2015年撮影のトム・ヨーク(Photo by Dave J Hogan/Getty Images)

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通算3作目となるソロ最新作『ANIMA』を先日発表し(日本盤CDは7月17日リリース)、フジロック19への出演も決定しているトム・ヨーク。彼が5年前に発表した前作『Tomorrows Modern Boxes』の日本盤リイシューを記念し、ローリングストーンUS版に当時掲載された全曲解説をここにお届けする。

2007年に『イン・レインボウズ』を何の前触れもなく発表し、ファンに値段を決めさせるという前代未聞のやり方で業界を震撼させたレディオヘッド。そこから7年後の9月26日、バンドのフロントマンであるトム・ヨークは、『Tomorrows Modern Boxes』をP2Pソフトで知られるBitTorrent社の配信サービス「BitTorrent Bundle」を通じて突如配信リリースし、音楽業界に再び一石を投じてみせた。この試みについて、本作のプレスリリース(トムとナイジェル・ゴッドリッチの連名によるもの)ではこんなふうに説明されていた。

「これはBitTorrentのメカニズムが一般人に理解できるのかどうかを試す実験だ。もしこれがうまくいったら、BitTorrentはインターネット上でのある種の商売の主導権をクリエイターが取り戻すための効果的な手段にもなりうる。音楽、映像、その他どんな種類のデジタルコンテンツでも、そのクリエイター自身の手で販売することを可能にするんだ」

当時のトムはストリーミング・サービスに対し、”音楽家にとって不利”だとして反対の立場を取っていた。『Tomorrows〜』のリリース形式はそんな彼なりの問題提起でもあったわけだが、2019年の今では皮肉なことに、このアルバムもApple MusicやSpotifyのカタログ入りしている。ただ裏を返せば、あれから5年もの年月が経過したことで、過渡期の産物という扱いから解き放たれ、内省的なムードが際立つ本作の”中身”について以前よりも語りやすくなったはずだ。

トムは2006年に最初のソロアルバム『The Eraser』を発表したあと、同作をライブ再現するためにアトムス・フォー・ピースを結成し、2013年にアルバム『AMOK』をリリースしている。その過程でエレクトロニック・ミュージックのスキルを磨きつつ、フィジカルな再現にもこだわってきた彼は、『Tomorrows〜』の発表後、2015年のサマーソニック「Hostess Club All-nighter」にソロとして出演した際、DJセットと掲げながらギター演奏やダンスなど肉体性も伴うパフォーマンスを展開していた。その時期のライブで培った経験値は、映画『サスペリア』のサウンドトラックを挟み、満場一致の最高傑作となったニューアルバム『ANIMA』にも大いに反映されているという。

2015年のライブ映像

ネタバレを防ぐため詳細は省くが、最近のライブでも『Tomorrows〜』の楽曲はいくつもプレイされているようだ。まもなくフジロックに登場するトムのステージを予習するうえでも、本作は『ANIMA』と並んで欠かせないアルバムだと言えるだろう。ちなみに今回のリイシューでは、発売当初のオリジナル・パッケージの復刻に加えて、ボーナストラックとして初CD化音源「YouWouldntLikeMeWhenImAngry」が追加収録されている。

ここから『Tomorrows〜』リリース直後に公開された、ローリングストーンUS版のDANIEL KREPS氏による全曲解説を通じて、本作の音楽的真価を振り返ってみたい。

1.「A Brain in a Bottle」
ヘッドホンから流れる第一音が鼓膜を刺激した瞬間、本作がレディオヘッドの作品よりも、トムのソロ作とアトムス・フォー・ピースの作品に近い内容であることがはっきりする。以降40分間、アコースティックギターは一切登場せず、トムのヴォーカルとラップトップから放たれるサウンドが空間を支配する。BitTorentを介して突如発表されたトムの新作には、『ジ・イレイザー』や『ザ・キング・オブ・リムス』、そしてアトムス・フォー・ピースの作品に至るまで、彼が過去10年間で追求してきたサウンドが反映されている一方で、新鮮なトリックの数々や秀逸な楽曲群は、レディオヘッドの次作を心待ちにしているファンを興奮させることだろう(編注:レディオヘッドは2016年に現時点での最新作『ア・ムーン・シェイプト・プール』を発表している)。

「A Brain in a Bottle」の冒頭から1分45秒の時点で登場する、レーザーガンの如く激しく交錯する電子音は、『Amok』の最後から2曲目に配されたドラマチックな「Reverse Running」を彷彿とさせる。50年代のSF映画のようなパラノイア感は楽曲のタイトルにも表れており、まるでマッド・サイエンティストの手によってフランケンシュタインと化したトムが、奇妙なサウンドエフェクトの数々でダブの交響曲を奏でているかのようだ。

2.「Guess Again!」
PolyFaunaアプリを先月アップデートした人はみな、歪んだビートと『ザ・キング・オブ・リムス』に収録された「Codex」を思わせる不可思議でメランコリックなピアノがリードする、この計算され尽くしたトラックに聞き覚えがあるだろう(実は本作に収録されている全楽曲が、部分的にPolyFaunaアプリで使用されている)。アプリで使われていたバージョンにおけるアブストラクトなエコーをトムのファルセットに置き換えた「Guess Again!」では、トムのボーカルとレディオヘッド譲りの荒涼とした世界観を描いた歌詞が登場する。「野犬たちの遠吠えが聞こえる カーテンのすぐ後ろから」片方の目で背後に迫る危険を察知するかのように、トムはそう歌い上げる。「迫り来るその生物たち 僕は子供たちを抱きかかえる / 僕は戦い続ける 死ぬことが許されない暗闇の中で」トムが「推測し直せ!」と嘲るように歌う直前にわずかに登場するストリングスは、本作において最もオーガニックな瞬間のひとつだ。

 
3.「Interference」
本作において最もメロウなトラック。「僕たちは互いの目を見つめ合う まるでジャッカルやオオガラスのように / 大地が大きく口を開け 瞬時に僕たちを飲み込んでしまうかもしれない」瞑想にふけるような『ジ・イレイザー』の曲を思わせる本トラックで、トムは肩を震わせながら優しく囁きかけてみせる。トムのソロ作の中でも屈指の「Guess Again!」と「The Mother Lode」に挟まれたこの曲は、アルバムにおいて小休止の役割を果たしている。

4.「The Mother Lode」
『Tomorrows〜』の前半におけるハイライトとなる6分超のこの曲は、『Amok』のせわしない「Stuck Together Pieces」と、トムのソロ初期のメロウなシングル「The Hollow Earth」、そして『ザ・キング・オブ・リムス』の冒頭を飾る「Bloom」の中間をいくようなトラックだ。冒頭から3分の時点で登場するピクセル化したかのようなストリングスの波は、7年前の『イン・レンボウズ』以降トムが生み出してきたハーモニーの中でも有数の美しさを誇る。21世紀の幕開けとともに放たれた『キッドA』以降続くトム流のエレクトロニクスをふんだんに用いながらも、「The Mother Lorde」にはギターの欠落を補って余る魅力がある。

5.「Truth Ray」
奇形の空襲警報のようなサウンドで幕を開け、揺らぐシンセと(現在のトムの基準からすれば)シンプルなビートがリードするこの控えめなトラックは、トムの唯一無二の歌声の魅力を最大限に引き出している。また「放すな 放すんじゃない」「何てことだ / 俺の人生は罪に満ちている」というパラノイアじみたヴォーカルとは対照的に、この曲はトムのソロ作の中でも最もアップリフティングなもののひとつとなっている。しかし「Truth Ray」における真の功労者は、レディオヘッドの長年に渡るパートナーであるナイジェル・ゴッドリッチだ。ウォームなリバーブ、氷のように冷たいベル等、シンプルでありながら息を呑むような華やかさを添えてみせるその手腕は、ベックの最新作『ジ・インフォメーション』でも発揮されていた。トムによるマシンビートに、彼は命を吹き込んでみせる。

6.「There Is No Ice (for My Drink)」
ファンの間ではトムによるこの新作を、『Amok』のセッションにおけるボツ曲集、あるいはレディオヘッドとしてスタジオ入りする前にトムが必要としたIDM志向の捌け口と捉える向きもあるようだが、本作はスタンスとサウンドの両面において、むしろ2006年発表の彼のソロ作『ジ・イレイザー』に近い。ここに収録された楽曲群の大半は単なる使い捨てでもなければ、『Amok』に収録されなかったシングル曲を求めるファンを囲おうとするものでもないと感じる。しかし、レディオヘッドに関するものの中でもお粗末な部類に入るであろう(最悪のタイトルであることは疑いない)この曲は例外だ。

「There Is No Ice」はトムによる一連のエレクトロニックもののカリカチュアと捉えられるだろうが、秀作リミックス集『TKOL RMX 1234567』にもフィットしたであろう7分に及ぶこの冗長なトラックは、あの「パラノイド・アンドロイド」以降トムが手がけた中で最も超尺の曲となっている。だが『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のB面曲「Where Bluebirds Fly」「I am Citizen Insane」や、『ジ・イレイザー』への収録が見送られた「Iluvya」「A Rats Nest」のファンは、トムの実験精神が全開のこの曲を歓迎するかもしれない。

7.「Pink Section」
PolyFaunaアプリでも聴くことができたこのドリーミーなアンビエントトラックは、「Treefingers」「Hunting Bears」「Feral」等、レディオヘッド作品におけるインスト曲と同じ役割を果たしている。『ザ・キング・オブ・リムス』でも使われていた子供たちのおしゃべりのようなサウンドや、古いテープから流れるような荒涼としたピアノのストロークは、やり過ぎな感が否めない「There Is No Ice (for My Drink)」と、アルバムのハイライトである最終曲をスムーズに繋いでみせる。

8.「Nose Grows Some」
『Tomorrows〜』が、エイフェックス・ツインの13年ぶりの新作『サイロ』と同じ週に発表されたことには、どこか皮肉めいたものを感じる。『OKコンピューター』以降のレディオヘッドの方向性に絶大な影響を与えたリチャード・D・ジェイムスの大ファンであることを、トムは幾度となく公言している。「エイフェックス(・ツイン)は俺みたいにくだらないエレキギターを使うことなく、まったく新しい地平を切り拓いてみせた。まるで自分たちだけの惑星に生きているかのような彼とそのクルーに、俺は心底嫉妬してるんだ」トムはDazed & Confused誌のインタビューでそう語っている。彼がいう「そのクルー」に最接近した「Nose Grows Some」は、レディオヘッドのシグネチャーサウンドとエイフェックス・ツインの前衛的なエレクトロニクスを融合させてみせる。まるでエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92」のメロウなトラックに、トムがヴォーカルを載せたかのようだ。

「ストリート・スピリット」「ザ・ツーリスト」「Separator」まで、レディオヘッドのアルバムにおける最終曲がリスナーの期待を裏切ったことは一度もないが、今作においてもそれは同様だ。何より重要なのは「Nose Grows Some」が、完成間近と噂されるレディオヘッドの9枚目のアルバムへの期待を大いに膨らませてくれるということだ。

〈リリース情報〉


『Tomorrows Modern Boxes』
発売中
ボーナストラックとして初CD化音源を1曲収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10284


『ANIMA』
7月17日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10341

〈ライブ情報〉


FUJI ROCK FESTIVAL19
期間:2019年7月26日(金)27日(土)28日(日)
※トム・ヨークは7月26日に出演
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場

オフィシャルサイト:
http://www.fujirockfestival.com