離婚をすれば、お互いの生活環境が大きく変わる。もし専業主婦なら年金分割の制度を使って、さくっと離婚したほうがいいのだろうか?(写真:polkadot/PIXTA)

前回の記事では、50歳になったばかりの男性同期入社組3人の居酒屋談義をご紹介しました。「3人とも同じ勤続年数、収入もほぼ同じ」ということで、65歳から受け取れる年金もそう大きく変わらないだろうと思いきや、実は妻の年齢によって受け取れる年金の額に大きな差が生じることがわかりました。

今回も『50歳を過ぎたらやってはいけないお金の話』を出版した、人気ファイナンシャルプランナーの山中伸枝氏が解説します。

Aさん、Bさん、Cさんの家族構成を改めて紹介しておきます。

Aさん=結婚25年。妻53歳、子ども2人で22歳と20歳
Bさん=結婚20年。妻50歳、子ども2人で17歳と14歳
Cさん=結婚2年。妻35歳、子どもなし

受け取れる年金額を知って「やったー!」と喜んだのはCさん。加給年金分だけ受け取れる年金の額が増えるからですが、無邪気に喜ぶCさんの姿を見ながら、Cさんの妻はまったく別のことを考えていました。

いったい、何を考えていたのでしょうか?

離婚して「3号分割」を元手に生活していけるか

Cさんの妻は、実は「ちょっと怖いこと」を考えていました。


「旦那と私は15歳離れているから、あの人が60歳になったとき、私はまだ45歳。十分、人生のやり直しがきくのよね〜。あの人が70歳くらいでボケたりしたら、私は55歳から『専属の介護士』になるようなもの。

それはできるだけ避けたいけれど、あの人は自分の老後は私が見てくれると思っているし……。雇用延長になるあたりで、私も主婦定年をいただこうかしら」

読者の皆さんは、「年金の離婚分割」をご存じでしょうか。そう、離婚した場合、厚生年金の半分は妻が受け取る権利があるというものです。

Aさん妻、Bさん妻、Cさん妻ともに専業主婦なので、この場合は「3号分割」といって、当事者間の合意や裁判手続きは必要なく、夫が受け取る厚生年金の半分を妻も受け取る権利が生じます。これは離婚によって、専業主婦だった妻の生活が困窮化するのを防ぐためのものです。

ただ、誤解しないでいただきたい点がいくつかあります。

第1に、年金分割の対象になるのは厚生年金部分のみです。したがって国民年金や厚生年金基金、およびiDeCoをはじめとする確定拠出年金は対象外です。ただし、厚生年金基金や確定拠出年金は年金分割の対象外でも、「財産分与」の対象になることもあります。事実、夫の退職が間近であり、年金額がほぼ確定している人の確定拠出年金が、財産分与の対象とされたケースがありました。

第2の注意点は、年金の年金分割は単純に「金額」を2等分にするのではないことです。例えば、離婚しないという前提で夫が受け取る厚生年金の額が月15万円だから、年金分割で受け取れる妻の額は7万5000円とはならないのです。

婚姻期間が短いほど、受給額は少なくなる

では、どうなるのでしょうか。具体的には、「婚姻期間中」に支払った厚生年金保険料を按分し、その額に該当する厚生年金を受給することになります。ここで、カンのいい方はお気づきかと思います。

そうなのです。Cさんの場合は妻が若いため、離婚せずに夫婦円満の人生を過ごせれば加給年金の分だけ年金の受給額が多くなり、妻もそのメリットを享受できるわけですが、離婚した場合は妻のデメリットが大きくなります。婚姻期間が短い分、年金分割で受け取れる厚生年金の受給額が少なくなるのです。

具体的に、数字を挙げて比較してみましょう。

前出のように、Aさん、Bさん、Cさんは同じ50歳。ただし、3人とも妻の年齢と結婚に踏み切った自分の年齢が異なりますが、ここでは3人とも60歳になった時点で離婚したという前提で、それぞれの妻が受け取れる年金分割の額を計算してみました。

Aさん夫婦の場合、Aさんが60歳になったときの婚姻期間は35年です。按分した厚生年金保険料をベースに計算した厚生年金の受給額は年115万1010円なので、その半額の57万5505円がAさん妻の年間受給額になります。

Bさん夫婦は婚姻期間が30年で、按分した厚生年金保険料をベースに計算した厚生年金の受給額は年98万6580円ですから、その半額の49万3290円がBさん妻の年間受給額になります。

そして問題のCさん夫婦ですが、婚姻期間はわずか12年です。結果、この期間に該当する厚生年金の受給額は39万4632円にしかなりません。したがってCさん妻の年間受給額は、19万7316円です。

年間19万7316円ということは、月の受給額は1万6443円です。専業主婦の生活が困窮するのを避けるために設けられた年金分割という制度も、月の受給額が1万6443円ではほとんど無意味といっても過言ではないでしょう。

ちなみに、妻が65歳から90歳までに受け取れる年金分割後の受給総額は、以下のようになります。

Aさん妻 1438万7625円
Bさん妻 1233万2250円
Cさん妻  493万2900円

この比較でも、Cさん妻がいかに不利であるかがわかります。離婚しなければ、Cさんが65歳から90歳までに受給できる年金額は、厚生年金部分だけで3125万円にもなります。しかも、結婚生活を続けていれば受け取れる加給年金も、離婚すると受給できなくなります。

年金は最低限「自分でつくるもの」

もし、どうしても離婚したいのであれば、Cさん妻に残された道は外に出て働き、自分の老後資金をつくることです。まだ現時点で35歳なのですから、十分に可能です。

前回の記事(「『同期入社で同じ年収』なのに年金額が違う理由」)でも触れましたが、今後も「夫だけが稼いで、妻が専業主婦であり続ける」というのはますます希有なケースに近い話になりそうです。

年金のことを考えるなら、妻が正社員として働きに出ることがいちばんです。正社員として、健康保険の被保険者になれば、傷病手当金も付きます。厚生年金への加入によって、65歳以降の老齢厚生年金も加算されていきます。仮に45歳で正社員採用され、平均年収300万円で60歳まで15年間、厚生年金に加入したことによる老齢厚生年金の加算額は、約25万円です。今後、給与が増えたり勤続年数が延びたりすれば、さらに年金額が増えていきます。

このように、年金はもらうものではなく、つくるものです。「もらうもの」と思えば、扶養のまま保険料を払わずにもらったほうが得だと考えてしまいがちですが、「つくる」となると考え方が変わります。年金は、自分が働くことで増やすことができるのです。

今のところ、会社員の扶養の妻は、税金も社会保険も優遇されています。しかし、主に育児や介護などの事情で働きづらい環境にいる人のために設けられている仕組みであり、最低保障にすぎません。夫の面倒を最後まで見るにせよ、離婚するにせよ、働ける環境にあるのならば、夫の扶養からさっさと抜け出して、働けるだけ働くことをお勧めします。