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1.ロシア製地対空ミサイル、ついにトルコへ

「トルコがS-400(ロシア製地対空ミサイル)の納入を受け付けていることは承知している。最新鋭ステルス戦闘機F-35(のトルコへの引き渡し凍結)の立場に変更はなく、これからアカル国防相と協議する」

 7月12日、最初の「S-400」関連機材パッケージがトルコに届いたのを受け、マーク・エスパー米国防長官はこう述べた。

 拙稿「今夏、世界を揺るがすトルコショックの悪夢再び?(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56300)」でも触れたとおり、トルコによるロシア製地対空ミサイルS-400の導入を巡って、米・トルコ間の緊張が高まっている。

 米国の最新兵器である「F-35」の配備・生産に関与するトルコがロシア製兵器S-400を導入するというのだから、米国の懸念は容易に想像できる。

 なぜならS-400を通じて、F-35の様々な機密情報がロシア側に漏れてしまう恐れがあるからだ。

2.3つの不透明要因:米議会・エルドアン・市場

 この問題の展望について、標準シナリオは次のようなものだろう。

「トルコは予定通りS-400を導入し、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領のメンツを保つ」

「米国はF-35の配備・生産計画からトルコを外し、これで米議会のメンツは保たれる」

「結果、米国は引き続きトルコの協力を得ながら、中東政策、特に対イラン・シリア政策を進められる」

 しかし、この問題の先行きを考えるにあたっては、3つの不透明要因がつきまとう。

 第1に米議会だ。

「バラク・オバマ前大統領が米国製のシステム(パトリオットミサイル)の提供を断ったからだ。エルドアン大統領のせいではない」

 6月末、大阪でのG20終了後に臨んだ記者会見でトランプ大統領はこう述べた。

 しかし、この発言は昨年7月ヘルシンキで開催された米ロ首脳会談と、その後の顛末を想起させる。

 昨年7月ヘルシンキで開催された米ロ首脳会談直後の8月、米国は英国での元ロシアスパイ暗殺未遂事件を理由にロシアに対する制裁を強化した。

「トランプ大統領が敵対国に近づくほど、米議会は敵対国から遠ざかる」という構図だ。

 また昨年11月の米中間選挙で民主党が下院での過半数を奪回したこと、また今年5月にトランプ政権が議会承認を迂回してサウジアラビアなどへの武器売却を進めたこと、などもあり、トランプ大統領と米議会の関係は一層先鋭化していると考えるべきだ。

 今月にもトランプ大統領がトルコを訪問し、エルドアン大統領と首脳会談を行うという報道があるが、現在のトランプ大統領の立場を考えればこの首脳会談で劇的な打開策が生まれるとは考えにくい。

 第2にエルドアン大統領だ。

 昨年7月、トルコは国民投票を経て議会制民主主義から大統領制に移行した。

 しかし、エルドアン大統領に過度に権限が集中した結果、エルドアン大統領の判断力が低下しているのではないか、と思わせる事案が頻発している。

 象徴的な事案が昨年7月のエルドアン大統領の娘婿・アルバイラク氏の財務相への起用だ。

 そしてその1カ月後の昨年8月、政治問題のもつれから、米国はトルコの2閣僚に対し経済制裁を発動、アルミ・鉄鋼に追加関税措置を発動すると発表した。

 その結果、トルコリラをはじめ、多くの新興国通貨が急落したことはいまだ記憶に新しい。

 また今年6月に実施されたイスタンブール市長選の再選挙という判断も疑問が残る。

 3月のイスタンブール市長選挙でエルドアン大統領が推す与党候補は僅差で野党候補に敗れた。

 敗北の原因が経済情勢の悪化と考えられる以上、短期間での巻き返しは困難で、エルドアン大統領にとっては、「取りあえず3月の敗北を受けいれ、与党の影響力が残るイスタンブール市議会を通じて野党市長を締め上げる」というのがベストな選択肢だったはずだ。

 なぜなら次の大規模選挙である2023年の大統領選挙・国会選挙まであと4年もあり、その間にエルドアン大統領の与党は戦略を練り直す時間があるからだ。

 しかし、エルドアン大統領は再選挙という無謀な選択肢を選び、そして野党候補にさらに大きな票差をつけられて負けるという最悪の結果に終わった。

 一説には、「イスタンブール市長の座を野党に奪われると、与党市長時代の汚職が白日のもとにさらされてしまう」という懸念に基づく再選挙強行だったという。

 とはいえ、勝てない勝負に挑んだという点でやはり無謀な判断だったといわざるを得ない。

 もしエルドアン大統領の判断力が本当に低下しているならば、米議会や市場を軽視した判断を下し、その結果経済制裁や市場の洗礼を受ける可能性がある。

 第3に市場だ。

 先述のごとく判断力に懸念のあるエルドアン大統領は7月6日土曜日、チェティンカヤ中銀総裁を更迭した。

 しかし、これに対する市場の反応は限定的で、7月8日月曜日のトルコリラ終値は前週末終値比わずか2%の下落にとどまった。

 また7月12日に格付け会社フィッチ・レーティングスはトルコの長期債務格付けを1段階引き下げBB-としたが、それでも同日のトルコリラは前日終値比0.8%の下落にとどまっている。

 また国は異なるが、7月9日のメキシコ財務公債大臣の辞任に対しても、メキシコペソは前日終値比わずか1.3%の下落にとどまった。

 加えてイラン問題が緊迫するなか、米国のダウ平均株価の終値は7月3日に史上最高値を更新している。

 本来、市場は様々なリスクを客観的に映す鏡であるはずだが、足元の市場は7月30〜31日の米利下げをほぼ100%織り込んで動いており、これに伴う楽観が様々なリスクを覆い隠している。

「トルコリラが安定しているから、米国による制裁はないだろう」といった判断は禁物だ。

 またこのような「楽観的な市場」が、経済変動を通じて為政者に合理的な行動を強いるという「市場の強制力(昨年10月、エルドアン大統領が対米譲歩を迫られたような)」を弱めている点にも注意が必要だ。

3.トルコショックはどこに波及する?

 このように3つの不透明要因があるため、この問題が先に挙げたような標準シナリオに落ち着くと考えるのは楽観的過ぎるかもしれない。

 その場合、リスクシナリオは次のようなものではないだろうか。

「トルコのS-400導入を受けて、米国はトルコに対しCAATSA(敵対者に対する制裁措置法)を発動。トルコ経済は動揺。動揺は他の新興国にも波及。結果、トルコは米国と距離を置くようになり、米国の中東政策にも悪影響が生じる」

 米国の中東政策を展望するのは困難だが、仮に米国がトルコに制裁を発動した場合、どのような新興国に影響が波及するか、昨年の経験や経済構造に基づいて考えてみよう。

図表 1 対トルコ制裁でショック波及が懸念される国々

 図表はGDP(国内総生産)世界上位50カ国を、3つの指標に基づいて経済が脆弱な順にまとめたものである。

 この図表によれば、トルコ・アルゼンチン・南アフリカ・コロンビア・ルーマニア・チリの6カ国が3つの指標のうち2つ以上の指標で経済脆弱性上位を占めている。

 またあまり指摘されないが、ロシアへの波及も心配だ。

 今回の問題ではロシアも当事者の1人であり、米議会の反応次第では対ロシア制裁が強化される可能性も否定できない。

 昨年に続き、トルコは今夏も世界を揺るがすのか?

筆者:榎本 裕洋