6月に開示されたキーエンスの有価証券報告書によれば、2018年度の平均年間給与は2110万円だった(編集部撮影)

「思った以上に伸びなかったですよ」――。昨年度の年収を教えてくれた20代のキーエンス社員はそうつぶやいた。

平均年齢35.8歳、平均年間給与2110万円。6月に開示されたキーエンスの有価証券報告書(2019年3月期)に記載された年収は、相変わらずほかの企業で見られない高い水準だった。


キーエンスが手がけるのはFA(ファクトリーオートメーション)にかかわるセンサーや画像処理システムである。FAとは工場の生産工程を自動化するために導入するシステムのことで、工場の自動化需要が旺盛なこともあり同社の業績は好調だ。

経済産業省の企業活動基本調査によれば、製造業の売上高に対する営業利益率は5.5%(2017年度実績)。それに対し、キーエンスの2019年3月期(2018年度)の決算は売上高5870億円、営業利益3178億円で、営業利益率54%と圧倒的な高さを誇る。

「ブラックだとは思わない」という声

高収益の秘密は、工場を持たないファブレス経営や製品の研究開発力、合理性の塊のような直販営業や社風にある。一方で、インターネット上や一部報道では「20代で1000万円超え、30代で家が建ち、40代で墓が建つ」「GPS(全地球測位システム)を駆使した社員の監視」など、ブラック企業であるとの風評も出ている。

ただキーエンスの社員やOBに聞いてみると、「そんなに悪い企業ではない」「ブラックだと思わない」という声が返ってくる。

社員やOBによれば、一般的な営業社員の1日は午前8時10分から始まる各営業所の朝礼からスタートする。その後、8時30分から営業に出向き、夕方まで外回りを続ける。営業所に戻ってから翌日以降の準備や営業計画の発表や議論を行う。

「やるべきことは多く、時間が足りないとよく思う」(関東地方配属の20代社員)と業務量は少なくない。だが、オフィスの照明やPCの電源が切られるため、残業はどんなに遅くても午後9時30分まで。OBによれば業務で使用する携帯電話は持ち帰れず、家で仕事をすることはないという。「時間内で業務を終わらせられるよう生産性を上げることが何よりも重要。1時間当たり、どれぐらいの付加価値を出せるかが求められる」(30代の元社員)。

午前8時には出社し、午後9時半に帰宅するということは、1日の勤務時間が13時間以上となる。激務のように感じるが、複数の現役社員は「土日や連休にしっかり休めるから苦ではない」と語る。


キーエンスOBから入手した2013年度の営業カレンダー(記者撮影)

実際に営業カレンダーをみると年に2回程度の土曜日出社が求められるが、それ以外の土日祝日は休みで、ゴールデンウィーク中や8月、年末年始には10連休程度の休みがある。「外部が思っている以上に意外とホワイトですよ」(中部地方配属の20代の社員)。

「最近は働き方改革の流れもあるのか、(上司から)有休取得を勧められることもある」(前出の関東地方配属の20代社員)。残業も必ず午後9時半までやるわけではなく、「早く終われば午後7時くらいに帰っても何か言われるということもない」(30代の現役社員)。あるOBは「社外の人と話していると高い年収をもらっているのだから、ブラック企業なのだろうと固定観念を持つ人が多い」と勝手なイメージが先行しているとの感想を話す。

GPSを使って労務管理?

世間でブラック企業と噂されるもう1つの理由が、労務管理が厳しいのではないかという見方だ。ネット上ではキーエンスの営業車が高速道路を猛スピードで走る動画が拡散され、競合他社からは「FA業界の宅配業者」と製品を速達する運び屋と揶揄する声も出る。一部報道では営業車にGPSが搭載され、10分単位で時間を監視されているとの話が伝わる。

ある現役社員は「年に数回行われる内部監査で、会社に提出していた営業時間と実際の時間にズレがあったとの指摘を受け、(営業車に)GPSがついていると思った」と話す。

一方、キーエンスの経営情報室長の木村圭一取締役は「カーナビのシステムにGPSはあるが、労務管理のためにGPSを営業車につけたり、利用しているというのはまったくのデマ」と主張する。


キーエンスは各社員の担当や業務が細分化されており、それぞれの業務に関係しない社内情報を知る機会は少ない。そのため「社内でも労務管理が具体的にどのように行われているのかわからなくて、噂が一人歩きしているのだろう」(キーエンスの営業所幹部)との声もある。木村氏も「GPSは使用していないことを社内でも周知させたい」と答えた。

3年後離職率は2.4%と低い水準

ただ、あるOBは「ETCの通過時間の記録は労務管理で利用されていた」と指摘する。ETCは経費の精算にもかかわるため、内部監査でもチェックされて予定ルートと異なる場合や走行時間に異変があれば指摘が入ったという。またキーエンス製品を利用する工場の関係者は「キーエンスから弊社を担当している営業社員がちゃんと営業に来ていたかの確認の電話を受けたことがある」と明かす。

そもそもブラック企業の根拠の1つともなっている平均年齢35.8歳、平均勤続年数の12.1年は本当に短いと言えるのか。木村氏は「近年、新卒採用の規模を拡大しており、若手社員が増えていることが平均勤続年数の短さの原因だ」と話す。

有価証券報告書に記載される子会社を除いた2019年3月時点のキーエンス単体の従業員数は2388人。同社には2019年に新卒社員として約250人が入社しているため、約1割が新人という計算となる。また、『就職四季報2019年版』(小社刊)によれば、同社の3年後離職率は2.4%と低い水準だ。

2010年代前半に退社したOBは「退社した時期にようやく定年退職を迎える人が増え始めた」と語るなど、設立からまだ40年強しか立っていない比較的若い会社であることも勤続年数が短いことに影響しているとみる。

キーエンスの前身であるリード電機が設立されたのは1974年。1973年に設立された日本電産は、平均年齢39歳で平均勤続年数も9.4年となっている。国税庁が公表している「平成29年分 民間給与実態統計調査」によれば、民間の平均勤続年数は12.1年。キーエンスは平均程度で決して短くない。

起業者数が多いということについても、「300人くらいが集まったOB会に出席したときに、起業した人は指で数える程度しかいなかった」(50代OB)。業務の合理性を追求する社員が育つため、転職市場でキーエンス社員は人気の的ではある。そのため、転職する人が少なくないのはたしかだが、「他社と比べて極端に多いとは思わない」(30代OB)との見方もある。

平均年収の高さや断片的な情報からブラック企業というイメージが先行し、実態が誤解されているところも多い。業務の合理化が徹底されたキーエンスは、「高年収=激務」という印象が必ずしも一致しない企業の1つと言える。