「当事者は一番わかっている」と訴える八代氏

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重度障害や難病のある当事者が、参院選で「れいわ新選組」から立候補して当選した。ネット上では「画期的な出来事」と前向きな声が出る一方、「激務や審議、執筆、起案、審議に耐えられるのか」「無駄な税金が使われる」など疑問や否定的な声も上がっている。

こうした中、車いすの国会議員として活動した、元郵政相の八代英太氏(82)は2019年7月26日、都内でJ-CASTニュースの取材に応じ、「当事者は一番わかっている。どうしたらいいのか生活の中でいやというほど体験していますから」と意義を語った。

「自分が障害を持って、初めていろんなことを知るわけですよ」

当選したのは、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の舩後靖彦(ふなご・やすひこ)氏(61)と、脳性まひのある木村英子氏(54)。2人の当選を受け、国会ではバリアフリー対応が進められている。

当事者の当選をめぐり、ツイッター上では

「画期的な出来事」
「本当に素晴らしい」

と好意的な意見が上がる一方、

「激務や審議、執筆、起案、審議に耐えられるのか」
「ALS患者さんが参議院へ(中略)国会議員が務まるとは思っていない」
「比例で重度身体障害者が当選。(中略)無駄な税金が使われることにうんざりする」

など、疑問視したり、バッシングしたりする声が出ていた。

こうした中、J-CASTニュースでは、実際に車いすに乗って議員活動をしていた、八代氏に話を聞いた。参院、衆院合わせて計28年、日本初の車いすの国会議員として活動。郵政相も務めた。

タレント時代の1973年、ステージから転落して脊髄を損傷。下半身が動かなくなり、以後は車いす生活となった。八代氏は自らの体験を踏まえ、立候補に至る経緯をこのように語った。

「自分が障害を持って、初めていろんなことを知るわけですよ。道にしても乗り物にしても。障害を持った人たちのところに行っていろいろ話をして突き詰めて考えていくと、何で解決すべきかってことになる。それはやっぱ政治なのよ。政治は生活だから、福祉も政治なのよ。政治が決めるんだから」

「階段がまず障害物であると同時に、絨毯も車いすで漕ぐのが大変」

「車いすを国会へ」をスローガンに77年、参院選で初当選した。当時の国会は階段だらけで、議員会館も正面から入れなかったという。「権威の象徴みたいなものが議事堂にはあった。今から100年ぐらい前の設計だからという思いを持ちながら。(設計当時は)男しか政治はできないような時代でしたからね。まさか昭和の時代に車いすの議員が誕生するなんて誰も予想はしないわけだから。建物はそういう意味では威風堂々であると同時に、全体がわれわれにとって障害物になっちゃうわけです」。

八代さんは、初登院の日を次のように振り返る。「国会議事堂の正面玄関の階段を登っていって、そこでバッジを受け取った。初めて男冥利に尽きるというか、権威の象徴の中に入った喜びを噛み締めたんでしょう。赤い絨毯を踏んで、そしておれは国会議員だと。そんな思いの中できっとはじめての日を迎えたんでしょう」。

八代氏にとって、その国会は「バリアフリー」とは程遠い存在だった。

「そのころの国会は階段だらけ。傍聴も車いすは許されない。それから議員会館も陳情に行くったって、正面からは入れないから、裏にまわって貨物用エレベーターに乗る。車いすで使えるトイレはなし。僕にとっては階段がまず障害物であると同時に、絨毯も車いすで漕ぐのが大変。初登院はスタッフ4人ぐらいに抱えてもらってあがっていった。これは久しぶりの放送で見ましたけどそんな状況でした」

国会の「バリアフリー化」に向けて、八代氏は動き出した。

「国会の中で車いすだからと甘えることもできないもんだから、いろんな活動をする裏打ちとして、それぞれバリアフリーにしてもらわなきゃならない。(参議院の)事務局にも相談しました。やみくもになんでも改造すればいいってもんじゃなく、どこをどんなふうにしたらいいかは、ぼくの方が知っているわけ。車いすという生活のなかで得た知恵があるから。その知恵を事務局のみなさんにも話した。いまあるトイレをどう改装したら車いすも使えるトイレになるのか、ということも教えながら。議員会館にも入っていくのに裏の貨物エレベーターしか使えないんじゃどうにもならない、昇降機というものがあると」

参院議員になった当初、八代氏も「お金をかけるなら福祉は切り詰めなければいけない」、「おれの税金を何千万も使うのは許せない」などのバッシングを浴びた。一方、「『障害を持つ人に何ができるんだ』とか、そんなことはまったくない」と断言する。「ただそれ以上にそう思われては困るので、それ以上の努力を自分たち、わたしはしてきましたけれどもね。ほかの議員と見劣りがしないように、国会でも迷惑をかけないように。昔はもっとひどかったよ。車いすで国会なんていうのは正気の沙汰ではないみたいな言い方の時代だから」。

国会はバリアフリー化していった。「バリアフリー法という法律も作りましたけど、そういうものを通して、国会が変われば、役所もおのずと同じような形に変えていかざるをえない。1人のそういう人間がいることによってバリアフリー化され、大きな波及効果となっていく」。

「国民が選んだんだから。国民が最後まで責任を持たないと」

八代氏は、当事者が国会に行く意義について、次のように語っていた。

「当事者というのは一番わかっている。どうしたらいいのかというのは自分の生活の中で、いやというほど体験していますからね。彼らによって国会で議論される。政府を『ほったらかしにできるか』というところまで追い込めることもできるでしょうし。何よりも、人間の幸せのためだから。万人の社会をつくるためだから。まさに共生社会。(当事者が国会に行くことに)バッシングはあって当然だろうが、それは国民が選んだんだから。国民が最後まで責任を持たないと」

八代氏は、「いろんなバリアーを指摘する人がいないと、バリアーは解消してかない」と指摘。「みんなが便利だと思えば、そういう人は一向に『じっとしていろ』ってことになる。障害者の雇用制度のようなものも生まれたし、障害を持った人たちも働く。『なにもできないんじゃないか』じゃなくて、『なにができるか』を考える。どんな重い障害を持った人でもそれぞれの能力を持っているわけですよね」と語りかける。

「たとえば、全盲で世界のピアニストになる人もいれば、知的障害者で書道の名人になるというような人もいる。いろんなパフォーマンスをする人もいるわけだから、そういうことを考えると、本当に人間の評価を、ただ『みてくれ』だけでするのはよくないような気がしますね」

2人が当選したことについて、「大変いいことだし、非常に気になっていました」と前向きに評価するも、「それが選挙戦略であってほしくないと思う」と願う。「山本(太郎・れいわ新選組)代表への魅力もあったかもしれないし、2人がノミネートされたことへの大きな関心が票を掘り起こしたかもしれない、ってことを考えるとね、やっぱりこの2人を政党としてサポートしてほしい」と訴え、次のように求めた。

「ぼくがやり切れなかったことを、彼らが第2期としてやってくれれば。来年はオリパラの年でもあるし、世界から障害持った人もたくさん来る。国会議事堂でもみんなに見学してもらって、日本の国会議事堂はバリアフリー化されていることを大いに宣伝してくれればいい」

八代氏は、「お2人がこれからやるにしても、大変なことは付きまとうかもしれない」としつつも、「彼(舩後氏)の専従スタッフが、彼の心になり体になってサポートしてあげれば、なんの問題もないかと思います」とみている。

一方、山本代表へのメッセージとして、八代氏は次のように述べた。

「山本太郎君に言いたいのは、彼(舩後氏)が国会活動で支障をきたさないように、万全を期してスタッフを用意しろと。これは国がやることじゃない。人間のサポートほど強いものはないから。発言のやり方や議事録などそういうようなことも含めて、それはスタッフの仕事ですよ。万全を期して彼専従のスタッフを育ててればいい。政党の責任としてね」

「歩けない人にスポットを当てて社会をつくっていくと歩ける人に不便がない」

日本は2014年、障害者権利条約を批准。八代氏もこの条約に携わってきた。「たびたびニューヨークの国連で演説をしてきました。『あんたは障害があるからこの施設に入りなさい』、『この仕事しかだめですよ』じゃなくて、やっぱり障害を持った人が自己決定する。親が『この子の先に死ねないなんて』と思う社会は間違っている」と強く訴える。

以前まで、障害者が就ける職業は限られていたことを踏まえ、「いまの世の中はいろんな人がいて、多様化している社会。とにかく基本は、歩ける人と歩けない人しかいない。歩ける人に便利な社会は歩けなくなると不便だけども、歩けない人にスポットを当てて社会をつくっていくと歩ける人に不便がない」と訴え、次のように語りかけた。

「誰一人として自分で障害を持ちたいと思った人はいないのよ。舩後さんだってそう、木村さんだってそう。産んだお父さんお母さんも障害を持った子どもを産みたいなんて思った人は誰もいない。『おれは障害者にならない』と思ったって、ぼくのように途中でなる人だっていっぱいいるわけ。そうはいっても健康で最後までいったって高齢化時代になると、足腰が弱ってくる、耳が遠くなる、目がしょぼしょぼしてくる。認知症とかいろんなことが出てくる。そうなると、『健康なときは短い時なんだ』、というぐらいの意識を持った方がいい。やがてはみんなすべて、そういう『障害』を持つんだから。そして一生を終えるんだから」

(J-CASTニュース編集部 田中美知生)