(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

 日本の高齢者たちはなぜ団結して、主張しないのか。米国での高齢者の団体の強力な活動ぶり、発言ぶりをみていると、あまりの相違に訝(いぶか)ってしまう。

「日本の高齢者よ、団結せよ! そして主張せよ!」

 おこがましながら、ついこんな励ましの檄まで発したくなる。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

自分たちでは論じない「高齢者はこうあるべき」

 日本の「世代間不公平」が生まれるのは、票田である高齢者に政治家がおもねっていることに一因があると言われる。しかし、では日本では高齢者の主張、要望がすべて通るのか、日本は高齢者にとって本当に住みやすい社会なのか、というと決してそんなことはない。

 たとえば最近の日本では65歳以上の国民男女の生き方、あり方が活発に論じられる。だが、高齢者はこう生きるべきだ、こう年金を受けるべきだ、こう自動車の運転を考えるべきだ、というような論議はほぼすべて年下の世代に主導される。官でも民でも、高齢者とされる世代に対して、若い世代が一方的に、ときには独善的に、こうすべきだ、ああすべきだ、という主張を展開するのだ。

 この展開はまったくの一方通行にみえる。若い世代が年上の世代に指示や主張をぶつけるだけで、当事者である高齢者側からは意見も反論も出ない。話し合うこともなく、高齢者側はただ黙ってうつむくだけのように見えてならない。

年齢を感じさせないマハティール、トランプ

 一方、日本社会での最近の高齢者が占める人口領域は異様なほど増えてきた。最新の統計ではなにしろ総人口に65歳以上が占める割合は28.1%である。日本国民の4人に1人以上が高齢者なのだ。

 だが、いざ高齢者はこうあるべきだという議論となると、当事者の高齢者たちはまるで“沈黙の羊”である。自分たちの生き方が問われているのに、立場や思考をまとまって表明することがない。

 雇用や退職から年金、医療、自動車運転まで、高齢者には一般の日本国民とは異なる一律の規定や圧力が課される。善意の福祉が前提だとしても、65歳以上の層全体が残りの日本国民より劣るのだと決めつけるような暗黙の空気が背景に広がっている。

 もちろん人間は老い、衰える。だから一定の年齢を重ねた人間が仕事や生活において機能を低下させ、第一線から後退していくことはやむを得ない面がある。だが一方で日本の約3500万人の高齢層には、現役中の現役として各界で主導の役割を果たす人が多数存在する。年齢とともに経験や技能や洞察が増し、社会への現役的貢献を高めている人も少なくない。

 国際的にもこの傾向は顕著である。周知のように、国内外で精力的に活動しているマレーシアのマハティール首相はこの7月10日でなんと満94歳になる。まあ、マハティール氏が例外中の例外だとしても。米国のトランプ大統領は73歳である。立派な高齢者、しかも人生の終わり宣言のようにも響く日本の「後期高齢者」というカテゴリーに近いわけだ。だがトランプ大統領ほどいまの世界で“現役中の現役”の人物は少ないだろう。文字どおり連日連夜、世界を揺るがす活力と行動力を示している。

 このように単に年齢だけで人間を実社会から排してしまうことは明らかに現実性に欠けているのである。しかし日本の高齢者たちは、高齢の立場からまず発言しない。仕事を引退した高齢者の実情や利害を主張することはほとんどないのだ。

 まして、平均的な高齢者がまとまって自分たちの主張を社会や行政に明確にぶつけることは皆無といえよう。選挙には足を運んでも、自分たちの運命を左右する国の政策に対して積極的に要求を表明することはない。

精力的に活動する米国の高齢者団体

 この点、米国は対照的である。

 米国の高齢者たちは全国規模できわめて強力に団結した組織を作ってきた。そして常に組織として発言し、社会一般や政府機構に要求を突きつける。連邦の政府や議会も重視せざるをえない強大な政治パワーとなっているのだ。

 全米規模での高齢者共闘組織としては8団体ほどがある。中でも最大で最強なのは「アメリカ退職者協会」(AARP)である。高齢者の福祉や権利を守ることを目的とする同協会の入会資格は50歳以上。現会員は3700万人ほどで、60代、70代が最も多いという。

 AARPの運営は年間1人20ドル弱の個人会費に加え、保険や観光、投資など独自の事業による毎年10億ドル以上の収入に頼っている。首都ワシントンの中心部に堂々たる高層ビルの本部を構える。その傘下に各州の支所があり、合計5000人もの職員が働く。

 その活動で顕著なのは、高齢者の生活を左右する法律や政策の内容を自分たちに有利にするために展開する議会や政府への影響力行使、つまりロビイングである。膨大な数の有権者の票を動かせるAARPは、議員や首長にとって恐るべき相手となる。だから全米でも最強のロビー団体の1つに数えられるAARPの総代表には大統領も1対1で面会する。

 2018年のAARPのロビー活動経費は800万ドルを超えた。2019年は連邦議会での「高齢労働者の年齢差別に対する保護法案」の成立に全力を挙げている。その活動の推移は全会員に会報とインターネットで細かく報告される。そして会員たちからの意見が同様に細かく集められ、AARP全体としての意見へと集約される。

 AARPのこうした精力的な政治活動の源となっているのは、日ごろの高齢者の緊密な連帯である。AARPの毎月2回発行の機関紙やダイレクトメール、そしてインターネットによる相互の連絡は会員の高齢者たちにふんだんの情報やサービスを提供し、逆に会員たちからの意見や要求は細かく吸い上げる。その集約が、国家や地方自治体が実施する政策のうち高齢者への影響が大きい部分への具体的な意見として突きつけられる。その意見の行政や立法の機関へのアピールがロビー活動である。

 一方、AARP独自の会員のための保険や旅行のサービス提供、講習会の開催なども活発に行われている。日本で重大な社会問題となった高齢者の自動車運転についても、AARPは30年以上も前から独自の対応策を開始し、講習会を頻繁に開いてきた。

 米国のこの種の高齢者団体はAARPだけではない。「シニア連合」(TSC)(会員数約500万)、「アメリカ成熟市民協会」(AMAC)(会員数約200万)など全米規模で組織され、活動する高齢者組織は少なくとも他に7つを数える。ちなみに政治傾向としてはAARPがリベラル傾斜とされるのに対して、TSCやAMACは保守色が濃いとみなされる。

 米国の高齢者はこのように団結して、発言し、主張し、積極果敢に政府や社会を動かしている。日本の高齢者に同様の活動ができないはずはないだろう。たとえば、一案として「日本シニア国民連合」などという名称の、60歳以上ぐらいからの団体を旗上げしてみてはどうだろうか。

筆者:古森 義久