災害時の個人情報の取り扱い、どうする!?

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被災地の情報共有の在り方、個人情報の取り扱いにつき、しばしば、

「法律やガイドラインに従っていなかった=研究者個人の人道的な罪である」

というような非難を耳にすることがあります。

しかし、こと個人情報に関しては、法律やガイドライン守ることと人道問題はまったく別のものです。時勢に合わせて変化する法やルールをアップデイトできず、組織内で手続きの一部が古い体制で運用されてしまった、というようなケースもしばしばみられます。

どんなルールでも、違反は取り締まられるべきなのかもしれません。しかし、その際にそれがどのような部分のどの程度の違反なのか、ということを認識せず、十把一絡げに糾弾されるべきではない、と私は思います。また法やガイドラインを守ったからといって、その内容が人道的であるとも限りません。

そこで、まず患者さんや住民の情報提供は、どのようなルールに従って行われるのか、災害時にそのルールに従うことの難しさについて解説してみます。多少読みづらいかもしれませんが、是非、医学研究者以外の方にも知っていただければと思います。

個人情報保護法と医療情報にみる「研究以外の目的による情報提供」

2003年に施行された「個人情報の保護に関する法律」、いわゆる個人情報保護法は、誰もが一度は耳にしたことのあるのではないかと思います。この法律の本来の目的は、個人情報を保護しつつ、かつ情報の利活用を促進するというものでした。

しかし、前者の保護の点に重点が置かれすぎた結果、後者の利活用については、むしろ法が障壁になっている、という印象を受ける方も多いのではないでしょうか。

この個人情報保護法が2017年に改正され、医療情報の取り扱いが以前に増して厳しくなりました。簡単に言えば、研究ではない目的で患者さんの情報を第三者に提供する場合には、

(1)その情報に含まれる患者さん全員に同意を得る(オプトイン)(2)その患者さんであることがわからないような、しっかりとした処理(匿名加工)を施す

のいずれかの手続きが必要とされたのです。

(1)同意取得について

患者さんや住民の方から同意を得る場合、同意書には情報の使用目的が詳細に記載されている必要があります。たとえば研究であれば以下のような項目が必要です。

・情報の利用目的及び利用方法・他の機関へ提供される場合はその方法・提供する情報の項目・利用する者の範囲・情報の管理について責任を有する者の氏名・同意撤回の機会と方法

この項目のいずれかに大きな変更があった場合には、患者さんの同意を取り直さなくてはいけない可能性があります。つまり、一度同意を得て収集した情報でも、別の機関に提供しよう、あるいは別の解析に用いよう、という場合には、倫理審査にかけた上で同意を取り直さなければいけない場合があります。ただし、倫理審査によってはこちらの同意は、オプトアウト(利用者が承認していない状態で、情報を外部利用すること)という方法を取ることができます。

「連結表」で記録を残す

(2)匿名化と臨時研究員

個人情報であっても、しっかりとした匿名加工を行ったり、統計データ(グラフや表など)の形にしたりしたものは施設の外に持ち出すことができます。

しかし、患者さんの情報を集める際には、匿名化した後データに不備があった場合に備え、一般的には匿名化した患者さんの元の情報を調べることができるように、患者情報と匿名化情報を照合するための「連結表」を作ります。つまり、患者さんの「111」というID番号を「AAA」という研究用の番号に変更した場合にはAAA→111である、という記録を残しておく、ということです。

この連結表は、たとえば患者さんから「やっぱりデータの提供をやめたい」という、いわゆる同意の撤回が合った場合、それに対処するためにも必要です。その患者さんの情報がどれかがわからなければデータを消すことができないからです。

個人情報保護法の改正以降は、この連結表が提供元の病院内にある限り、その情報は匿名化されていない、とみなされることになりました。これによって施設にとって匿名化すること自体が困難となっています。しかし、昨今のデータは、たとえはファイル名に病院名や病院IDがついていたり、画面の隅の方に患者名が入っていたりと、匿名加工は必ずしも簡単ではありません。

一方で、たとえば電子カルテのデータは治療にあたる病院スタッフの全員が閲覧することもできます。

つまり施設内の人間であれば、病院の定めた利用目的の範囲内でその個人情報を取り扱うことは許されているということです。そこで、一施設の情報だけであれば、むしろ外部の研究員を施設に雇う、という方法がとられることもあります。

個人情報保護法の例外規定と「医学研究の倫理指針」

これだけ聞くと、個人情報保護法は医学研究を著しく阻害するかのように思えるかもしれません。しかし、実際には個人情報保護法には「例外規定」というものがあり、マスコミ・著述業関係、大学等、宗教団体や政治団体が、それぞれ報道・著述、学術研究、宗教活動、政治活動の目的で個人情報を利用する場合は、個人情報保護法の適用外とみなされます。

つまり、医療においては、大学等が学術研究目的で患者さんのデータを使用する場合には個人情報保護法に従わなくてよい、ということになります。

とはいうものの、医療情報の扱いを単なる例外規定として放置するわけにはいきませんので、医学研究については別途「人を対象とする医学研究に関する倫理指針」1というものが設けられています。医学研究を行う場合にはこの指針に従わなければなりません。

 

この指針でも、基本的には個人情報を第三者提供する時には患者さんの同意が必要とされています。しかし、いくつかの条件を満たせば、患者同意の簡略化、すなわち

(3) 患者さんに通知をして、データ提供を拒否されなければデータを提供できる(オプトアウト)

という方法で情報収集ができます。

このオプトアウトという方法は、インターネットで買い物をした時などによく目にします。Webページの末尾に「今後広告メールを受け取る」という項目があり、積極的にチェックボックスからチェックを外さなければそれ以降広告メールが届く、という経験をされた方も多いと思いますが(3)の方法はそれに近いものです。(越智小枝)

(つづく)

越智 小枝(おち・さえ)1999年、東京医科歯科大学医学部卒。東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科。東京都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことで災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ。2013年11月より相馬中央病院勤務。2017年4月より相馬中央病院非常勤医を勤めつつ東京慈恵会医科大学に勤務。国際環境経済研究所(IEEI)http://ieei.or.jp/2011年設立。人類共通の課題である環境と経済の両立に同じ思いを持つ幅広い分野の人たちが集まり、インターネットやイベント、地域での学校教育活動などを通じて情報を発信することや、国内外の政策などへの意見集約や提言を行うほか、自治体への協力、ひいては途上国など海外への技術移転などにも寄与する。地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。