「新鋭ラッパーのリル・ナズ・Xが放つボーダレスな曲は、いまという「時代の精神」を捉えている」の写真・リンク付きの記事はこちら

Lil Nas X(リル・ナズ・X)の「Old Town Road」は、くらっとくる一曲だ。この曲は聴く者を眩惑の世界へと放り込む。聴きなじみがあるとも、ないとも言えてしまうような不思議な音律に心をかき乱され、自分がどこにいるのかもわからなくなるかもしれない。

この曲は周りにあるものを吸い寄せる。5度目に聴くころには歓喜が全身に湧き上がり、お祭り気分になるだろう。そして、もっともっと聴きたくなる。ひとしきりの論争の末に「Billboard Hot 100」チャートで1位を獲得したこの曲は、インターネット中を“めまい”の世界へと捉えて離さない。

「Can’t nobody tell me nothing(誰にも何も言わせない)」──。この“カウボーイ”は、曲のなかでそう宣言する。そして、そんな自信をくれる特効薬をわたしたちも渇望している。

だから、つい一緒に歌ってしまうのだ。くせのあるバンジョーの音色、押し寄せてくる太いベースサウンド、そして疾走感とともに溢れ出す喜び──。Old Town Roadは、わたしたち全員の曲なのだ。

VIDEO BY LIL NAS X

総再生回数2億回までの道のり

Old Town Roadは、ストリーミング総再生回数2億回を達成している(SpotifyとApple Musicのデータによる。どちらのサーヴィスでもこの曲がグローバル100チャートのトップだ)。Twitter、TikTok、Instagramといったソーシャルメディアも、この曲の話題でもちきりになっている。

いまやカントリー界のレジェンドとなったビリー・レイ・サイラスが参加したリミックスに加えて、ラップ界の異端児ヤング・サグによるリミックスまで噂されている。際限なく流れてくるミームや動画は、オンライン上での「The Black Yeehaw Agenda(黒人カウボーイ・ムーヴメント)」の興隆をあと押ししている(そしてそれが「Old Town Road」をさらに盛り上げる)。

「Taste of Country」や「Pitchfork」のような音楽メディアをはじめ、『ニューヨーク・タイムズ』、CBSニュース、「E!ニュース」、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)など、さまざまなメディアがこの曲を取り上げている。

この曲は、なぜここまで来ることができたのだろうか? そんな問いにしっかり答えようとすると、ミステリアスな“魔術”のような力がかかわってくる。手短に言えば、それはLil Nas Xによるこのヒット曲が、19年にリリースされたどんな作品よりも、この年のポップカルチャーを包括しているからだ。

稀代の超新星

18年12月にリリースされたOld Town Roadは、音楽業界における稀少な“超新星”の仲間入りを果たしたと言える。ビヨンセによる永遠の女性賛歌とも言える「Single Ladies」やカーディー・Bの「Bodak Yellow」とも並んで、ネットのカルチャーをまとめ上げるだけの強い求心力をもつアンセムであり、人々の注目を渦巻きのように引き込んでいくポップアートでもある。アートにおける普遍性を計画的に生み出しにくくなった現代において、これは頻繁に見られる現象ではない。

もともとOld Town Roadは、「SoundCloud」で何週間も低迷していた曲だ。それがTikTokでじわじわと広がり、ソーシャルメディアでの共感や認知を得てチャート入りを果たした経緯がある。

だが、一躍ネットで話題の中心となったのは、ビルボードがこの曲を「現代のカントリーミュージックの要素を十分に取り入れていない」として、カントリーのチャートから外すことを決めたときだった。

こうしてアトランタの無名ラッパーが発表したこの作品は、突如として全米で最も人気のある曲になり、さらには全世界からの注目も集めたのだ。アップルの担当者は『WIRED』US版の取材に対して、この曲が少なくとも23カ国のApple Musicデイリートップ100チャートでトップ1になったことを認めている。

突き崩される「固定観念」

力強いベースラインのうえに、Lil Nas Xは確固たる信念を感じさせるようなラップを乗せていく。

「I’m gonna take my horse to the old town road(馬にまたがって古い街道を歩くのさ)」と彼は歌う。「I’m gonna ride till I can’t no more(進み続けるんだ。もう進めなくなるそのときまで)」

そこにコーラスパートがやってくる。まるで催眠術のようなラプソディに、アウトローな要素がブレンドされている旋律だ。そして彼は、こう繰り返す。「Can’t nobody tell me nothin’/ You can’t tell me nothin’(誰にも何も言わせない/俺に口出しなんてできない)」(カニエ・ウェストは07年発表の「Can’t Tell Me Nothing」で、ヤング・ジージーお得意のアドリブにバックアップされながら、同じようなリフレインを展開している)。

芸術的自由に対する上位視点からの批評だと受け止められたOld Town Roadは、ミッションにもミッションステートメントにもなる。さらに付け加えるなら、業界の慣習の危うさに対するLil Nas Xのような“ひよっこ”のアーティストからの警告でもあった。

Young Kioが生み出したゆったりしたテンポが、その信念を際立たせる(オランダ出身のYoung Kioは18年10月、Lil Nas Xにこの曲のビートを30ドルで売ったという)。なるでLil Nas Xが、こう言っているようだ。どれだけ時間がかかっても、やり抜いてみせる──。

Old Town Roadは2分足らずという短い楽曲なので、ついついリプレイしてしまう。6度目、7度目と聴くころには、この曲がジャンルや歴史、そして世代間のバイアスを揺さぶる存在であることがはっきりしてくる。だからこそLil Nas Xは、この曲に「カントリートラップ」という呼び名を与えたのだ。

曲を構成するピースは豊かで、そこかしこに散りばめられている。まばらに配されてはいるが、選び抜かれてみずみずしいものだ。そうした要素を最初は感じとることができないかもしれない。だが最終的に、“タメ”や陶酔感に満ちた揺らぎ、そして歓喜の感情が一気に押し寄せてくるのだ。

これらのピースは、判断の理由づけや固定観念を一掃する作用をもつ。アメリカンカルチャーの遠い一角に押し込まれていた黒人カウボーイが、誇り高く馬にまたがり、誰もが見える場所に姿を現したのだ。

ジャンルを超越せよ

Old Town Roadを巡ってよく語られるナラティヴのひとつは、この曲が「音楽業界の崩壊を象徴している」というものである。音楽のジャンルや、アーティストが音楽ビジネスを導いていくうえで求められる伝統的なフォーマットといったものを打ち壊したというのだ。

だがこの曲は、わたしたちが思っているような意味で、あるいはそうなればいいと願っているような意味で本当に破壊的というわけではない。ジェンダーという概念と同じようにジャンルという考え方は、急速に時代遅れになってきている。だが、それは特に目新しい話ではない。「区切り」を設けることなど、消えゆく業界の慣習なのだ。

そしてLil Nas Xが証明しているのは、この命題が正しく、かつ必要なものであるということだ(Nellyとティム・マグロウが04年にリリースしたカントリー/ラップバラードのヒット曲「Over and Over」も、同じようにジャンルミックスで戯れてみせた作品だった)。Old Town Roadは、ほかの静かに並外れたアートと同じようにこの流れを安定させ、コンテクストを与える。これらをひとつにまとめあげる役割を果たしているのだ。

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巧みに取り込まれたヴァイラル

どちらかと言えばLil Nas Xは、音楽ビジネスにとってひとつの青写真と言えるだろう。今回の大ヒットを記録するまで、彼はTwitter上で有名人の熱狂的ファンのアカウントのひとつを運営して存在感を放っていた。だからこそ、彼はSNSで情報が伝播する構造を熟知していた。こうして人気になったのも、巧みな計画があってのことなのだ(だからといって、彼に才能がないと言いたいわけではない。才能はもちろんある)。

「この曲をより多くの人たちの耳に届けるために、どうプッシュすればいいのかはわかっていたんだ」と、Lil Nas Xは『ローリング・ストーン』のインタヴューで語っている。「Twitterでミーム系のアカウントを運営していたこともあって、オーディエンスが何を求めているのかわかる。だから、ツボにはまりそうな要素をいくつか入れてみたんだ」

理知とシリアスの絶妙なる狭間

追い風になった要素をひとつ挙げるとすれば、「Black Yeehaw Agenda」の盛り上がりだった。Twitterのブラックコミュニティなど、オンライン上の人が集まるところでタイミングよくムーヴメントが起きたのは予想外だったはずだ。だが、それもマーケティング戦略におけるひとつの教訓だといえる。

これまでも音楽は分野を越えた融合によって“戯れる”ことがあったが、こうした動きはいまの時代、特にインターネットにおいては先見の明があるように感じる。ネット上では見事な曲というだけでは成功できない。集団のなかで熟してきたタイミングをつかむ必要があるのだ。

プラットフォームを越えた反響を得て、かつそれが真に人々の心に響き、同時にしっかりとプロットが描かれていなければならない。結果として得られるのが、Old Town Roadのように、あらゆるところに侵食していくような力だとしたら──。その道筋は究極的には問題にならないのではないか。

個人的にも問題にはならないと思っている。少なくとも、いまはもう「どうやって」という部分は関係ない。個人的にはこの曲は、軽い気持ちでつくられた寄せ集め以上の境地に達したものなのだ。

Old Town Roadを聴いていると、その理知的だが決してシリアスすぎない絶妙なあんばいに引き込まれてしまう。そこが一筋縄ではいかないところだ。カントリーでありヒップホップでもあるが、そんなジャンルの枠には収まりきらないのである。

そのテーマやテクスチャー、構造や影響力においてOld Town Roadは、アートという観点では19年で最初の消すことのできない命題になった。この曲のムードやムーヴメントは完璧に、いまという時代の精神を表している。最初はつぶやきのようだが、だんだんと大きくなり、いずれは明瞭な“声“となるだろう。