体を動かさないことによる筋力の低下は、若年・中年層も無視できなくなっています(写真:xiangtao/PIXTA)

運動不足」と聞くと、真っ先に思い浮かべるキーワードは「肥満」という人は多いのではないだろうか。確かに肥満は生活習慣病を呼び健康を害する一因ではあるが、運動不足が起こすトラブルはそれだけではない。

体を動かさなければ、筋肉は痩せ細り関節の動きも悪くなっていく。これが痛みや不具合を呼んで体を動かす気力を奪い、さらなる体の衰えを招くという負のスパイラルを形成するのだ。関節の動きが悪くなることのデメリットと対策について『体幹ほぐして関節元気に くるのびダンスエクササイズ DVDつき』に掲載されている内容を、一部抜粋し再構成のうえ紹介する。

転倒による骨折で「寝たきり」になることも

経済的に豊かになるにつれ日本人の食生活は改善され、その間に医療も目覚ましい進歩を遂げました。こうして日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳(厚生労働省「平成29年簡易生命表」)となり、1950年代と比べると21〜24年も延びています。

栄養不足や病気などで若くして亡くなる方が減ったことは、医療に携わる人間として非常に喜ばしいのですが、かつてに比べ四半世紀も長く、肉体という「器」が使われ続けるようになった点を見逃すことはできません。

例えば目は、80代の大部分の人は視界がかすむ白内障になります。下肢の筋力は25歳をピークに落ち続け、50代に入るとピーク時より20%以上落ちるという調査もあります。

こうした体の衰えが、高齢者の自宅での骨折を増加させる一因となっています。30〜40代くらいの方は「自宅で骨折?」などと思われるかもしれませんが、親御さんの世代にとっては決して珍しいことではありません。

高齢になると骨がもろくなることもあり、屋内のわずかな段差で軽くつまずいただけで、腰や太ももの丈夫な骨が簡単に折れてしまうのです。転倒が原因で要介護状態、いわゆる「寝たきり」になる方が増えていることを考えると、自宅での骨折の危険性をご理解いただけるのではないでしょうか。

自分のことを自分でこなし楽しく生活し続けるには、体を動かす習慣が不可欠です。関節も筋肉も骨も、適度に刺激しないと日常生活すら過酷なものになりかねません。もちろん日々の刺激が足りないと体は弱っていくため簡単に病気や怪我をし、高齢者であればそのまま要介護状態になることもあります。

このような衰えは高齢者に限った話ではなく、若い世代の方も適度に体を刺激しないと、若くして老化したかのような状態に陥りかねないのです。

運動習慣があるかどうかが人生を左右する

運動習慣をいかにつけていただくかは、予防医学における最大の課題です。しかし、どうお伝えしても実践いただくのは本当に難しいと痛感しています。最近は当院の入院患者さんでも、入院中は懸命に体を動かしていたのに退院したらパッタリ運動をしなくなった、というケースをよく見るようになりました。

世の中が便利になるにつれ、体を動かさずにできることは増え続けています。その一方で、動かさなくなればなるほど体は「動かす機能は必要ない」と判断するため、衰えは加速します。

とはいえ不便な暮らしに戻ることは難しい。そうすると現代においては、体を動かす習慣を身に付けることこそが人生の後半を楽しく過ごせるか苦しいものにするかを決める、と言っても過言ではありません。

体を動かさないことによる筋力の低下は、若年・中年層も無視できなくなっています。厚生労働省「国民健康・栄養調査」によると、運動習慣のある人(30分以上、週2回以上を1年以上継続)は、20〜50代では20%程度しかいません。

デスクワーク中心で移動はタクシーや車、エスカレーターに頼りきりで買い物もインターネット。そんな生活を続ければ、若くして筋力や活力の低下という、将来に禍根を残す負債を抱えます。「寝たきり」にならないよう自ら健康維持に努めることは、今以上に大事になるはずです。

ただ運動習慣のない人が、いきなり運動を始めるのは難しいと思います。筋力だけでなく体の柔軟性も低下しているため、せっかく運動をしたとしても痛みを呼んで継続が困難になるケースがあるからです。ここでは、動きが悪くなることで痛みや不具合が起きやすい肩、背骨、股関節に絞って話をしていきましょう。

肩には、上腕骨と肩甲骨の間と 肩甲骨と鎖骨の間の2カ所に関節があります。さらに胸鎖関節を加えた3カ所の動きがスムーズだと、腕はよく動くのです。運動不足などで体が硬くなった人は、とくに肩甲骨の動きが悪くなります。肩甲骨の動きが悪いと肩の動きも悪くなり、肩や首のこり、偏頭痛など、さまざまな不調が現れ指の働きも低下します。

肩回りの代表的な不調は、いわゆる四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)。使わないことによる筋力低下、腱鞘炎、腱板がすり切れて弱くなる、などで肩周辺の筋肉や腱に痛みが生じます。そして上腕二頭筋長頭腱炎を発症すると、痛みで腕をねじる動作が難しくなるのです。

例えば頭の後ろや背中、腰に手を回せなくなっていきます。すると髪をセットできない、背中のジッパーを上げられない、帯やエプロンのひもを結べない、湿布を貼れないなど、日常生活で困るシーンが増える一方に。中でも困るのはトイレです。手を後ろに回せないと、下着などをしっかりと引き上げられなくなるのです。

肩関節は日々よく動かすだけで、痛みの予防・緩和になります。無理のない範囲で腕を肩より高く上げる、ぐるぐると回すなど、腕の高さを変えつつ多方向に動かして柔軟性を高めましょう。

私が監修した『体幹ほぐして関節元気に くるのびダンスエクササイズ DVDつき』で紹介した「くるのびダンスエクササイズ」の中から、オススメしたいのが「くるくる1週間」です。


右胸の斜め下から左胸の斜め下まで大きく半円を描きながら両手の位置を動かしつつ、下記の動作を行います。

1. 右手のひらと左手の甲を自分に向けて、親指どうしをつける
2. 両手のひらを返して人差し指どうしをつける
3. 両手のひらを返して親指どうしをつける
4. 両手のひらを返して人差し指どうしをつける
5. 両手のひらを返して親指どうしをつける
6. 両手のひらを返して人差し指どうしをつける
7. 両手のひらを返して親指どうしをつける

腕を大きく動かすことで肩の運動を、手と指の細かい動作で脳の活性化を狙っています。腕が上がらない方は、できる範囲で上げればOKです。続けるうちに可動域は広がり筋肉や関節がよく動くようになるので、焦らずトライしましょう。

背骨の動きはあらゆる動作に関係

高齢者が骨折する部位の約半数を占めるのが背骨です。骨粗しょう症になるととくに折れやすくなり、折れた部位によっては何週間か歩けなくなります。

高齢になると背骨回りの筋肉が硬くなりやすいため、まるで上体が1本の棒のように硬直しがちですが、上体が硬直すると、ちょっとしたつまずきでも「バタン!」と転倒し、体に大きな衝撃がかかるため骨折しやすいのです。逆に背骨がよく動けばバランスを取りやすく、とっさに前に手を出したり受け身をとったりする動きにも役立ちます。転倒しても大事には至りにくいでしょう。

高齢者に限らず、体を動かさない方は背中が丸まり前屈みになる傾向にあります。これは、人間の体は背筋よりも腹筋のほうが強く働くからで、体は前屈し背骨のお腹側が潰れやすくなるのです。この姿勢が続くと胸や腹部が縮んで肺や胃が小さくなり、呼吸は浅くなって食事も量をとれなくなるという影響が生じがちです。

背骨の動きを保つには、日々のケアとして上体をしっかり伸ばす、左右に曲げる、ねじるなどの動きを、できる範囲で繰り返すことが効果的です。また、両手を大きく左右に広げたり肩甲骨を寄せたりする動きは、胸を広げ背部を伸ばします。

背骨をよく動かすうちに、棒のように固まった体もほぐれてきます。上体の硬直がなくなれば呼吸も楽になり、息切れしない体を取り戻せるでしょう。

高齢になると脚の付け根にある骨が折れる「大腿骨頸部骨折」が増加し、この骨折が原因で要介護状態になる方もいます。 原因は、骨粗しょう症により骨がもろくなるから。ちょっとしたことで卵の殻が割れるようにパリッと折れます。

また長期間の入院・入所などで歩かない期間が長引くと、脚を大きく開いただけで骨折することもあります。このような骨折の予防に効果的なのは、普段から股関節をよく動かしてなめらかな動きを保つことです。

股関節がよく動けば、足がもたつかない「転ばない体づくり」にも役立ちます。逆に動かさなければ、たとえ骨や関節にいいと言われる薬やサプリメントを摂っても効果は薄れるでしょう。

40代でも歩く機会が少ない人は注意

40代でも、歩く機会が少ない人は要注意です。脚を大きく動かす機会を失うと関節は固まっていくからです。股関節の動きをなめらかに保つには、脚の付け根を大きく動かす運動が効果的です。

大きく前後左右に踏み出す、脚を付け根から内側・外側に回すなど、さまざまな方向に動かしましょう。普段あまりしない動きを取り入れつつ、さまざまな刺激を与えるのが有効です。


骨には、一定以上の刺激を与えると丈夫になる性質があります。歩くだけでもある程度は刺激になりますが、できる範囲で片足立ちになったり踏み込んだりしたほうが効果的です。

また、脚を付け根から持ち上げる動作は腸腰筋を鍛えられるため、転倒予防や歩行の安定につながります。階段を上ったり早歩きをしたりするのもいいでしょう。病気や怪我を抱えている方は、医師と相談のうえ実践ください。

高齢の方の転倒予防に、そして若年・中年の方の健康維持や親御さんを要介護状態から遠ざけるために、お役立ていただければ幸いです。