうすることで、関連する仕組みも自然に視野に入ってくるのである。たとえば、

・50%を超える売上高営業利益率を目指す
・従業員の平均給与2000万円をめざす
・個別受注から標準品の量産体制に移行する
・在庫量を現在の10分の1に圧縮する
・値引きには一切応じない。価格は自社の提示価格とする

などの事業の仕組みから模倣を始めるのである。

このような模倣に挑戦する企業はきっと皆無だろう。挑戦することすらなえさせるような高い目標と考え、現状を前提にすると採用できないアイデアだと即断してしまうからである。しかし、意外かもしれないが、模倣の出発点は無謀な部分に置いた方がよい。それは、特定の部品を採用するだけでは高収益に結び付かないことがわかり、高収益を獲得するためには、視野を広げて多面的な方策を学ばなくてはならないことが理解できるからである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/takasuu)

例えば、平均給与2000万円を支払えば高い営業利益は獲得できないと、すぐに思考を中断してはいけない。この額を支払ってもなぜ高収益なのかを検討するのである。そうすれば、同社社員の離職率の高さに気づくだろう。

中途入社した社員の大部分が短期間で退職することがわかれば、支払い給与以外の人件費(退職給与引当金、社会保険料企業負担額、福利厚生費等)の企業負担額が少ないのだ。つまり、キーエンスでは、給与は高いが人件費総額は低く抑えられていることがわかる。

また、標準品の見込み生産を行っているのに、棚卸資産回転率が極めて高いことから、標準品がコンスタントに売れていることがわかる。ここまでわかれば、標準品が流れるように売れていくメカニズム(売れない製品は開発製造しない、標準品なのに業種業態を問わず需要があるなど)の解明の必要性が認識されるようになる。

以上のことから、ビジネスの仕組みの部品の一部分だけを採用することには大きな落とし穴があり、仕組み全体の採用が必要なことが理解できるだろう。「つまみ食い」は厳禁である。

■うわべだけの丸写しは大きな失敗を招く

それでは、好業績企業の事業の仕組みを丸写しするとよいのだろうか。結論からいうなら、それでは成功は望めないし、本当の意味での丸写しも実は不可能なのである。仕組みのうちで、だれにでも見える部分は氷山のほんの一部であり。水面下にある氷山の大部分はどのようになっているかはわからないからである。つまり、丸写しに成功したようにみえて、実は、仕組みの一部しか模倣できていないのである。

異業種から学ぶことに日本企業が苦手なのは、自分たちの企業が独特であり、自社が属する産業には、他産業とは異なる特徴があると考える傾向が極めて高いからである。それでは、日本企業は、丸写しの模倣はしないのだろうか。そんなことはない。

これまでにも、セル生産やカンパニー制やグローバル企業の地域統括会社、さらには、多品種少量生産などは業種業態を問わず、ベンチマーク対象とした成功企業の仕組みの見える部分の丸写しを行っているのである。しかしこのような対応は、安易な横滑り・うわべだけの模倣であり、そこから多くは得られないばかりでなく、大きな失敗を経験することになる。

それぞれの企業がそれぞれにユニークであるとすれば、仕組みを丸写しするのではなく、抽象化によって仕組みの背景にある考え方やルールを抽出し、一般化やパターン化してみればよい。そうすることは、業種業態等の特殊性を排除することができる。

キーエンスの仕組みに潜む高収益を支える仕組み(の一部)、事業の仕組みを構成する多くの部品を慎重に分析し、抽象化すれば、以下のように一般化できるだろう。

・顧客ニーズをスペックとして把握する仕掛け
・顧客の期待を超える新製品を次々と開発できる組織体制
・価格決定権保持
・製造と販売の同期化
・製造ノウハウを忘れない開発

一般化が完了したら、それをベースにして、自社に適合した具体化を行うとよい。このように、一般化のプロセスを組み込んだ「遠回り」ができれば、安直な横滑りやうわべの模倣による失敗を回避することができるのである。遠回りが、実は、成功への近道である。

■模倣を成功させるために

最後に、「真似び」の大切さ、そして「真似び」を成功に導くためのポイントを整理しておこう。

・異業種の優れた仕組みの模倣は、「真似ぶ」ことの大切さを強調するオープン・イノベーションの定石である。同じ業界に属する大部分の企業は異業種からは学ぼうとはしない。それゆえに、「真似ぶ」ことに成功すれば業界内で競争優位な地位を確保できるだろう。
・相対的に簡単そうにみえる模倣は、うわすべりの模倣となり失敗する。事業の仕組みの部品の導入を考えるときには、容易に採用できるものではなく、導入が極めて困難な部品に注目するといい。その導入は単体では困難であるから、その部品が機能するように周辺の整備が必要になる。これが、よりよい模倣へと企業を導くのである。上手な「つまみ食い」のポイントは、他社が模倣しない部品を「真似ぶ」ことから始めることにある。
・すぐれた仕組みやシステムそのものを導入ではなく、仕組みの本質をつかむ「一般化」を行うことが極めて重要である。一般化されたルールやパターンは、業種特殊性を排除するものとなる。それなので、その採用に対する抵抗は少なくなる。

そして、模倣は、そのままベストプラクティスを真似るという横滑りの模倣ではなく、ベストプラクティスの抽象化によって一般化を行い、一般化されたルールやパターンを通じて得られた知恵やアイデアを自社に当てはめるという具体化をはかるものなのである。

このような「急がば回れ」をすることが、模倣を成功に導く王道である。

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加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊 写真=iStock.com)