女として本当に幸せなのは、どっちだと思う−?

やりがいのある仕事でキャリアを重ね、華やかな独身ライフを満喫する女。

早々に結婚し専業主婦となったものの、ひたすら子どもの世話に追われている女。



独身キャリア・工藤千明と、専業主婦・沢田美緒。

二人はかつて同じ高校の同級生だった。しかし卒業後15年が経ち、千明と美緒の人生は180度違うものとなっている。

そんな対照的な選択をした二人が、同窓会で再会。

女のプライドをかけた因縁のバトルが今、幕を開ける。


独身キャリア女・工藤千明の日常


西麻布の最高級フレンチ『レフェルヴェソンス』

ハッとするほど真っ白なテーブルクロスの上で、琥珀色のシャンパンが華奢なグラスに注がれてゆく。きめ細かな泡が勢いよく立ち上がるその様を、私はただうっとりと眺めた。

「じゃあ…今月もよく働いた私たちに」

向かいの席で、ボブヘアーの美女がそっとグラスを傾けた。同じ外資系消費財メーカーで働く、同い年の同期だ。

私たちは“ご褒美会”と称し、こうして月1で贅沢ディナーに出かけるのを定例にしている。

掲げたシャンパングラスの向こう側で、美しい紅で染まった唇を「乾杯」と動かすいい女が見えた。

自信と誇りに満ちたその笑顔に向かい、私も負けずに背筋を伸ばし「乾杯」と微笑む。

「ああ、最高に美味しい!」

よく冷えたシャンパンを飲み、私は思わず声を漏らした。

やりがいのある仕事を終え、高級レストランで、達成感に浸りながら飲むシャンパンの美味しさと言ったら…それはもう、格別である。まさに至極の味。

この瞬間、私はいつも仕事を頑張ってきて良かったとしみじみ思う。

なぜなら、この幸福を味わうことができるのは、私たちのように全身全霊で仕事に打ち込み、キャリアを重ねてきた女だけだから。


東京で華やかな独身ライフを満喫している千明。しかしその胸には”気になる女”の存在があった。


『レフェルヴェソンス』での“ご褒美会”を終えた、その10分後。私はもう、お気に入りのフレグランスが漂う自分だけの城へと戻っていた。

1年前に引っ越したマンションは、麻布十番と赤羽橋の中間あたりにある。

六本木にある会社はもちろん、頻繁に足を運ぶ西麻布や青山も近い。ナチュラルなウッド系の家具と観葉植物で飾ったこの部屋を、私はいたく気に入っていた。

気分良く鼻歌など口ずさみながら、ヘアクリップを外し、まとめ髪をほどく。

カーテンを閉めてワンピースを脱ぎ捨てると、私は下着姿のまま、おもむろに姿見の前に立った。

淡いブルーグレーの下着だけを身につけた、33歳の私の身体。

高校生の頃はむしろコンプレックスに感じていた170cm近い長身も長い手足も、童顔とは程遠い凛々しい顔立ちも、大人になってからは自信を持てるようになった。

仕事の合間を縫って通っているパーソナルトレーニングのおかげで、緩んでいたお腹周りも二の腕も随分締まってきたし、お尻だってキュッと自慢げに上を向いている。

−そうだ。

自身のスタイルにOKサインを出した私は、ご機嫌でクローゼットへと向かう。そして目的の洋服を手に取ると、再び姿見の前へと舞い戻った。

エストネーションで一目惚れをした、ノースリーブのニットワンピ。赤みがかったブラウンのロング丈で、サイドに大きく入ったスリットが女っぽい。

こういう、いわゆるボディコンシャスを魅力的に着こなせるのは、日頃から体型に気を配り、細部まで抜かりなく手入れを欠かさない女だけだ。

途中で諦めてしまった女は、絶対に手を出せない。

だからこそ私は、このワンピを買ったのだ。

来るべきイベント…高校卒業以来、およそ15年ぶりに“彼女”と会う日のために。


“彼女”との確執


私の通っていた高校は、石川県金沢市にある。公立の男女共学で、県内では有名な進学校だった。

東京の私大を目指す子も多く、私と同じ有名私大にも何人か合格していたし、大学は別でも、進学と同時に上京した仲間が複数いた。

しかし同郷の仲間でつるんでいたのは入学して間もない頃だけ。そのうちそれぞれに気の合う友人ができて、自然な成り行きで疎遠となっていった。

目白にキャンパスがある女子大に進学した“彼女”…沢田美緒も、その中の一人。

未だ鏡の前で、ニットワンピに合わせるピアスを選ぶ私の脳裏に、懐かしい友の顔が浮かんだ。

沢田美緒。かつて学校一の美女と言われ持て囃されていた、私の親友。

長身の私とは対照的に、美緒は小柄で華奢で、笑顔が抜群に可愛い美少女だった。

この描写だけで、10代の頃、どちらが男子にモテたかは言わずもがなだと思う。

人懐っこい彼女は「千明、千明」といつも私に甘え、私の腕に手を絡ませて歩く。そんな私たちの様子は、まるで“彼氏と彼女”だと揶揄されていたっけ。

私だって最初は、美緒のことが心から好きだったのだ。

美緒は文句なしに可愛かったし、学校帰りにプリクラを撮るのもカラオケに行くのも、美緒と一緒が一番楽しかった。

事件が起きたのは、高校2年の夏休み前のこと。

一緒に帰る約束をしていた美緒が見当たらないから、私は彼女を探して校内を歩き回っていた。

そこで、見てしまったのだ。


高校2年生。千明が目撃してしまった、美緒の裏切り行為とは


…人気のない校舎の裏側で、美緒がこっそりラブレターを手渡している瞬間を。

しかもその相手は、私が想いを寄せていた同級生。忘れもしない。宮本輝之という名の、ジャニーズ系イケメン。

…それは、完全な裏切りだった。

明言したことはなかったかもしれないが、彼女は私の想いに気が付いていたはず。美緒は私が彼を好きだと知っていながら、抜け駆けしたのだ。

大人になってから振り返れば“若気の至り”と笑えても、当時、思春期真っ只中で受けた衝撃は計り知れない。

そして結局、宮本輝之は美緒にころっと落ちた。

しかし妙に大人びていた私は、彼女をあからさまに無視したり、友達をやめるような真似はできなかった。

ただそれ以来、私は美緒に対し、拭い去れない対抗心を抱くようになってしまったのだ。

とはいえ、大学に進学してからの私はというと、華のJDライフを存分に満喫していたし、もともと(恋愛以外)器用な私は就職活動も順調で、第一志望の人気企業への入社も叶った。

毎日楽しく、充実していたから、はっきり言って美緒のことなんかすっかり忘れていたのだ。

だが不意にポストに届いた同窓会の案内状が、私の苦い記憶を呼び覚ました。


立場逆転


週末を使って開催された、同窓会当日。

午前中に溜まった家事を片付けると、午後からは予約していたネイルサロンへ。そして夕刻の新幹線で、私は金沢へと向かった。

北陸新幹線の開通ですっかり様変わりした金沢駅の鼓門を抜け、タクシーで香林坊に降り立つ。

案内状の地図に記載された店は、高校生の頃にはなかったショッピングセンターの中にあった。

「あれ…千明だよね?」
「千明だ!なに、ちょっと。セレブ感すごくない?」

会場であるイタリアンレストランのエントランスを抜けると、店の奥で私を呼ぶ声がした。

“セレブ感”だなんて。その田舎臭い表現に苦笑いしつつ足を進める。

するとそこにいたのは…瑞々しかったかつての同級生ではなく、ひと回りどころかふた回りぶんの贅肉と図々しさを蓄えた、中年の女たちだった。

「えーっと…」

驚きを隠せず、皆の顔を見渡しながら必死で記憶を辿る。確かに面影はある。しかし全員がもう別人の風貌だ。

こんなにも変わってしまうものだろうか。たったの…15年で?

そして…次の瞬間。その中に紛れた一人の女性の姿を認め、私は思わず目を見開いた。

「もしかして…美緒?」

私の問いかけに、彼女は刹那、真顔になったように見えた。しかしすぐに頬を緩めると、懐かしい笑顔で応える。

「そうだよぉ。千明、久しぶりねぇ」

語尾を伸ばす、甘ったるい話し方は相変わらずのようだ。

しかし笑顔になると、否応なく目立つ目尻のシワが気になる。それだけじゃない。声の響きも笑い方も、高校生の頃とはまるで印象が異なっていた。

かつて学校一の美女と言われた沢田美緒の面影は、今やどこにもない。

今目の前にいる美緒は、まるで輝きを失った宝石のよう。その価値を見失い、その他大勢に完全に紛れてしまっていた。


“おばさん”になっていた、学校一の美女。彼女が急に所帯染みてしまった理由とは…?


「おばさんになってて、びっくりしたでしょ?」

驚きを隠せない私に向かい、美緒はあっけらかんと笑う。

自らを躊躇なく“おばさん”と呼ぶ美緒に戸惑いつつも、そのとき、私の中で長らくしこりとなっていた塊がすーっと消え去っていくのがわかった。

私と美緒は、もう住む世界が違う。そんな風に思ったのだ。

聞けば彼女は女子大を卒業したあと、大手日系航空会社のCAになったという。25歳まで勤めた後、7歳年上の商社マンと結婚し寿退社。彼のベトナム駐在に帯同するためあっさりと仕事をやめ、専業主婦となったらしい。

…実に美緒らしい選択だ、と私は思う。

彼女は昔から他力本願なところがあったし、自分で何かを成し遂げようというタイプの女ではなかった。

「5年前に本帰国して、今は自由が丘のマンションで暮らしてるの。帰国してすぐに息子ができて…それからはもう、自分の時間なんて皆無ね。髪振り乱して育児してるわ。それでこの通り“おばさん”になっちゃったってわけ」

どこか諦めた口調で語る美緒の自虐を、私はただ黙って聞いた。どういう反応をすれば良いかわからなかったのだ。

なぜなら、東京にはママになっても美しく、輝いている女性だってたくさんいる。

美緒はしきりに「仕方ない」と繰り返すが、私は彼女の言い訳に同意する気になれなかった。

それに美緒の夫は大手総合商社勤務。7歳年上で現在40歳なら、1,500万程度の収入があるはず。

確かに物価の高い東京で、妻子を養い子どもに十分な教育を与えることを考えると、世帯年収1,500万でも余裕があるとは言えないかもしれない。

しかしだからって、こんなにも一気に所帯染みてしまうものだろうか…?

「…私、ちょっとお酒とってくる」

なんとなく居心地が悪くなった私は、さりげなくそう言って美緒のそばを離れた。


初恋の男


「工藤さん…?いやぁ、びっくりした。見違えたなぁ」

バーカウンターへと移動する私にそう声をかけてきたのは、宮本輝之だった。

そう、高校時代に美緒が抜け駆けをして、確執の原因となった男だ。私が初めて好きになった人。

彼も参加していることに、私も最初から気づいてはいた。しかしまさか宮本くんから声をかけてくれるとは。

もともとジャニーズ系の整った顔立ちをしていたが、年を重ねたことで甘さが色気となり、精悍な体つきとのギャップが女心をグッと掴む。

「こんな美人と俺、久しぶりに会ったよ」

高校時代、美緒にあっさり落ちた宮本くんには幻滅したが、いい男に成長した彼から褒められ悪い気はしない。

先ほど噂で耳にした話では、彼は地元の国立大学を卒業後、東京で就職。今は大手製薬会社のMRをしているとか。

「そんな…宮本くんこそ。相変わらず、モテるでしょ?」

さっと左手薬指に目を走らせる。そこに指輪がないことを確認して、なぜかホッとした…その時だ。

鋭い視線を感じる。私は慌てて元いた場所を振り返り…そして、ハッと息を飲んだ。

先ほどのソファ席から、美緒がこちらをじっと見つめていたのだ。

▶NEXT:8月5日 月曜更新予定
自らを“おばさん”と呼ぶ沢田美緒。彼女から見た、千明の“痛々しさ”とは