全日本フィギュアシニア強化合宿に参加した坂本花織

 男子並みに4回転ジャンプを跳んでくるロシアの若手がシニアに参戦してくる今季、坂本花織はこれまで何度も挑んでは挫折してきた挑戦に、再度、取り組もうとしている。それがトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)だ。

 伊藤みどりが1989年に女子選手として初めて試合でトリプルアクセルを跳んで以来、日本女子のトリプルアクセルジャンパーは中野友加里、浅田真央、そして紀平梨花と、その系譜は脈々と受け継がれてきた。トリプルアクセルは日本女子を象徴する武器と言っても過言ではない。

 身近な先輩スケーターが武器にしていたトリプルアクセルを跳びたいと思うのは必然と言えば必然だが、この大技は習得するのが非常に難しくもある。だから、女子でトリプルアクセルを試合で跳んで武器にできる選手は、この30年で10人にも満たないほどだ。そのトリプルアクセルに、今オフは日本女子のほとんどのトップ選手がチャレンジしている。

 高さと飛距離のあるダイナミックなジャンプを跳ぶ坂本は、ジュニア時代からこの大技に取り組んでいた。しかし、2015−16シーズンに右足すねを疲労骨折して、まったくリンクに立つことができない時期やジャンプが跳べない時期を経験。そのケガ以後はトリプルアクセルを封印してきた。その坂本がトリプルアクセルの練習を本格的に再開したが、シニア強化合宿があった7月半ばの時点では、まだ完成にはほど遠いようだ。

「超微妙。タイミングが合えば回り切る感じまで行きますが、そのタイミングが合うのがほんとに難しいです。確率はまだ全然低いです。奇跡ぐらいの確率かな。回転速度が遅いし、あとは高さを出すか、回転ピッチを上げるかしかないので、そこをなんとかしたいなと思っています」

 高さを出すべきか、それとも回転ピッチを速くするべきか。坂本本人もまだ答えを見つけることができていない。

「わからなくて……。でも、高さを出したほうが、他のトリプル(3回転ジャンプ)ももうちょっと余裕にできるんじゃないかと思うので、高さと言いたいんです。ただ、今後4回転に挑戦するんだったら、回転ピッチを上げたいとも思っているので、ごちゃごちゃしている感じになっています」

 新シーズンのフリーのプログラムに組み込んでいく予定かと尋ねると、少々歯切れが悪かった。

「それは(中野園子)先生と要相談で。国内の試合とかは(トリプルアクセルを)入れていけたらいいかなと思っていますけど、自分は入れたいと思っても、先生がこれは無理だなと判断したら止められると思うので、そのときの状況から判断すると思います」

 坂本が目指すトリプルアクセルは、高さと幅のあるダイナミックなジャンプだという。

「理想は伊藤みどりさんと無良(崇人)くんです。高さがすごいです。スピードのある中で、しっかりと振り上げてあり得ない高さまで跳んでいるから、それができたらいいなと思っています。みどりさんからはまだ直接アドバイスをもらっていないですけど、みどりさんのトリプルアクセルをまとめた動画をリピートしながら見ているので、すぐにギガがなくなる(笑)」

 今季の新プログラムは、ダイナミックなジャンプと力強いスケーティングを持つ坂本のよさを存分に発揮しているものになった。ショートプログラム(SP)はシェイ=リーン・ボーン氏振り付けの『No Roots』で、フリーが平昌五輪シーズンからタッグを組むブノワ・リショー氏が手がけた『マトリックス』だ。

 SPはボーン氏得意のダンサブルな曲になっていて、坂本の新たな一面を引き出している。また、フリーは映画のワンシーンのような振り付けと、リショー氏の十八番である複雑なステップが見せ場になるはずだ。

 15日には、報道陣に公開された強化合宿の氷上練習で、曲かけでフリーを滑ってみせた。テンポの速い曲に乗り、全身を使った大きな振り付けが特徴的で、この2シーズン、坂本―リショーコンビが魅せた独特の世界観を、新シーズンもしっかりと見せてくれそうだ。

「フリープログラムは難しいです。昨季も難しかったんですけど、今季のプログラムもだいぶ(激しく)動いているので。しかも、オフバランスが結構多く、本来ある軸から上半身をずらすとか、そういうのが昨季よりも多い。それに耐える腹筋とか背筋とかがすごくきつい。あとはとにかく腕がしんどい。めっちゃ動かすからかもしれないです」

 アイスダンス出身のリショー氏は、複雑なステップや上半身の振り付けを独創的にプログラムに組み込むことが持ち味。できると見込んだ選手には、自分が考えた最高傑作と言わんばかりの振り付けを伝授する。選手のレベルに合わせるのではなく、選手がいま持っている実力よりも高いレベルのものを提供して、さらなるレベルアップを引き出そうとしているように見える。そんなプログラムをもらって3年目となる坂本が、どれだけの力をつけてきたかは言うまでもないだろう。

 最初にリショー氏に振り付けてもらったプログラム(『アメリ』)を習得する際は、全身が筋肉痛になって音を上げるほどだったが、いまでは「(全身筋肉痛は)ないです。慣れた(笑)」と笑い飛ばした。

「昨季は下半身のスケーティング技術を向上させましたが、もちろんスケーティングも重視しつつ、今季は上半身をずらす練習に取り組んでいます。今回のプログラムでは何回もコケて、頭、打ちそうになるぐらいやりました。ブノワさんの動きでは簡単と思ったことがほんとにない。毎年違うきつさがあるし、なんでそんなにアイデアがというぐらい、技術の宝庫みたいな感じなんです」

 坂本はブノワ氏が作るプログラムを気に入り、ブノワ氏もまた坂本というスーターを気に入っているのだろう。このコンビが作り上げるプログラム自体、楽しみのひとつである。

「今季のフリー『マトリックス』はすごくかっこいいし、目力がすごいので、そういう細かい部分を気にしてやっています。ブノワさんからも『目線に気をつけて滑って』と言われています。いまは、目力をどう表現するかで、お化粧をどうするか困っているんです。いつもどおりのメイクだったら絶対イメージが違うので、どうしたらいいんだろうって。情報を探しています。何かアドバイスをください。お願いします!」

 そう言って、茶目っ気たっぷりに報道陣を笑わせた。

 シニアデビューを果たしたシーズンに念願の五輪代表まで一気に駆け上がり、世界のトップスケーターの仲間入りをした坂本だが、2年目の昨季はあまり満足いく結果を残せなかったと反省を口にする。

「オリンピックに出た次のシーズンだったので、すごい結果を求めてしまったんですけど、今季は4回転を入れる選手たちがすごくたくさん出てくるし、そういう(自分よりも)上にいる選手たちを追いかける気持ちで、がむしゃらに毎試合やっていけたら、昔みたいに自分のすべてを出せると思うので、そういう気持ちで今季はやっていきたいかなと思います」

 SPとフリー、ともに強力なプログラムを作った坂本の完成度の高い演技に期待したい。