本業転換を行って軌道に乗った企業と、転換がうまくいかなかった企業との違いとは?(写真:富士フイルム(左)、日清紡(右上)、JVC(左下)、いずれも時事通信)

技術革新や消費者ニーズの変化により、あらゆる業種・業界に、“本業喪失”の可能性がある時代。企業は、どのような経営戦略を考える必要があるのだろうか。

『本業転換――既存事業に縛られた会社に未来はあるか』(手嶋友希氏との共著)を著した山田英夫氏が、本業転換を実現するポイントを述べる。

電気自動車が登場し、ガソリン車の生産で培ってきた日本企業のすり合わせ技術(部品を独自に設計し、調整しながら組み合わせることで高品質な製品を作り上げる技術)が、モジュール化の波にのまれてしまうかもしれない。また自動運転が実現すれば、自動車産業だけでなく、運輸業や保険業のあり方も激変する可能性がある。

コンピューターはクラウド化が急速に進み、メインフレーム事業の縮小やSEの大量失業が予想されている。AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)により、これまで人間がやってきた仕事の中で、何年か後には機械に代替されてしまう職業が増えそうである。その結果、金融機関、人材派遣業、シェアード・サービス会社、会計事務所などでは、本業のあり方にも影響が出始めている。

このような非連続変化が、企業の本業を大きく変化させようとしている。

日本で「本業転換」が難しい理由

社名から祖業を示す言葉が消えていった企業は枚挙にいとまがない。

キヤノン(元・キヤノンカメラ)、花王(元・花王石鹼)、パナソニック(元・松下電器産業)、ブリヂストン(元・ブリヂストンタイヤ)、フジクラ(元・藤倉電線)など、製品に関わる言葉が消えていった例や、HOYA(元・保谷硝子)、JSR(元・日本合成ゴム)、DIC(元・大日本インキ化学工業)、AGC(元・旭硝子)のように製品名が消え、英文字に転換した企業もある。

これらの中には、祖業がすでに本業ではなくなっている企業も含まれている。

本業転換に関しては、海外を見ても、長靴メーカーだったノキアが携帯電話メーカーになり、そして今日では通信インフラの企業になっている。またメインフレームで世界を制覇したIBMが、売り上げの8割近くをソフト・サービス業に転換してきた。

しかし海外メーカーの場合は、雇用慣行や組織の編成の仕方から、コアでなくなった事業を売却し、一方で成長事業を買収するということが、比較的容易に行える。IBMを例にとれば、2000年からのわずか10年間に、HDD、パソコン、印刷システムなどの事業を売却し、一方でデータベースソフトやプライスウォーターハウスクーパースのコンサルティング部門などを買収した結果、大きな事業転換が行われた。

しかし日本企業の場合には、雇用慣行の違いもあり、ドラスチックな事業の組み換えが難しい。とくに歴史のある本業を抱える大きな製造業では、なおさらである。

それでは、難しいとされる本業転換を行ってきた企業と、同じ業種に位置しながら、本業転換がうまくできずに倒産・解体されてしまった企業の戦略の違いは、何だろうか。

筆者は新刊の中で、富士フイルムvs.コダック、ブラザー工業vs.シルバー精工、日清紡vs.カネボウ、JVCケンウッドvs.山水電気の4ペアを取り上げ、戦略の比較を行ったが、そうした中からも見えてきたことがある。

事業が「成熟期〜衰退期」を迎えたらどうするか

事業にはライフサイクルがあり、いつかは成熟期から衰退期を迎える。そのため大企業が永続していくためには、事業構造を変えていく必要がある。

本業が成熟・衰退した場合、企業は2つの手を打たなくてはならない。それは、成熟・衰退した本業からキャッシュを刈り取る作業と、次世代の成長のための新事業の開発である。

そのために具体的には、

\熟・衰退した事業から、新事業への投資のために、いかにキャッシュを刈り取るか
△匹里茲Δ併業に転換していくべきか
どのように新事業に転換していくべきか

上記の3つを考えることが必要である。このうち本記事では、△砲弔い鴇椶靴述べよう。

どのような事業に転換すべきか

新しい事業への転換に関しては、リチャード・P・ルメルトが行った『多角化戦略と経済成果』が代表的研究と言える。主力事業が成熟してきた場合、多くの企業は新しい成長分野へと進出して生き残りを模索する。その選択肢の1つが、多角化である。

ルメルトの研究の結論は、以下のようなものである。

・多角化の程度の高い企業のほうが、そうでない企業よりも成長性は高い
・技術的に関連の薄い分野や関連のない分野に進出するよりも、本業に近い関連多角化のほうが業績がよい

しかし4ペアの事例研究を通じて、単なる「関連」という言葉では語れない成功/失敗の分水嶺が見つかった。

それは、

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近そうで遠いもの

の2つである。

(1)遠そうで近いもの

富士フイルムが化粧品・医薬品へ進出したり、紡績の日清紡がブレーキへ進出したことは、ルメルトの定義によれば、非関連多角化と言えるかもしれない。非関連多角化は、関連多角化に比べてリスクが高いと言われているが、両事業は軌道に乗っている。

これらの多角化は、業種的には非関連に入るが、コア・テクノロジーは本業で培ったものを応用でき、技術面での関連は高いと位置づけられる。

他社の例として、花王がフロッピーディスクに参入したとき、世間では、「石鹸の花王がフロッピーを作ってもうまくいくわけがない」「ドライブに入れたら、泡を吹くのでは?」と揶揄されたが、花王のフロッピーディスクは、後発にもかかわらず、世界のトップシェアになった。

確かにトイレタリーと情報メディアの市場はまったく非関連であるが、両者は界面活性技術というコア・テクノロジーが共通であった。

こう述べると、「カネボウも非関連分野に多角化したが、なぜ化粧品以外はうまくいかなかったのか?」といった疑問が出てくるかもしれない。

しかしカネボウの異分野(食品、不動産、薬品)への進出プロセスを見ると、ほとんどが買収によるものであり、市場の関連性はおろか、技術の関連性もなかった。市場と技術の双方で関連のない多角化は、やはり難しいと言えよう。

最近ではライザップが、本業のフィットネスとは市場も技術も無関連な、業績が悪化した異業種の企業に目をつけ、負ののれんを活用してM&Aを続けてきたが、このやり方も早々に破綻を示した。

市場や業種から見れば遠いものであっても、外からは見えないコア・テクノロジーでシナジーが見込める事業の場合は、「遠そうで近い事業」として、成功への道は開かれているのである。

関連事業の多角化に潜むリスク

(2)近そうで遠いもの

逆に、関連多角化のリスクが低いかと言うと、必ずしもそうとは言えない。

例えばアメリカのコンチネンタル航空は、LCC(格安航空会社)のコンチネンタル・ライトを設立した。高まる低価格ニーズに対応するためであり、座席予約やマイルのシステムはコンチネンタル航空と共用し、コストを下げる狙いであった。多角化の理論から言えば、コンチネンタル・ライトは関連多角化であり、リスクは低いはずであった。

しかしコンチネンタル・ライトは2年で幕を閉じた。フルサービスの会社がLCCを経営するのは容易そうに見えたが、低コストで運営するためには、フルサービスとはまったく違う発想が必要であった。

さらにコストの共有を狙った座席予約やマイルのシステムも、フルサービス事業の重いコストの共有にほかならず、「コストはフルサービスと同じくらいかかり、収入は半分」というビジネスモデルになってしまったのである(なお、フルサービスのコンチネンタル航空も、ユナイテッド航空に経営統合されてしまった)。

またエーザイは、1996年にエルメッドエーザイという高付加価値ジェネリック会社を設立した。これは、ルメルトの多角化の理論から言えば、関連多角化に相当した。「薬の飲みやすさ」を差別化の武器とした同社は、早期に黒字化した。

しかしエーザイは2018年に、エルメッドエーザイをジェネリック専業の日医工に売却すると発表した。新薬開発に集中するためと報じられたが、新薬のマネジメントとジェネリックのマネジメントでは、重点の置き方が違っていたようだ。新薬の場合は、バリューチェーンの中で、最もカギとなるのは研究・開発である。一方ジェネリックの場合は、いかに高品質・低コストの製品を作るかの生産が重視される。

以上のように、隣接する関連多角化であっても、「近そうで遠い事業」は少なくないのである。

「うまくいく事業」を見極める2つのポイント

「遠そうで近いもの」もあれば「近そうで遠いもの」もあるとなると、「関連多角化なら成功する」という単純な話ではなくなる。本業と新事業の関連性以外に、注意すべき点は何だろうか。

第1は、評価尺度の問題である。事業を何で測るかである。従来の本業で使っていたモノサシで新事業を測ると、一向に評価されないことがある。

「売上高」「生産数量」「稼働率」「粗利率」「総資産利益率」「予実差」など、企業が無意識に使っている尺度は、昔からの本業を最もよく表す尺度になっている。鉄鋼会社では事業は「トン」で測られ、有名なファッション・テナントビルでは「坪効率」が絶対的な尺度である。

第2は体内時計の問題である。言い換えれば、時間感覚である。

日常業務を行うとき、投資の意思決定を行う際に、時間感覚は出てくる。一般には体内時計の遅い(時間感覚の長い)企業が、体内時計の早い(時間感覚が短い)事業を行うと、マネジメント上の問題が生じやすい。

例えば“銀証一体(連携)”の流れの中で、銀行が証券子会社を設立し、証券業務に進出した例は多いが、大成功している話は聞こえてこない。証券は前場(9時〜11時30分)でいくら、後場(12時30分〜15時)でいくらという締めがあり、営業マンも2〜3時間刻みで営業の数字を見ている。一方銀行は、伝統的には「1日で締めていくら」という世界であり、両者は体内時計が違う。


『本業転換――既存事業に縛られた会社に未来はあるか』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

銀行と証券のリスク・リターンという商品特性の違いだけでなく、体内時計の違いは1度なじんでしまうと、研修などで変えられるものではない。

ほかにも、かつて電力会社の多くが通信事業に進出し、失敗した例がある。すでに電線というインフラを持ち、家庭へのケーブルも自社で保有しており、通信との親和性も高いと思われた。

しかし電力会社の通信事業の多くは、他社に売却されたり、事業縮小となった。

その原因として、1つには投資判断における時間感覚の違いがある。電力会社でダムを造るのは「100年の計」であり、綿密な需要予測、供給計画、コスト計算に基づき決定されるが、通信の場合には、競合の出方によって投資時期も変わるうえに、ソフトバンクであれば、トップの判断で1日で変わることもある。さらに通信の分野では、100年先の需要予測は不可能である。

このように、事業が近いか遠いかということ以上に、体内時計の違う事業に転換・進出しようとすると、失敗の確率が高いことは、肝に銘じておく必要があるだろう。