(藤 和彦:経済産業研究所 上席研究員)

 米WTI原油先物価格は再び下落し始めている(1バレル=50ドル台後半)。需給面の懸念を地政学リスクが打ち消すという構図が徐々に崩れつつあるからだ。

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米国の原油生産拡大で世界の原油在庫が増加

 まず供給サイドを見てみよう。

 7月11日に公表された月報によれば、OPECの6月の原油生産量は前月比7万バレル減の日量2983万バレルと5年ぶりの低水準となった。イランが14万バレル減の日量223万バレル(2018年の生産量の平均は同355万バレル)、ベネズエラが2万バレル減に同73万バレルとなった一方で、サウジアラビアは13万バレル増の同981万バレルとなった(減産合意は同1031万バレル)。

 非OPEC産油国の雄であるロシアの7月1日から8日までの原油生産量も前月比44万バレル減の日量1079万バレルと3年ぶりの低水準だった(減産合意は同1119万バレル)。4月下旬に発生した欧州向け原油パイプラインの汚染問題の影響が尾を引いているが、生産は徐々に回復に向かっている(7月10日付OILPRICE)。

 前述のOPEC月報では2020年のOPEC産原油の需要量が示されたが、6月の原油生産量を56万バレル下回る日量2927万バレルと3年連続の減少である。インドや中国など新興国の需要は拡大するものの、米シェールなど非加盟国の原油生産が拡大し、OPEC産原油を駆逐してしまうと予想しているからである。

 国際エネルギー機関(IEA)も7月12日に公表した月報で「世界の原油需要が低迷する中、米国の原油生産が拡大し、今後9カ月、世界の原油在庫は増加する」との見通しを示した。世界の原油生産の鍵を握るようになった米国の直近の原油生産量は日量1230万バレルである。日量1240万バレルの過去最高を記録した後、熱帯性暴風雨の襲来で同1200万バレルに下落した。そのうちの約7割はシェールオイルだ。米エネルギー省によれば、8月のシェールオイルの生産量は日量855万バレルになる見込みだ。

 一方、将来の生産量の指標となる石油掘削装置(リグ)稼働数は過去7カ月にわたり減少している。シェールオイルの生産を牽引している南部のパーミアン地区での活動がスローダウンしており(7月13日付ブルームバーグ)、投資家の間で「今後数カ月以内にシェール企業の倒産のペースが加速する」と警戒感が高まっている(7月7日付OILPRICE)。

減少傾向にある中国の原油輸入量

 需要サイドに目を転じると、世界最大の原油輸入国となった中国の6月の輸入量は日量963万バレルと前月(同947万バレル)とほぼ横ばいだった。日量1064万バレルであった4月の水準を2カ月連続で約100万バレル下回っている。

 中国の第2四半期のGDPは27年ぶりに低い伸びにとどまり、6月の自動車販売台数も前年比10%減と12カ月連続の減少となった。景気減速から国内のディーゼル需要も4月、5月と連続して2桁の減少となり、10年ぶりの低水準である。6月のガソリン需要も1年半ぶりに前年比割れとなった。

 中国は低油価を背景に1月から5月まで日量121万バレル(前年同期は同85万バレル)のペースで政府や民間企業が備蓄を行ってきた(7月9日付OILPRICE)。しかし、今後原油価格が高止まれば、備蓄の需要も減少する。

 中国の上期の原油輸入量は前年比80万バレル増となり、世界需要の伸び(120万バレル弱)の3分の2を占めたが、下期は果たしてどうなるのだろうか。

 世界最大の原油消費国である米国では、6月上旬まで増加トレンドにあった原油在庫が減少に転じたが、製油所への原油投入量は前年割れが続いている。

緊張状態が続くホルムズ海峡

 このように需給面では先行き悪化の材料が増えているが、それを打ち消してきたのが地政学リスクの高まりである。

 ホルムズ海峡周辺では5月から6月にかけて合計6隻の船舶が何者かの攻撃を受けたが、7月に入っても緊張状態が続いている。

 英海兵隊の特殊部隊は7月4日、EUの対シリア制裁違反の容疑で約200万バレルの原油を積載していたイランのタンカーを英領ジブラルダル沖で拿捕した。これに激怒したイランが報復を示唆したことから、6日、イラク南部のバスラ港に向かっていた英BPの石油タンカーが突如Uターンする事態が発生した。

 さらに7月10日、イランの革命防衛隊のものとみられる小型船3隻がホルムズ海峡付近で英国のタンカーに接近、イラン領海付近で停船するよう指示した。これに対して、護衛に当たっていた英海軍のフリゲート船が警告を発して撤退させるという事案が生じたとされている(イラン革命防衛隊の海軍はこれを否定)。

 インドは約6割、中国は約4割と、アジア諸国の原油輸入の中東依存度は高いが、中でも日本は88%と最も高い。第1次石油危機発生時に78%だった中東依存度はその後低下し、1987年に68%となったが、その後、中国やインドネシアなどアジアの産油国が輸出を停止したことで中東依存度が再上昇し、2度の石油危機の時より高くなっている。

 ホルムズ海峡は世界の需要の2割弱、取引量の4割弱の原油が通過している。同海峡を通過する石油タンカーは年間約500隻に達するが、タンカーは安全上の理由から同海峡に差しかかるとスピードを上げて素早く通過するようになっている。

 6月中旬からタンカーの船体価格に対して従来の10倍の0.25%分の保険料を支払うことになる(7月12日付日本経済新聞)など運航コストが1割以上上昇した、との声がタンカー業界から出ている(7月13日付日本経済新聞)。運航会社としては今まで以上に低速で航行して燃料代を抑えなければならない状況だが、背に腹は代えられない。

 米軍のダンフォード統合参謀本部議長は7月9日、中東のイラン沖などを航行する民間船舶を護衛するため、同盟国の軍などと有志連合の結成を目指す方針を示した。

 米軍はホルムズ海峡の安全をこれまで単独で維持してきた。しかし、シェールオイル生産の急増により米国の原油輸入の中東依存度が10%を下回った現在、中東産原油への量的関心は薄れている(原油価格高騰の際には、戦略石油備蓄=SPRを放出すれば対応可能である)。

 すでにインド海軍は6月下旬から独自にホルムズ海峡の護衛を開始しており、イギリスも12日、イランとの緊張の高まりからペルシャ湾に艦船を追加派遣する方針を固めた。このようにホルムズ海峡における自国船舶の護衛が現実のものになりつつある。

 タンカーの安全航行に関する問題はホルムズ海峡ばかりではない。バブ・エル・マンデブ海峡は欧米向けの原油が日量400万バレル通過している。アラブ連合軍は7月8日、「紅海南部(=バブ・エル・マンデブ海峡)でイエメンの反政府武装組織フーシ派が爆発物を積んだ無人高速ボートで民間船舶に対する攻撃を行ったが、これを阻止した」と発表した(フーシ派はこれを否定)。

ホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡(印のついた場所、Googleマップ)


サウジに対するフーシ派のドローン攻撃が激化

 筆者はこのところフーシ派の動向に注目している。特にフーシ派によるサウジアラビアへのドローン(無人機)攻撃は激化するばかりである。

 フーシ派は7月4日、6日、8日、13日、15日と立て続けにサウジアラビア各地に対してドローン攻撃を行った。今年(2019年)に入り、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)に関して、300超の軍事目標をリストアップしたが、ここに来てドローンや巡航ミサイル等などの攻撃兵器の生産能力が飛躍的に高まっているようだ。アルジャジーラは7月7日、「フーシ派がイエメンの首都サナアで『驚きに満ちた将来』と題する兵器の展示会を開催し、自ら製作した巡航ミサイルや長射程のドローンの見本を披露した」と報じた。

 とどまるところを知らないフーシ派のドローン攻撃に怖じ気づいたのだろうか、サウジアラビアとともにアラブ連合軍を主導するUAEは7月8日、同国のイエメン駐留部隊を縮小したことを明らかにした。UAEは2015年からイエメンへの軍事介入を開始し、駐留部隊は3000人に上っていたが、戦死者が100人となり国内で大きな問題となっていた。UAE側は「任務が終了した」としているが、イランを巡る情勢の緊迫化に伴う自国防衛の必要性の高まりに加えて、UAE国内への大規模なドローン攻撃を未然に回避するためフーシ派に秋波を送った可能性がある。

 UAEの撤退について難色を示していたサウジアラビアは、UAE軍が抜けた後のイエメン西部の防衛を肩代わりせざるを得ない状況に追い込まれている(7月11日付ロイター)。UAE軍がパトリオットミサイルなどの近代兵器も撤収したことから、サウジアラビアに対するフーシ派のドローン攻撃がさらに激化することが懸念されている。

「皇太子失脚」という悪夢のシナリオ

 フーシ派のサウジアラビア攻撃は空ばかりではない。現地メディアによれば、サウジアラビア領内に進軍したフーシ派は7月3日、サウジ側のドローンを短距離砲で撃墜し、10日にはサウジアラビア南部のナジャラン近郊に弾道ミサイルを着弾させ、サウジアラビア兵45人を死亡させたとされている。

 2015年3月に開始されたサウジアラビアのイエメンへの軍事介入については、明確な展望や落としどころがなく国際的な非難が高まるばかりの状態が続いていたが、UAEの突然の離脱という事態が生じたことから、サウジアラビアは介入の目的が何も実現できずに撤退を余儀なくされる事態に追い込まれそうである。

 そうなればイエメンへの軍事介入を主導したムハンマド皇太子に対する王族内からの非難が高まり、「皇太子失脚」という悪夢のシナリオが起きてしまうのではないだろうか。

サウジの地政学リスクのインパクト

 イランを巡る地政学リスクは、注目されているものの市場での反応は鈍い。6月の原油輸出量が日量30万バレル(昨年4月は同250万バレル)に減少したイラン産原油の市場へのインパクトはそれほど大きくないからだ。

 だが、日量700万バレルの原油輸出量を誇るサウジアラビアで地政学リスクが高まれば、原油価格は間違いなく高騰する。

 原油価格が高騰すればSPRの放出も「焼け石に水」である。ガソリン価格が上がればインフレ懸念が生じ、米FRBの利下げシナリオに大きな狂いが生じてしまう。

 利下げ期待でバブル化している世界の金融市場に想定外の事態が生ずれば、今年後半の世界経済は大荒れになるかもしれない。

筆者:藤 和彦