金鳥の夏、日本の夏♪蚊取り線香はいつからあった?蚊と人間の血をめぐる攻防

写真拡大 (全11枚)

蚊取り線香の歴史

“日本の工芸を元気にする!”をビジョンに掲げる奈良の老舗中川政七商店から、世界で初めて「蚊取り線香」を開発した「金鳥」とコラボしたふきんが発売されています。なぜ「蚊取り線香」が「ふきん」に?

金鳥の夏 日本の夏 ふきん - 中川政七商店

“金鳥の夏、日本の夏”と言えば蚊取り線香を連想する人は少なくないでしょう。ふと蚊取り線香の香りがすると、夏の到来を感じると思います。

「金鳥」は登録商標であり、正式な社名は大日本除虫菊株式会社です。創業者である上山英一郎氏が1885年(明治23年)にアメリカで植物輸入会社を営む人物から、殺虫効果のある除虫菊の種を譲り受けたことから始まります。

その後、上山氏は除虫菊の栽培に成功し、線香に除虫菊の殺虫成分を練り込むことを考案しました。そして1890年、ついに仏壇線香状の蚊取り線香が販売されました。しかしその形状により、1度の点火での燃焼時間が40分程度ということに改善の余地があるとし、形状を変更することが検討されていました。

やがて1902年に現在の形である、渦巻状の蚊取り線香が販売されました。渦巻きという形ゆえに蚊取り線香自体を長くすることができ、1度火を点ければ長時間殺虫効果を発揮することが出来るようになったのです。

この渦巻状の蚊取り線香は、夏になれば蚊に悩まされる日本全国に普及していったのは皆さんもご存知の通りです。

蚊取り線香以前、日本人の“蚊”対策とは

蚊取り線香が生まれる明治以前、日本人は長い間「蚊遣り火」というものを焚いていました。

蚊遣り火とは、よもぎや松・杉の青葉を火鉢にくべて焚き、その煙で蚊を燻しだすという方法です。

月岡芳年 風俗三十二相 けむたさう

湿気の多い日本の夏、今のように道が舗装されているわけでもない時代には、蚊が大量発生していたと思われます。燻しだすのですから相当煙を焚くことになります。蚊は確かに煩わしいものですが、この煙ではそれこそ“けむたそう”で、人間まで燻し出されてしまいそうです。

発想の転換・蚊帳の誕生

喜多川歌麿 「婦人泊まり客之図」

日本の家屋は昔からとても開放的な造りでした。窓というものもなく、外と家の区切りとしては壁以外には“障子”や“雨戸”といったものでした。“雨戸”はその名のごとく雨が家の中に降り込むのを防ぐ戸であり、寒さを感じない時期には開け放していました。外からの目隠しにすだれを下げたりするくらいで、夏に蚊の部屋への侵入を防ぐものがなかったのです。

そこで登場したのが「蚊帳」です。上掲の浮世絵で描かれているのは蚊帳を部屋に吊るしている様子です。蚊を燻しだすよりも、自分が網(蚊帳)の中に逃げ込んで、蚊から身を守りました。

蚊帳は日本書紀に初めてその存在の記載があることから、奈良時代ころから使用されていました。しかしそのころの蚊帳は絹で作られていたので、身分の高い人にのみ使用されるものでした。しかし蚊帳の素材が絹から麻や木綿に変わっていったことで、江戸時代には庶民にも浸透していきました。

香蝶楼豊国,一陽斎豊国(歌川国貞)「両国にわか夕立」

この絵では、右の女性は夕立の雨が降り込まないように雨戸を閉め、中央の女性は行燈や蚊遣り火をつけるために火打箱で火をおこし、左側の女性は蚊帳を吊ろうとしています。蚊帳の中に入れば雷よけになるとも信じられていたのです。このように蚊帳は庶民の生活に溶け込んでいきました。

昭和30年代頃に網戸が日本に定着するまでの長い間、蚊帳は日本人に愛用されてきました。筆者も幼い頃、夏休みに祖母の家に行くと夏の夜は蚊帳を吊ってもらいました。なんだか特別な空間のようでワクワクしたものです。ちなみに祖母の家にも網戸はあったのですが、習慣のようになっていたのかもしれません。

さて、冒頭でご紹介した「金鳥の夏 日本の夏 ふきん」ですが、金鳥のマークをよく見ていただくと右側に“蚊帳生地”と書いてあります。左側には“MOSQUITO CLOTH”とも。つまりこの「金鳥の夏 日本の夏 ふきん」は「蚊帳」の生地で作られた“ふきん”なのです。

中川政七商店は1716年に高級麻織物の卸問屋として創業し、現在は日本の工芸をベースにした生活雑貨を生み出しています。同社でロングセラーとして愛されるのが、蚊帳生地のふきん。生活様式の変化によって需要が減った奈良県の特産品である蚊帳生地をふきんに再生し、大ヒットしました。

蚊は刺されてかゆいというだけでなく、病原菌を媒介する害虫でもあります。“金鳥の夏日本の夏ふきん”は、長い時を経て、日本人を蚊から守ってきた「蚊取り線香」と「蚊帳」という文化のコラボレーションだったのです。

これからの蚊取り線香と蚊帳

地球温暖化が問題となっている現代、エコロジーの観点から蚊帳や蚊取り線香がまた見直されてくるのではないかと思います。完全な麻で織り上げた蚊帳は、内部の気化熱で温度が下がります。また最近電気を使った電気蚊取り器も増えていますが、CO2の削減のためなるべく電気を使わない、火をつける蚊取り線香を選択する人も増えてくるのではないでしょうか。ストローがプラスチックから“竹”や“紙”に変わっていく昨今、無いとは言い切れない話ではないと思います。

金鳥の夏 日本の夏 ふきん - 中川政七商店