Jリーグのクラブが海外の強豪クラブと対戦する貴重な機会として行なわれているJリーグ・ワールドチャレンジ。今年は、川崎フロンターレがチェルシーと対戦した。

 結果は、1−0で川崎が勝利。87分にFWレアンドロ・ダミアンが決勝ゴールを決め、昨季J1王者がイングランド・プレミアリーグの強豪を下した。

 言うまでもなく、シーズン真っただ中の川崎に対し、チェルシーは新シーズン開幕前の調整段階である。チームを率いるフランク・ランパード監督が、「プレシーズンの活動はまだ10日しか経っておらず、3日前に来日したばかり。フィジカル的に難しいのはわかっていた」と語るとおりだ。およそガチンコ勝負とは言えず、勝敗に一喜一憂するような試合ではない。

 だが、どんな状況であろうと、試合は試合。与えられた条件のなかで最善を尽くし、最後まで勝負にこだわって戦うことは非常に重要だ。言い換えれば、それを積み重ねることでしか、勝負強さは身につかない。

 川崎のキャプテン、DF谷口彰悟が、「どんな相手にでも勝つという執念を最後まで見せられたし、実際勝つこともできた」と語っていたが、その姿勢は大切だ。レアンドロ・ダミアンのゴールが決まった瞬間、ベンチも含め、川崎の選手たちがタイトルマッチばりに喜びを爆発させたのは、本気で勝負にこだわっていた証拠だろう。

 とはいえ、公式戦と違い、勝敗以上に重要なものがあるのもまた事実。チェルシー戦というせっかくの機会から、何を得るか。そこにこそ、この試合の本当の意味がある。


チェルシー戦で多くの収穫を得た川崎フロンターレ

 その点で言えば、前半の戦いから川崎が学ぶべきものは多かったのではないだろうか。

 ひと言で言えば、前半の川崎は、何もさせてもらえなかった。辛うじて失点こそしなかったものの、まったくボールを奪えず、奪ったとしても、そのボールをつなげなかった。谷口が振り返る。

「前から(プレスに)行ったり、(ボールの)取りどころを探ったが、(チェルシーは)一人ひとり、はがす力もあるし、相手の距離でやられてしまった。前半に出ていた選手は相当キツかったと思う」

 では、なぜそれほどに一方的な試合になってしまったのか。その理由を探るひとつのカギとなるのが、谷口のコメントのなかにもある「距離」である。

 ボクシングや柔道などで、「自分の距離」や「相手の距離」といった表現が用いられることがあるが、この試合の川崎は「チェルシーの距離」で戦わされていた印象だ。攻守両面において、選手間の距離をもっと縮めて戦いたい川崎に対し、チェルシーはそれを許してくれなかった。つまり、「川崎の距離」にはしてくれなかったわけである。

 前半は右サイドバック、後半は主にボランチとしてプレーしたMF守田英正は、チェルシーの選手について「ボールを運びながら、距離を操る」と評し、こう語る。

「(チェルシーの選手は)ボールの受け方がうまく、懐が深いので距離の埋め方が違う。こっちはスケールが小さく、パスでしか埋められないが、相手はドリブルを使い、ピッチを広く使っていた」

 ごく簡単に言えば、選手同士の距離が近くないとプレーできない川崎に対し、遠くてもプレーできるチェルシー。両チームには、気持ちよくプレーできる選手間の距離に違いがあるわけだが、ピッチ上の選手の配置を俯瞰していると、常に川崎は「チェルシーの距離」に包み込まれてプレーしているように見えた。守田が続ける。

「(チェルシーは)選手一人ひとりの幅、プレーエリアが広い分、共有するスペースが大きい。僕らは少し狭かった」

 そして、守田は「守備でパワーを使い過ぎて、(ボールを奪ったあとに)適正ポジションを取るのが遅かった」とも話していたが、チェルシーは攻守両面において、ピッチ上の選手全員が自分のポジションを取るのが速かった。チェルシーが自分たちの距離で戦うことができた、ひとつの理由だろう。

 ならば、川崎もチェルシー並みに、選手一人ひとりがプレーエリアを広げ、もっと選手同士の距離を広げてもプレーできるようにならなければいけないのか。

 もちろん、それはひとつの解決策だろう。それもできるようになるに越したことはない。だが、それがすべてではないはずだ。

 わずか10分足らずの出場で、マンオブザマッチの賞金100万円をかっさらっていったMF中村憲剛の言葉が興味深い。

「(チェルシーとの違いは、ボールを)止める、蹴る。あとは、パススピード。(チェルシーの選手は速いパスを)止められるから、(プレスから)逃げられる。自分たちももっとパスワークを突き詰めないと。向こうより止める、蹴るができないと戦えない」

 選手一人ひとりがプレーエリアを広げるには、ある程度体のサイズも必要だし、身体能力も必要になる。つまりは、外国人選手に比べて体の小さい日本人選手が、そうそう簡単にできることではない。

 だが、パススピードを上げ、相手より先に適正ポジションを取り、正確にパスをつなぐ技術なら、日本人でもまだまだ高めることができる。仮にそれができていれば、この日の試合も「川崎の距離」に持ち込めた可能性は十分にある。

 中村は「もっとやらなきゃダメだと思うに十分な試合」だったと言い、「選手それぞれに気づきが起きる」と、この試合の効果を口にする。

 Jリーグ屈指のパスサッカーの使い手である川崎にとって、実り多き”金星”だった。