北海道新幹線・新八雲駅建設予定地付近に立つ看板。後方には本物の牛の姿も=2019年5月(筆者撮影)

北海道新幹線は2031年春の全線開通を目指し、新函館北斗―札幌間約212kmの工事が進んでいる。その沿線の八雲町(やくもちょう)は2019年3月、「牧場の中にある駅」という異色の構想を公表して話題を呼んだ。


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同町に新設される新八雲駅の建設予定地は市街地から西へ約3km、文字通り「牧場の中」に位置している。周辺人口や駅の立地を考慮し、「開発」という言葉を構想からそぎ落とした格好だ。

全国各地で郊外に立地する新幹線駅が「駅前開発信仰」に翻弄され、多くは失望を誘ってきた。そんな中、八雲町の取り組みはどんな活路を切り開けるだろう。現地を訪ねてみた。

「牧歌的風景を売りに」

5月下旬、新函館北斗駅前でレンタカーを借り、快晴の国道5号を内浦湾(噴火湾)沿いに北へ向かった。八雲町は新函館北斗駅から60km余り、環状の噴火湾が最も西側に入り込んだ部分にある。海風とエゾハルゼミの声が車窓に心地よい。

八雲町新幹線推進室の阿部雄一室長、横木潤也主事に事前に名刺交換をお願いしたところ、「最も八雲らしい所で」と高台にある道立公園・噴火湾パノラマパークを待ち合わせ場所に指定された。

その名の通り、噴火湾を見下ろせる丘陵地に、ビジターセンターや果樹園、オートキャンプ場などがそろい、道央自動車道・八雲パーキングエリアにも隣接している。

草原や並木道はまさに北海道のイメージそのものだが、真っ青な太平洋との組み合わせが新鮮だ。園内のレストラン・ハーベスター八雲の名物は、大きなピザ窯と、そこで焼いたピザだという。

まちの概要を頭に入れた後、新八雲駅の建設予定地へ向かった。市街地まで5kmほど北上し、さらに西へ3kmほど走ると、一面に牧草地が広がっていた。ここでも、エゾハルゼミの大合唱が青い空と緑の草地を覆う。

「現状の牧歌的風景を売りにでき、八雲らしい、目玉となる玄関口を目指すことになりました。駅前で牛が放牧されている光景を楽しみ、農場レストランで地元食材を味わっていただくイメージです」と阿部室長が解説する。

道路脇の笹やぶに、新幹線を建設する鉄道・運輸機構が立てた「中心線表示杭」が隠れていた。

金属製で、積雪を考慮したのか、高さ1mほどもある。他地域の同様の木製杭より大きく「新青森起点202km900m」「東京起点877km800m」「新函館(仮称)まで54km」「札幌まで157km」と情報量も多い。


新八雲駅の建設予定地近くに立つ中心線表示杭。本州のものより大きく頑丈だ=2019年5月(筆者撮影)

この表示杭を除くと、新八雲駅の建設予定地であることを示すのは、道道42号沿いの牧場近くに立つ大きな看板だけだ。かわいらしい牛のイラストの向こうに、本物の牛が数頭、昼寝している。

「牧場の中にある駅」をうたった駅周辺整備基本計画は2019年3月にまとまったばかり。これから徐々に、駅や周辺施設の完成予想図などが掲示されるのだろうか。

整備新幹線の沿線で「駅前に何もない」と評される駅はいくつもある。それでも、在来線の駅や幹線道路、郊外型店舗などが近隣にある例がほとんどだ。ここまで人工物や都市機能と縁遠い駅は記憶にない。ただ、建設予定地に隣接して、新しい住宅が1軒建っていた。この家に住む人は、これから始まる建設工事を見守り、12年後の開業を見届けるのだろうか。

「牧場が近い」というロケーションは、青森県の東北新幹線・七戸十和田駅を思い起こさせる。牛と馬の違いはあるものの、近隣に北海道的な風景が広がる牧場や牧草地が散在し、町内ではサラブレッドの姿を見ることができる。札幌開業後は、これらの「牧場のある駅」を訪ねるツアーを組めるかもしれない。

全区間の8割はトンネル

北海道新幹線・新函館北斗―札幌間は、8割を占めるトンネルの掘削が先に進み、沿線で「工事現場」を目にできる場所はほとんどない。鉄道・運輸機構の資料によれば、2019年6月1日現在の掘削率は18.1%だ。


新八雲駅建設予定地から見た立岩トンネル入り口=2019年5月(筆者撮影)

中でも、新函館北斗―新八雲間54.1kmは、長さ32.7kmの渡島トンネルを筆頭に二股、磐石、祭礼、野田追とトンネルが続き、9割近くをトンネルが占める。新函館北斗駅を出た列車は、すぐに渡島トンネルに入り、ほとんど景観を眺めるいとまもなく、新八雲駅に到着。発車して間もなく、北側の立岩トンネルに入って札幌を目指す。

なお、地元紙によると、掘り出された残土のうち、重金属を含む「要対策土」の置き場が足りなくなり、確保が課題となっているという。トンネルの残土の行き場は、リニア中央新幹線の南アルプスの工事現場でも問題化している(2019年5月23日付記事「リニア開業『8年後』、長野・飯田の歓迎と戸惑い」参照)。

八雲町の住民は2019年5月現在、1万6422人で、人口1万人に満たない町が多い道南地方では函館市、北斗市、七飯町に次いで4番目だ。面積は道南18市町で最大という。

現在の八雲町は2005年、噴火湾に面した山越郡八雲町と、日本海側に面した爾志(にし)郡熊石町が新設合併して誕生した。このとき、郡名を「二海(ふたみ)郡」に改めた。


噴火湾パノラマパークから見渡した町中心部と噴火湾=2019年5月(筆者撮影)

町のキャッチフレーズは「日本で唯一、二つの海を持つ町」だ。木彫り熊やバター飴の「発祥の地」をうたう。さらに近年、「2030 北海道新幹線新八雲駅(仮称)開業」の文字がパンフレットに加わった。

町のホームページは、新幹線車両も加えたおしゃれなイラストをあしらい、人口規模や立地を考えるとあか抜けた印象だ。地域おこし協力隊のFacebookページや職員ブログを開設、多様な情報発信に力を注ぐ。

町の「ペコちゃん伝説」

八雲町は道南で最も酪農が盛んなまちだ。町役場によると2017年度の時点で、乳牛9997頭、肉牛2163頭、合わせて1万2000頭余りと、町民数に迫る牛が飼われている。

そして、「牧場の町」らしい、風変わりな“伝説”がある。お菓子などの製造・販売を手がける不二家(本社・東京)のイメージマスコット「ペコちゃん」のモデルは、八雲町内にあった「あすなろ牧場」の一人娘だったというのだ。


国道5号と噴火湾パノラマパークを結ぶシラカバの並木道=2019年5月(筆者撮影)

町観光協会のパンフレットは、2ページを割いて、この「ペコちゃん伝説」を紹介している。ちょうど「ペコちゃん」がデビューした1950年代、八雲町の農業は酪農へ大きくシフトし、他地域に先駆けて近代的な酪農が導入されていた。不二家の社員が視察に八雲町を訪れ、牧場の一人娘にイメージを得たのかもしれない――。言葉を選びながら、パンフレットは記す。

町役場が調べたが、「あすなろ牧場」の存在は確認できなかったという。それでも、八雲町内には不二家の店舗があり、ちょっとした縁を感じさせる。また、不二家の人気商品「ミルキー」には、八雲町の牛乳が使われており、いわば「ミルキーは八雲の味」なのだという。

新幹線をめぐっては、かつて、札幌医大の當瀬規嗣教授が、東洋経済オンラインに「『ドクター新幹線』」が人の命を救う日が来る」というテキストを寄稿された。この記事を思い出させる、医療をめぐる話題を、現地で耳にした。

八雲町には太平洋戦争末期、旧陸軍の飛行場が急きょ設置され、併せて病院も開設された。この飛行場はアメリカ軍の空襲に遭い、さらには進駐してきたアメリカ軍の指示で破壊されたが、病院はそのまま存続した。

やがて、国立療養所八雲病院、さらには独立行政法人・国立病院機構八雲病院と改編を経て、現在は「小児期発症の神経筋疾患専門マネジメントセンター」(同病院紹介)として機能している。筋ジストロフィー患者や重症心身障害児・者を、道内のみならず全国から受け入れ、奮闘してきた経緯を、読売新聞の医療記事サイト「ヨミドクター」の2016年記事が伝えている。

あと10年早ければ…?

だが、八雲病院は2020年8月、札幌と函館に機能が移転することになった。医療スタッフの確保や通院の便宜を考えれば、致し方ない展開のようだ。

もし、新函館北斗―札幌間の開業があと10年早ければ、別の展開もありえたのか……と、ふと思った。他の整備新幹線沿線では、新幹線開業が医師の確保に貢献している。さらに、医療スタッフ確保や医療資源の活用、患者の通院にも新幹線は大きな役割を果たしうる。とはいえ、時計の針は戻らない。


北海道新幹線の略図(国土地理院地図を筆者が加工)

新八雲駅の建設予定地や周辺の地図、さらには「牧場の中にある駅」というキャッチフレーズを眺めていると、「そもそも新幹線とは」という問いが今さらのように浮かんでくる。


新函館北斗駅を出発、札幌駅へ向かうスーパー北斗11号。左手奥は北海道新幹線渡島トンネル入り口=2019年5月(筆者撮影)

北海道新幹線など整備新幹線は、「需要喚起型」を掲げ、経済などの地域間格差の是正や沿線の「開発」の促進を想定して構想が進んできた。しかし、これらが思うような進展を見せないまま、日本は本格的な人口減少社会に突入した。

青森県や道南地方など、特に人口の少ない地域については「なぜ、こんなところに駅を造ったのか」「そもそも、このような新幹線は必要だったのか」という異論も根強い。一方で、特に整備新幹線の沿線では、「新幹線の駅前には商業機能や駅ビル、繁栄があるべきだ」という願望などがある。

新幹線構想の「置き場所」

これらは、新幹線構想が、人口や産業の拠点が密な地域を通る東海道・山陽新幹線を端緒としていることが大きな理由になっているように感じる。


新八雲駅の建設予定地。町中心部から約3km離れている=2019年5月(筆者撮影)

東海道・山陽を「標準」とすれば、他のほとんどの新幹線は、必要性が乏しいと結論づけられかねない。しかし、その東海道・山陽新幹線でさえ、「のぞみ」が停車しない狭間の駅は、さまざまな閉塞感に悩む。

このように見渡すと、日本社会全体として、新幹線構想の置き場所がわからなくなっているような印象も受ける。

少なくとも、人口密度や立地を考えると、21世紀半ばに開業する新幹線とその停車駅周辺には、これまでとは大きく異なった発想や原理が求められることは間違いない。北海道新幹線の全線開通時、はたして「牧場の中にある駅」はどんな真価を発揮するのだろうか。