トム・ヨーク(Photo by Alex Lake)

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日本盤が7月17日にリリースされる最新アルバム『ANIMA』を携えて、フジロック出演を目前に控えるトム・ヨーク。すでに各所でソロ最高傑作との呼び声高い同作を、「政治性」というアングルから読み解く。

6月20日に突如デジタル配信でリリースされたトム・ヨークの最新ソロ・アルバム『ANIMA』。前々作『The Eraser』(2006年)、前作『Tomorrows Modern Boxes』(2014年)と比較して、ダンス・ミュージック的にループするビートがより研ぎ澄まされているのがサウンド面での大きな特徴だろう(そのフィジカルなビートは、後述するポール・トーマス・アンダーソン監督の短編映画とも関係してくる)。

では、『ANIMA』という作品がどのようなことを表現していて、トムのどんなモードを映し出しているのか? 本稿では、その点を彼の政治的な問題意識から考えてみようと思う。

レディオヘッドとトム・ヨークの音楽を、トムの内面性や憂うつさが反映されたもの、と見る向きは多い。バンドとトムの音楽を評するときに頻出するワードは”anxiety(不安)”や”anxious(不安な)”といったものだろうし、それは今回届けられたトムの最新作『ANIMA』に関しても同様だ。むしろ、彼の不安の表現はここにきて一つの極点を記録し、完成されたと言ってもいい。トム独特の声質やボーカル・スタイルもそれには大いに関係しているだろう。

しかし、熱心なファンであればあるほど、レディオヘッド/トムの音楽が単なる彼の内面の探究や、ましてやインナー・トリップから生まれているのではないことを知っているはず。そう、レディオヘッド/トムの音楽は、世界そのもののありようや政治情勢と深く関係していて、それらとの緊張感ある摩擦から常に生み出されている。

マーヴィン・リンの著書『レディオヘッド/キッドA』(ele-king books)を紐解いて「キッドAのアクティヴィズム」という章を読んでみれば、バンド・メンバーたちが『Kid A』(2000年)の制作中にジャーナリストのナオミ・クラインに入れ込んでいたことがよくわかる。クラインの主張とは、反グローバリゼーションだ。それ以外にも、『Kid A』には気候変動と環境問題、遺伝子組み換え食品などに対する黙示録的な恐怖感が織り込まれており、それらは次章「キッドAの黙示録」で詳しく分析されている。

約20年前のこうした問題意識は現在も一貫している。トムは環境政党である緑の党の支援者で、2010年に党員(当時)のトニー・ジュニパーのベネフィット・ライブを行っている。また最近で言えば、2015年に環境NGOのグリーンピースによるデモでDJを行い、2018年には楽曲の提供もしている。

トムが提供した楽曲「Hands Off The Antarctic」のMVには、グリーンピースが撮影した南極の光景が使用されている。

レディオヘッドないしトム・ヨークが不安を表現しているのだとすればそれは、基本的には悪い方向へと動き続ける世界と、それに比べてあまりにも卑小な個人の存在とが擦れ合って鳴る軋みのようなものから音楽が生まれているからだと言っていいだろう。かつてトムは『Kid A』の「Idioteque」で、(彼が危惧する地球温暖化とは真逆だが)「氷河期が来る」「本当に起こっていることなんだ」と神経質に繰り返し歌っていた。彼お得意と言っていいかもしれないそのディストピックなヴィジョンは、ソロ新作『ANIMA』にも見い出せる。

例えば、Crackによるインタビューでトムは、東京に来た際に時差ボケで苦しみ、人間とネズミが入れ替わった様子を夢に見たと語っている。ネズミがヒールを履いて街を歩く一方、人間たちは排水溝の中に潜んでいるという、どこかジョージ・オーウェル的なその光景は、『ANIMA』の収録曲「Last I Heard (...He Was Circling The Drain)」で直接的に歌われている。

「ゴミと一緒に出され/側溝を掻き分け 側溝を泳ぎ抜き/飲み込まれる 飲み込まれる/都会に 都会に 都会に/ドブネズミ大の人間たち」

この歌詞は、ベジタリアンであり、動物の権利擁護にも熱心なトムが、街の片隅を駆けずり回るネズミの視点から人間社会を恐怖心と共に見ている、と読むこともできるだろう。だが、アルバムと同時に公開されたポール・トーマス・アンダーソン監督のショート・フィルム『ANIMA』(Netflixで配信中)を見ると、それよりも人間集団のありようについてのリリックのように思えてくる。

ショート・フィルムの冒頭は、ロンドンのチューブ(地下鉄)と思しき場所が舞台だ。トムも含む乗客は、みな薄暗い色の衣服を身に纏って眠っている。「Not the News」の躍動的なビートが刻まれ出すと、乗客たちは睡眠をモチーフとしたダンスを始める。それぞれの動きに微妙なズレはあるが、ダンスは集団的で画一的でパターン化されており、どこかゾンビのようだ。トムが飲み込まれていく集団は、ガクッと眠りに落ちるような動きを繰り返しながら歩いており、眠りながら移動しているかに見える。トムはその一部として巻き込まれながらも、抵抗する。そのさまは、集団(心理)との相克を描いているかのようだ。

トムは『ANIMA』の着想源となった”夢”について、「みんなが仕事に行くために移動しようとしていたけれど、体がもう移動したくないと言っていた。体が言うことを聞かないから、みんな不本意な動きをしていたというイメージ」と語る。これは、映画の冒頭場面でそのまま再現されていると言っていいだろう。また、ゼイン・ロウによる別のインタビューでトムは、「僕らはデバイスに言われたことに従うようになり始めていて、振る舞い方まで真似するようになってしまったという現状もある」とも言っている。こうした問題意識も、ショート・フィルムに直接的に表れていると考えられる。

そもそもトムは『ANIMA』のリリース前、「これまでは政治的な音楽なんて作りたくなかったんだけどね。今やっているのはとにかくそういうものなんだ」と『エル・ムンド』紙にほのめかしている。『ANIMA』リリースの8カ前に発表された映画『サスペリア』のサウンドトラックについてもそれは言えるだろう。映画の舞台の1977年が現代とリンクしているとし、「ファシスト」という単語が使われた”Has Ended”の歌詞は、ドナルド・トランプを念頭に置いて書いたものだと明らかにしている。また同時期には、英国のEU離脱を推し進める(以外に選択肢のない)与党保守党のありさまを強い言葉で非難している。

『サスペリア』サウンドトラック収録曲「Has Ended」

ブレグジットの議論が始まってからこのかた、彼はこれまで以上に政治モードに入っている。それは、トムのTwitterをフォローしたり、彼のインタビューを熱心に読んだりしているファンであればよくわかるだろう。「やつらはみんなをレミングに崖を飛び降りさせるみたいに扱っているだろ」「叫び声をあげている乗客を後ろに乗せたまま、赤バスで崖へ落っこちて欲しくて、あんたに投票した人はいないんだよ」と、現政権の保守党とテリーザ・メイ首相を攻撃し、離脱派の旗振り役で次期保守党党首(=首相)の最有力候補と見られるボリス・ジョンソンについては「馬鹿みたいな髪型をした小さい男が旗を振っている」と表現する。

pic.twitter.com/oPW0rhByDm
- Thom Yorke (@thomyorke) February 8, 2019

トムのTwitterより。「叫び声をあげている乗客を後ろに乗せたまま、赤バスで崖へ落っこちて欲しくて、あんたに投票した人はいないんだよ。(中略)”恐怖”というものは21世紀のイギリス首相が使うべき武器じゃない。バスを止めてくれ……今すぐ」

だが、はたして『ANIMA』は本当に「政治的なアルバム」なのだろうか?

さきほども引いたアルバム完成後のCrackによるインタビューでは、「現在の野党の勢力は、2019年のアーティストとしてのあなたに、どのようなものをもたらしてくれますか?」という質問に対して、「直接的にそのことについて書けないから、僕はそれを主題として捉えていない。できることは、怒りや恐怖の感覚や、中途半端な真相に気づくことだ」と答えている。だから、『ANIMA』を直接的に政治的なアルバムとして聴くことはできないかもしれない。

そもそもトムは、『Kid A』の作詞において、言葉をランダムに並べて歌詞を生成するダダイズム的手法を試みていた。『ANIMA』の詞も、はっきりと意味のある内容を読み取れるようなものにはなっていない。しかしここには、これまで以上に攻撃的で、どこか怒りが滲んでいるように感じられるフレーズが並んでいる。

「君に面と向かって無礼な態度を取らなくては」
「それじゃ君のパーティがしらけていく様子を眺めることにするよ」(”I Am a Very Rude Person”)

「黒蜜(甘ったるいお追従の言葉や態度)に浸かっている僕」(”Not the News”)

「こういう時に分かるんだ/誰が本当の友達なのか」(”Runwayaway”)。

「金を見せびらかして/裕福なゾンビとパーティを楽しんで/ストローでそいつを吸い込むんだ」(”Traffic”)

「こういう時」はEUからの離脱投票を、「ストローでそいつを吸い込む」はボリス・ジョンソンが以前コカイン使用を認めた、という話題を思い起こさせる(参照:BBCジャパン)。いずれにせよ、『ANIMA』で歌われる”you”や”I”に、近年トムが怒りの矛先を向けている政治家や権力者の名前を代入しても違和感がない――そう考えるのは、あまりにも深読みしすぎだろうか?

かように『ANIMA』は、現在のトムのモードや問題意識を直接的/間接的に届ける作品であると共に、レディオヘッドも含めたキャリアを引き継ぎながら更新し、総括するような作品になっている。つまり、トム・ヨークという音楽家・表現者の「今」を伝えつつ、透徹した美学や思想に貫かれているのが『ANIMA』というアルバムなのだ。

繰り返しになるがトムの音楽は、世界のありようとトムというの個人の摩擦が生むディスコードのようなものである。独立独歩の音楽家の2019年における軋みが、『ANIMA』には確かに刻まれている。

〈リリース情報〉


トム・ヨーク
『ANIMA』
7月17日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10341

〈ライブ情報〉


FUJI ROCK FESTIVAL19
期間:2019年7月26日(金)27日(土)28日(日)
※トム・ヨークは7月26日に出演
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場

オフィシャルサイト:
http://www.fujirockfestival.com