なでしこジャパンのワールドカップが終わった。グループリーグから決勝トーナメントに進み、この大会4試合目で打ち破るべき壁の前に立った――。最後は混戦からオランダ代表のフィフィアネ・ミデマーのシュートがブロックに入った熊谷紗希(オリンピック・リヨン)の腕に当たってハンドの判定になり、VARでも判定は覆らずPKに。これが日本にとって、トドメの一撃となってしまった。


オランダ戦後、最後にピッチに集まったベテランたち

「なんとしても前半は耐えて無失点」

 選手たちは口々にそう語っていた。ひとたびリードを許せば、追いつく力が今の自分たちにはないと自覚していた。だからこそ、警戒していたセットプレーで先制点を奪われた時には、嫌な予感しか生まれなかった。オランダの3トップを抑えるために、ボールの出どころのアンカーをケアし、サイドはスピードが出る前にコースを切って対応。守備がハマりつつあっただけに、17分という早い時間帯で決められたことは計算外だった。

 ところが、この日のなでしこは前半のうちに追いついた。43分、杉田妃和(INAC神戸)、菅澤優衣香(浦和レッズレディース)とつないで岩渕真奈(INAC神戸)にボールが入ると、食いつく相手を得意のターンでかわし、DFの間を縫うように前線へボールを出す。絶妙なタイミングで裏へ抜けた長谷川がこれを落ち着いて決めた。グループリーグのままの日本であったら、0−1で折り返していただろう。

 1−1で迎えた後半は、日本のペースに持ち込むことができた。とくに、後半頭から黙々とウォーミングアップをこなし、その時を待っていた籾木結花(日テレ・ベレーザ)が投入された72分以降は攻撃が活性化した。長谷川がDFに囲まれながら股抜きシュートを放てば、杉田が切り返して放ったシュートはクロスバーを直撃。GKのファインセーブに阻まれた籾木の渾身の左足シュートなど、ゴールを匂わせる瞬間は数多くあった。

 ここまでの試合で、最も日本らしいサッカーを展開したが、ここぞの決定力は発揮されず、オランダ1点リードのまま、日本がワールドカップで聞く最後のホイッスルが響き渡った。

 喜びに沸くオランダ選手の隣で熊谷は天を仰いだ。個性豊かで若い世代の多くなったなでしこジャパン。熊谷は、8年前の世界一の景色を知る者として、また世界最高峰のクラブチームで戦う者として、厳しさを伝えることもしてきた。「まとまるのが難しいチームだったけど、最後までついてきてくれてありがとう」と、仲間への感謝の気持ちを気丈に述べた。

 しかし、リヨンのチームメイトであるヴァン・デ・サンデンと健闘を称えあうハグをすると、瞬く間に涙が溢れ出た。クラブではベンチを温めることも多かった同僚の前では、感情をとどめておくことができなかった。そんな熊谷の苦悩をまるごと包み込むようなハグだった。

 鮫島彩(INAC神戸)は、ピッチに座り込んで両足を見つめ続けていた。いつもであれば、落ち込む若手に声をかけて回る。そんな鮫島が動くことができなかった。

「この大会で最後になってもいいというくらいの覚悟で臨む」と、自らを奮い立たせてきた鮫島。強豪と戦う前には一度は必ず怖さを感じながらも、それを払拭するために対策を練って対峙する生真面目さと、誰よりも速いスタートで攻撃参加をする。思い切りのよさを持ち合わせた最年長プレーヤーは、力の限りを尽くした結果をどう受け止めていいのかわからないようだった。

 ケガで途中から別メニューを余儀なくされ、出場の機会なく大会を終えた宇津木瑠美(シアトル・レインFC)は、常にチームにハッパをかけ、落ち込みそうになる若手の気持ちを懸命に引き上げてきた。最後のピッチでは、打ちひしがれる清水梨紗(日テレ・ベレーザ)と籾木を両腕に抱えながら、挨拶のためスタンドへ向かっていた。何かを語り、諭す訳でもなく、ただ2人の肩をしっかりと抱きながら寄り添っていた。

 今大会で最も難しい立場だったのは阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)かもしれない。ケガの完治が遅れ、それを承知で高倉麻子監督は彼女を招集していた。最後まで練習ではフルメニューをこなすことはなかったが、オランダ戦のピッチサイドでは、給水に選手たちが戻ってくるたびに、長谷川や三浦にポジションやスペースなど、気がついたことを積極的に伝えに出ていく姿を幾度も目にした。

 日本の若手がロッカーに下がり始めると、大会を通して初めてベテラン4人がピッチに集まった。この4人にしかわからない想いがある。過去からつないできた想いがある。ここでは熊谷も鮫島も落胆を隠す必要がない。宇津木がそっと、落ち込む熊谷の両肩に手を置いた。

 できることはすべてやった。しかしできないことも多かった。これが最後のワールドカップと考えている選手もいるかもしれない。その覚悟で臨むと口にしていたのは、鮫島だけではなかった。若手は、最初のワールドカップはチャレンジ精神のみで貫ける。それをひたすらカバーし続けた彼女たちベテランの目に、このワールドカップはどう映ったのだろうか。

 スタンドからのエールが響いた。それに気づいた4人は、それぞれ深々とお辞儀をしてフランスのピッチをあとにした。

 ワールドカップで上位進出を狙うチームは、決勝トーナメントのどこかで、もしくは大会を通して越えなければならない大きな壁にぶち当たる。それを越えたとき、目に見えない上昇気流が巻き起こる。日本はその流れを生み出す寸前までいったものの、壁を乗り越える力はまだ備わっていなかった。

 しかしこの一戦で、チーム全体で掴むその力の欠片は見つけられたのではないだろうか。ラウンド16敗退という結果に満足する者は一人もいないだろう。ただ、オランダ戦は間違いなく、この大会でなでしこジャパンが見せたベストゲームだった。