最近、テレビでの地上波中継は減りましたが、DAZNなどの進出によりプロ野球中継は多様化しています。写真はイメージ(写真:show999/PIXTA)

今シーズンのプロ野球、巨人戦になると東京ドームのフィールドシートにはDAZNのマークが入った黒いカバーが被せられる。バックスクリーンに映し出されるイニング表示の画像にも、スピードガン表示の横にもDAZNのマーク。DAZNは莫大な広告料と引き換えに、巨人戦の中継権獲得にこぎ着けたことが見て取れる。

DAZNがプロ野球中継に参入したのは2016年8月。広島東洋カープ、横浜DeNAベイスターズの2球団でのスタートとなったが、昨シーズンにパ・リーグ6球団と東京ヤクルトスワローズ、阪神タイガース、中日ドラゴンズの中継も開始。計11球団をカバーすることに成功し、一挙にプロ野球中継サービスの勢力図を塗り替えた。読売新聞と読売巨人軍そしてDAZNが包括提携を開始したのは今シーズンからだ。

ただ、悲願の巨人戦獲得に成功した一方で、カープ戦とヤクルト戦を失い、プロ野球中継のコンプリート達成はできていない。

黒船DAZNがカープに逃げられたワケ

カープ戦を失ったのは、「広島県内及び一部地域でのライブ配信をしないという条件を飲んでもらえなかったため」(広島東洋カープ球団広報)だ。


カープはDAZNと2016年に3年契約を締結。今回、3年契約の満期が到来し、更新にあたってDAZNとしては全国ライブ配信は譲れなかったとみられ、決裂に至った。

カープ戦は、地元テレビ各局が持ち回りで地上波で生中継をしており、ホームゲームは約8割強、ビジターゲームも6割程度をカバー。各局のHPはカープ応援モード全開だ。

このため、地元各局の電波が届く範囲でライブ放送は遠慮してほしいというのが、カープ側が譲れない条件だった。

ただ、カープ球団は長年、CS放送のJ SPORTSにはライブ放送を許可している。理由は「J SPORTSは協力してもらっているから」(球団広報)だという。

在京キー局と異なり、CS放送は番組を制作する会社と、番組を送信する会社が別々になっている。例えばJ SPORTSなどは番組制作会社で、スカパー!やJ:COMなどが番組を送信する会社。「CS放送局」とは、スカパー!などではなく、CS放送向けに番組を制作する会社のことを言う。

J SPORTSは3つのチャンネルで、カープ主催の全ゲームの制作をしている(球団とCS放送局の組み合わせは下記一覧参照)。


スカパー!は日本シリーズを除くプロ野球公式戦全試合を視聴できる「プロ野球セット」というサービスを持っているが、これはJ SPORTSやGAORA SPORTSなど、各球団の全主催ゲームの番組制作をしているCS放送局の視聴ができるサービスだ。

今シーズンからはインターネット放送も開始しているが、これはプロ野球セットの付帯サービスという位置づけになっている。番組制作にはさまざまなパターンがあるが、カープの場合、球団自身は基本映像を制作しておらず、地上波の中継番組は地元局とJ SPORTSの共同制作だ。

衛星放送は特定の地域だけ放送が流れないようにするということが技術的にできないということもあるが、J SPORTSが地元局が放送する中継の制作に全面的に協力しているからこそ、球団はJ SPORTSにはライブ放送を許可しているのである。

ヤクルト戦脱落はフジテレビの意向?

一方、東京ヤクルトスワローズは昨シーズンDAZNとは1年契約を締結。今回契約を更新しなかった。

筆頭株主であるフジテレビが運営するインターネット放送FODプレミアムでは、今シーズンからヤクルト主催の全試合のライブ中継を開始している。番組はCS放送のフジテレビONEで流されているものと同じものだ。

FODはスマホ向けアプリのダウンロード数が累計で1000万件を突破、ライブ配信とオリジナル作品の強化でさらなる会員数増を狙っている。ヤクルト戦はライブ配信強化策の言わば目玉コンテンツになる。ヤクルトの中継映像はフジテレビが制作しており、DAZNに映像を提供するかどうかの意思決定権はフジテレビが握っているのだろう。

「DAZNがヤクルト主催ゲームの中継をやらなくなったおかげで出費が増えた」

こうボヤくのは、30代のヤクルトファン男性だ。昨シーズンは巨人主催ゲームがカバーできない難点はあったが、DAZNだけを契約していたので、出費は月額1890円(税込み。以下、料金はすべて税込み/非ドコモユーザー)。しかし今シーズンはDAZNに加え、「FODプレミアム」も契約し、出費が959円(月額、税込み)増え、2849円になった。昨年11球団までカバーしていたDAZNが、今シーズン巨人戦を獲得できた一方でカープ戦、ヤクルト戦を落としたことは、各球団のファンに影響を与えたのだ。

パ・リーグ球団のファンにとっては、交流戦限定での影響に留まるが、セ・リーグ球団のファンは、カープ、ヤクルトのファンはもちろん、残る4球団のファンにとっても、2チーム分のビジターゲームがDAZNで見られなくなってしまった。

こんなにあるプロ野球中継の有料ネットサービス

下記一覧は、プロ野球中継が見られるインターネット有料放送とその月額料金をまとめたものだ。今シーズン新たにサービスを開始したプロ野球中継の有料ネットメディアは複数ある。まず、スカパー!が、「プロ野球セット」の契約者を対象に、全球団の中継番組をPCやスマホでも視聴できるようにした(昨年は9球団)。


カープ主催全ゲームと中日主催の一部ゲームのライブ映像が見られる有料ネット放送「J SPORTSオンデマンド野球パック」(以下、Jオンデマンド)もある(カープ戦は広島県及び一部の周辺地区は見逃し配信のみ)。J SPORTS独自のサービスなので、スカパー!と契約していなくても視聴できる。

このほか、TBSやテレビ東京などが出資するParaviがベイスターズ主催ゲームのライブ中継を開始したほか、フジテレビのFODプレミアムにヤクルト主催ゲームを加えた。また、ヤフーがヤフオクドーム開催のソフトバンク主催ゲームをVR映像で視聴できるサービス「LiVR」(らいぶいあーる)を開始している。

数多くのサービスが乱立してはいるが、実際にどれを選ぶかとなると、どれも帯に短し襷に長しだ。12球団すべてを網羅しているのはスカパー!しかない。ネット放送はCS放送の付帯サービスなので、ネット放送を受信するにはCS放送の契約を結ぶ必要がある。

プロ野球セットの月額料金は税込みで3980円と、他のメディアに比べると突出して高い。プロ野球中継以外は見ないという人にとっては割高だが、セット対象のチャンネルのすべての番組を見られる点をどう考えるかで評価は分かれる。フジテレビONEの「プロ野球ニュース」が視聴できる点も、アドバンテージだ。スカパー!以外で「プロ野球ニュース」が視聴できるのは、フジテレビ系のFODライブだけ。FODプレミアムでは視聴できない。

パ・リーグのゲームだけ見られればよく、交流戦のセ・リーグ主催ゲームは視聴できなくても目をつぶれるというパ・リーグファンの場合は、選択肢が3つある。Rakutenパ・リーグspecialとパ・リーグLIVEはどちらもパ・リーグTVと同じ映像だが、Rakutenパ・リーグspecialはライブ中に巻き戻したりスロー再生もできて690円。

パ・リーグLiveはヤフープレミアム会員向けのサービスで、ライブ中継のほか、アーカイブは過去1週間分視聴可能で498円。本家のパ・リーグTVは月額1566円で、パ・リーグ6球団いずれかのファンクラブ会員なら1026円。2012年シーズン以降のアーカイブがすべてそろっていて、特定のゲームの特定のイニングを抽出できたり、3画面同時視聴ができたり、注目のシーンを複数のアングルから見ることができたりするので、豊富な機能を使いたいユーザー向けだ。また、交流戦限定だが、巨人、阪神の主催ゲームも見られる。

カープ戦には復活の余地あり

セ・リーグには残念ながらパ・リーグTVのようなサービスは存在しないので網羅するだけでかなり割高になってしまう。DAZNの1890円はスカパー!のプロ野球セットの半額以下だが、カバーしていない2球団分をスカパー!以外のネット放送で補うとなるとかなり厄介だ。

カープ戦のJオンデマンドは1944円もするし、ヤクルト戦のFODも959円する。巨人戦のhulu、ベイスターズ戦のParavi、タイガース戦の虎テレの3チャンネルの料金を合計しただけで2654円だから、10球団で1890円のDAZNはやはり割安だが、残り2球団分を補うにはほぼ同額のコストが発生してしまう。

カープファンはホームゲームだけでよければJオンデマンドのみで済むが、ビジターゲームも網羅しようとすると、DAZNとFODも契約して4793円払うか、スカパー!だけにして3980円払うかの選択になる。セ・リーグの全ゲームを網羅したいファンの身の上にも同じことが起きる。

もっとも、DAZNはドコモユーザーだと月額料金が1058円に下がるので、携帯電話会社をドコモに切り替えるとDAZN、J オンデマンド、FODプレミアムの3局分合計で3961円。プロ野球ニュースは視聴できないが、スカパー!より19円安くなる。そもそもDAZNが広島県及びその近隣でのライブ配信にこだわらなければ、カープ戦を失うことはなかった。逆に言えば、カープ戦については復活の余地がある。

今回、2球団のホームゲーム中継喪失について、DAZNに取材を申し込んだものの回答は得られなかった。カープ戦復活がDAZN契約者拡大の大きなカギになるのは間違いないだろう。

来シーズン以降、DAZNは失った2球団の中継を復活できるのだろうか。カープ戦は地元放送局の放送エリア内でのライブ配信を諦めれば復活はありえるが、ヤクルト戦復活はフジテレビとの兼ね合いもあり、ハードルが高い。そう考えるとDAZNの12球団コンプリートはそう簡単ではない。