消費税10%時には、3歳から5歳までの子どもたちの幼稚園や保育所の費用が無償化される(写真:kikuo/PIXTA)

7月21日に投開票される参議院議員選挙。与党は、10月に予定通り消費税率を10%に引き上げるとともに、その増税財源で幼児教育の無償化を実施することを公約に掲げている。

2017年9月に衆議院を解散する際、10%への消費増税分の使途を変更し、教育無償化にも充てると安倍晋三首相は明言した。その衆院選で与党が勝利し、3歳から5歳までのすべての子どもたちの幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償化することを2017年12月に閣議決定した。

教育無償化と義務教育化には違いがある

フランス議会上院では7月4日、義務教育を現在の6歳から3歳に引き下げる法案が賛成多数で成立し、今年9月の新学期から実施されることが決まった。義務教育を3歳からとする国は、ハンガリーに次いで2カ国目という。義務教育開始年齢の引き下げはマクロン大統領による改革の一環として提案された。これにより教育の不均衡を是正したい意向だ。

わが国も、日本国憲法で義務教育は無償とするとしている。3歳からすべての子どもたちの教育を無償にするとうたうのであれば、なぜ「義務教育は3歳から」と言わないのだろうか。

実は、教育無償化と義務教育化には、かなりの隔たりがある。

日本国憲法では義務教育は無償とするとしており、授業料が無料でないと義務教育にはならない。ただ、授業料を無料にしたからといって、必ずしも義務教育になるわけではない。

義務教育とは、一義的には親に対して子に教育を受けさせる義務を負わせることだ。日本国憲法でも、国民の義務として教育を受けさせる義務を規定している。それが全うされなければ、いかに教育費が無償になっても義務教育とは言えない。別の言い方をすれば、子を任意で通わせた学校の教育費が無償だからといって、その学校教育を義務教育とは言わないのである。

今般、フランスが義務教育を3歳からとした背景には、97.6%の3歳児が、日本の幼稚園にあたる保育学校に通っている現状がある。3歳児を通わせるのは任意である状況でこれほどの通学率だから、親の教育を受けさせる義務という点で、3歳から義務教育にしてもほとんど支障がないとみられる。ただ、貧困地域では6歳未満で保育学校などに通う子どもの割合は高くないのが実情である。

さらに、フランス政府の意図として、この義務教育の開始年齢引き下げによって、生まれた家庭の事情にかかわらず、皆が公平に人生のスタートラインに立てることを目指している。

親の世代の所得格差が子の世代に引き継がれないようにするには、子の教育機会の均等を確保することが重要である。とくに、幼児期に育まれる読み書きの能力に差があると、その後の人生を大きく左右するという。

幼児教育は認知能力を高める意味でも、生涯を通じた生産性を高める意味でも、ほかの年齢層の教育よりも一層重要であることは、教育経済学の知見から明らかになっている。国際的にもそのように認識されており、幼児教育に力点を置くことは論理的にも正当化できる。

義務教育化の実現には高いハードル

フランスのこの取り組みについて、日本でも一部に賛成する声があるが、日本の実情はどうか。2014年7月に出された教育再生実行会議の第5次提言は「3〜5歳児の幼児教育について、財源を確保しつつ、無償化を段階的に推進し、(中略)幼稚園、保育所及び認定こども園における5歳児の就学前教育について、設置主体の多様性等も踏まえ、より柔軟な新たな枠組みによる義務教育化を検討する」と打ち出した。

その後、前述のように、消費税10%時に3〜5歳児の幼児教育を全面的に無償化する財源を確保した。この提言どおり、5歳児の義務教育化が検討されるのだろうか。

参院選の公約に、教育無償化はあっても義務教育化はない。義務教育化の選択肢が消えたわけではないが、実現が難しいのが現状である。

幼児教育を義務教育にすると、教育を受けさせたい親が子どもを通わせる教育機関が日本中どこにでも存在しなければならない。待機児童のような事態が起きてはならない。目下、政府は待機児童をなくす努力をしてはいるが、3歳児でもまだ待機児童は残っている。

今回の教育無償化は、親が3歳以上の子どもを幼稚園や保育所などで教育を受けさせたいならその費用を無償化することを決めたまでで、親の意向とは無関係に3歳以上の子どもに全員、教育を受けさせる義務を課すことを意味するわけではない。教育・保育費用を無償にする財源が確保でき、最低限の教育カリキュラムを確保できても、3歳以上の子どもに教育を受けさせる義務を親に負わさなければ、3歳からの義務教育とは言えないのである。

確かに、前述の教育再生実行会議の提言も、明記しているのは5歳児の教育だけである。ちなみに、5歳児義務化は1971年に中央教育審議会が出した答申で一度打ち出されたことがあるが、結局実現には至っていない。

保育所は学校教育法上の教育機関ではない

日本で3歳以上を義務教育化する最大のハードルは、保育所は学校教育法が定めた教育機関ではない点だ。前述の提言でも、設置主体の多様性を踏まえなければならないほどである。義務教育である以上、教育機関がその教育を担い、政府が定めた学習指導要領などに準じた教育を税金を投じて無償で施す。義務教育は学校教育法で規定されており、同法に基づく教育機関ではない保育所は義務教育を担えるのか、と問われたりもする。

そもそも、保育士と幼稚園教諭は資格が異なる(ちなみに、保育士資格取得後に3年以上の実務経験を経て、幼稚園教員資格認定試験に合格すれば、幼稚園教諭2種免許状が取得できる仕組みはある)。教育を受けさせたい親からすれば、どちらであってもいい教育をしてくれればそれでよいのだから、つべこべ言わずともと思うかもしれない。

しかし、義務教育化するとなれば、幼児教育の質をどう担保するかが問われる。税金を投じただけでは解決できない課題の1つである。

結局、フランスは人材育成策としての幼児教育義務化を3歳児から進めることにしたのに対し、わが国は少子化対策としての幼児教育無償化をするにとどまった。教育を施す機関は幼稚園も保育所も従来と変わらない。

日本で幼児教育を義務化するには、幼稚園と保育所の「壁」を解かなければならない。幼稚園と保育所の区別にとらわれている間に、わが国にとって大切な次世代の育成が滞ってしまっては本末転倒である。