東京・神保町の名店「TAMTAM」の「進化系」ホットケーキ(撮影:今祥雄)

ホットケーキという食べ物は、地味でありふれていて、手間暇がかかるのに値段が安い。商売として考えれば、あまり魅力的には思えないが、実はホットケーキにはビジネスのヒントが詰まっている――。

『現場力を鍛える』『見える化』など数多くの著作があり、経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた遠藤功氏は、「一見ありふれていると思われているホットケーキだからこそ、ビジネスとして成功するチャンスがある」という。

このたび『「ホットケーキの神さまたち」に学ぶビジネスで成功する10のヒント』を上梓した遠藤氏に、今まで出会ったホットケーキの繁盛店の取り組みを参考に、ビジネスで成功するためのヒントを解説してもらう。

今までのイメージを覆すような名店のホットケーキ

経営コンサルタントとして100社を超える経営に関与してきた私がホットケーキの本を書いたところ、実にさまざまな感想をいただきました。


酒好きの私がスイーツ、しかもホットケーキなのですから「まさか遠藤さんが!」「意外すぎる!」というような感想が続出しました。多くの人が普段の私の言動とは結び付かなかったのでしょう。

まったくつながりがなさそうに見えますが、実はホットケーキには「ビジネスのヒント」が詰まっています

なぜなら、「競争戦略」「現場力」「マーケティング」「経営理念」などの本質が、ホットケーキの繁盛店を分析することで、ビジネススクールで学ぶよりも、わかりやすくエッセンスが理解できることに気づいたからです。

そんな中、実際に訪ね歩いたホットケーキの名店の中には「こんなホットケーキ、見たことない!」という言葉が思わず出てしまうお店もありました。見た目、味、食感など、今までの一般的なイメージを覆すようなホットケーキなのです。

中年男も感動!「王道系ホットケーキ」厳選3名店」で紹介した、昔ながらのクラシカルで安心感や安定感がある「王道系」とはまったく異なる、斬新でモダンな「唯一無二のホットケーキ」、いわゆる「進化系ホットケーキ」です。

この本では私が実際に訪ね歩いた31のホットケーキの名店を紹介しています。どのお店も、どのホットケーキも、実に個性的で、独自の魅力にあふれています

本記事では、一般的なホットケーキのイメージを覆すモダンな姿形・味に挑戦している「進化系ホットケーキ」の名店を3店舗紹介します。

まず1つ目は、神田神保町にある「TAMTAM」というお店です。

「遊び心」から新しい価値が生まれる

【1】石釜で焼くのはここだけ「TAMTAM」

最大の売りは「石釜」。当初はトーストを焼くために導入したのですが、店主である田村信之さんの「石釜でホットケーキを焼いたらどうなるんだろう?」という遊び心からとんでもない奇跡のホットケーキが誕生したのです。

見た目は焼きたてのパンのようです。カリっとした表面にナイフを入れると、蒸気がふわりと上がり、黄金色をしたスポンジが現れます。

添えてあるのは、バターと生クリームとメープルシロップ。生地にはバニラアイスクリームとリコッタチーズが加えられています。これまでに食べたことのない食感と味覚。陶然とするおいしさです。


神保町の名店「TAMTAM」のホットケーキ(撮影:今祥雄)

初めて食べたとき、私は「これはホットケーキのイノベーションだ!」と感動したことを今でも覚えています。一見ありふれていると思われているホットケーキでも、研究を重ね、創意工夫することによってまったく新しい価値をつくり出すことができるのだということを私たちに教えてくれています。

【2】芸術的なフォルム「みじんこ」

2つ目のお店は、湯島の「みじんこ」。最寄駅からもけっこう歩くし、人通りもあまり多いとはいえない場所にありますが、いつも混んでいます。


湯島の名店「みじんこ」のホットケーキ(撮影:今祥雄)

ここの名物がホットケーキ。最大の特徴は、その見た目。初めて見る人はその美しい芸術的なフォルムに驚くことでしょう。

厚さ3センチのものが2枚。ケーキの丸型とオーブンシートを使い、完全な円形と縁の直角にこだわった美しさにうっとりしてしまいます。

もちろんこのホットケーキの価値は見た目だけではありません。その味もほかに類のない絶品です。

半分に切ると、バターがにじみ出し、ふわっと甘い香りの湯気が立ちます。

おかわりできる自家製メープルシロップをたっぷりかけ、生地に染み込ませて食べると思わず笑みがこぼれます。洗練された新感覚のホットケーキです。

最後に紹介するのは、大山にある「ピノキオ」というお店です。

【3】全世界を魅了する造形美「ピノキオ」

「ピノキオ」といえば、ホットケーキ好きの間では言わずと知れた「聖地」です。なぜそこが「進化系」ホットケーキの「一押し」なのかと思う方もいるかもしれません。

しかし、ホットケーキという食べものの姿形にこだわり、造形美を追求するという今の流れをつくったのは、間違いなく「ピノキオ」の店主である塩谷三夫さんです。まさに「進化系」の元祖なのです。

「ピノキオ」のホットケーキは、とにかく「美しい」。そのフォルム、厚さ、焼き色、この造形美はほかのお店ではお目にかかれない逸品です。


大山の名店「ピノキオ」のホットケーキ(撮影:今祥雄)

その造形美に魅了されるのは、日本人だけではありません。世界中から「ピノキオ」のホットケーキを求めて、「大山詣で」が続いているのです。その国籍はアメリカ、中国といったメジャーな国だけでなく、エストニア、北アイルランド、ポルトガル、タヒチと実にさまざま。

塩谷さんがこだわるのは、丸くて厚いホットケーキ。しかも、型枠(セルクル)を使わずに、手作業で「完全なる円形」をつくり出します。だから、単に美しいだけでなく、どこかあったかいのです。

並んで待つ価値が十分にある「進化系ホットケーキ」

紹介した「進化系ホットケーキ」のお店はどこも大人気です。いつもお店の前には行列ができているので、時間帯によっては待つこと覚悟で行く必要があるかもしれません。でも、並ぶ価値は十分にあります

ある大企業の社長は、どうしても「TAMTAM」のホットケーキが食べたくて、1時間並んで食べたそうです。そして、「確かにあれはイノベーションだね。あの創意工夫は見習わなくては」と私に教えてくれました。

単においしいホットケーキを味わうだけでなく、「どうしてこんなホットケーキが生まれたんだろう?」「どうしてこんなに繁盛しているんだろう?」と考えることも、生きたビジネスの勉強になるはずです。

昔ながらの懐かしい味がしぶとく残る一方で、時代にマッチした新しいホットケーキも誕生しています。その中には、ホットケーキという「素晴らしい食べ物」を残そうと前向きに取り組んでいる若い世代の人たちもいます。

「ホットケーキなんてどれも同じだろう」と思われている方、ぜひ紹介した「進化系」のお店を訪ねてみてください。