総務省の「端末の値引き幅2万円」は、iPhone排除の法改正なのか(筆者撮影)

総務省は6月18日、携帯電話料金に関する有識者会議を開き、現在各社が9500円としている中途解約の違約金の上限を1000円とすること、通信契約とセットの端末値引きを2万円までとするなどの案をまとめた。秋に電気通信事業法が改正され、端末割引の禁止や、期間拘束の是正が適用されることになる。

「日本の携帯電話料金は高すぎる」。そうした意見は日本の政治サイドから聞こえてきた。今年は楽天が新規参入するが、現在大手3社によって全国の携帯電話サービスが展開されてきた日本の通信業界においては、通信料金や端末がおおむね横並びで競争が働いていない、との懸念が消費者だけでなく、政治家からも問題提起されるようになった。

改めて料金を見直す必要性も

状況を打開しようと、通信サービスと端末販売を分離するプランへの移行を促し、NTTドコモやKDDIは6月から新料金プランを提供しはじめ、「最大4割の値下げ」という官房長官の発言にかなう施策を打ち出したばかりだ。

しかし対策が不十分とにらむ総務省は、利用者が携帯電話会社をより乗り換えやすくするため、2年の定期契約時の割引率削減や、契約解除料の負担を軽減する案を示した。

2年以上の通信契約における割引幅を月額170円に抑えること、現在9500円の契約解除料の上限を1000円とする案をまとめた。これによって、すでに動きを見せていたNTTドコモやKDDIは、改めて料金プランを見直す必要がありそうだ。長期契約の値引き幅が170円を大幅に上回っていることもあるが、ビジネス全体を見渡して、そろばんをはじき直さなければならなくなる。

端末の割引の原資として、高止まりする通信料金が活用されているとにらむ総務省は、端末値引きを制限することで、逆に通信料金値下げの原資を作り出せるようにしよう、という構造転換の狙いが透ける。

問題は、それで消費者がどれだけ、今契約しているキャリアを解約して乗り換えるかだ。

これまでの顧客囲い込みを強化してきたルールの中で、2018年度、大手3社のスマートフォン解約率は1%に満たず、最大手のドコモは最も低い解約率である0.57%を示している。その対策として、端末販売との分離と、契約解除の費用を1000円以下にする案が当てられたと見てよいだろう。

すでに格安SIMとして知られるMVNO(仮想移動体通信事業者)が2012年以降乱立している。現在の日本の携帯電話契約数は2019年3月末時点で1億7615万7000件。そのうちMVNOの多くが含まれる独自サービスを提供するSIMは1312万2000件で、契約数全体の7.4%と、1年前に比べて1ポイント増加した(MM総研調べ)。

2年ごとの乗り換えタイミングを迎えた人は昨年度にもいたはずだが、それでも、料金がより安いMVNOへ乗り換えが鈍化しており、携帯電話利用者のキャリア流動性は満足ではないという判断だ。

現状のビジネスモデルでは、解約できるタイミングが限られており、それ以外では9500円の解除料がかかる。その上、番号をそのまま引き継ぐナンバーポータビリティには手数料3000円がかかり、他社と契約する際にもやはり契約料金がかかる。

さらに、端末をSIMロック解除したとしても、利用できるサービスや周波数帯が異なるため、完全な利便性を確保できない場面も出てくる。こうしたさまざまなハードルを乗り越えていかなければ、総務省が描く顧客流動性を高めることはできないだろう。

アップルが抱く強い危機感

端末販売と通信サービスの分離徹底によって顧客の流動性を高め、競争による値下げ効果を期待する。通信コスト減というメリットが明確化すれば、総務省の施策に対して消費者からの支持も高まっていくことが考えられる。しかしその副作用が、端末の販売価格上昇として現れる可能性がある。

端末の値引き幅が2万円と示されたが、「これはiPhone排除の法改正だ」として危機感を強めているのがアップルだ。値引き幅の規制は、高付加価値化が進むiPhoneにとって、販売価格の上昇に直結するためだ。

iPhone X以降、定価が1000ドル以上、日本ではおよそ12万円からと設定された。スマートフォン飽和と需要減少よりも前に、利益を最大化すべく投入した高級モデルで、インフレが進むアメリカでも驚かれるような価格だが、消費者物価の加熱を見ない日本ではなおさら割高感が高まっている。

2018年にはやや価格を抑えたiPhone XRを投入したが、8万5000円をわずかに切る価格に設定されており、iPhoneの高価格路線は依然として続いている。それでもiPhoneが日本で5割のシェアを下回らないのは、iPhoneが通信会社や販売店にとって売りやすい人気端末だったからだ。

昨年9月のiPhone XS発売時、64GBモデルの端末価格はApple Storeで11万2800円(税別)だった。これをNTTドコモの月々サポートなどを利用すると、各社とも7万円以下の負担に抑えることができた。こうして、おおむね2年に1度の買い換えを、月々3000円以下の少ない負担で実現してきた経緯があった。

なお、アメリカのアップルが提供している、毎年iPhoneを乗り換えられるいわばiPhoneのサブスクリプションモデル「iPhone Upgrade Program」を利用すると、64GBのiPhone XSで月々の支払いは49.91ドル(月額約5500円)。これに比べると、日本の携帯電話会社を通じたiPhone販売は1500円以上安く設定されていることがわかる。

しかし今回の総務省の案では、2万円以上の値引きができなくなるため、iPhone XSの現状の価格でいくなら、9万円以上の負担となることを覚悟しなければならなくなる。24回払いを選んだ月々の負担額は1000円以上上昇することになるだろう。さらに12〜24カ月後の下取り価格を保証する乗り換えプランについても、値引きと同様の「利益の提供」にあたるため、事実上機能しなくなる。

ただし、こうした端末割引き規制は、アップルのみが影響を受けるわけではない。日本で高付加価値スマートフォンを販売している日本のソニーや韓国のサムスンなども、端末価格の上昇が起きる。

とくにサムスンは、折りたたみスマートフォンや5G端末などを、日本においても先駆けて投入する期待もある。通信キャリアとしても、最新端末でしか5Gサービスを利用できない点からして、2019年秋以降に登場するスマートフォンを拡大させたいはず。しかしその思惑を加速できない環境が整ってしまった。

iPhoneには「在庫モデル」が存在しない

端末値引きの制限は各社等しく行われることになる。しかしアップルが「iPhone規制」と捉えている理由は、端末値引きに課せられたもう1つの条件の存在だ。

端末の値引きの上限は、在庫端末や製造中止端末で緩和される例外が用意されている。最終調達日から24カ月が経過した在庫端末は、5割までの範囲で割引が可能となる。また、製造中止済みの端末は、最終調達日から12カ月経過で5割まで、24カ月経過で8割までの割引が許される。

Androidスマートフォンはほぼ半年に1度の頻度で世代が変わり、在庫端末、製造中止済みの端末が店頭に残り、2万円を超える割引対象となる。結果、iPhoneと同じ販売価格を設定していたとしても、販売時の割引規制の緩和によって、より安く消費者が購入できることになる。

しかしアップルは、3年前に発売したiPhoneも、最新端末とともに併売しており、今も製造が続けられている。例えば2019年6月現在であれば、最新端末は2018年発売のiPhone XS、iPhone XS Max、iPhone XRとなるが、2017年発売のiPhone 8・8 Plus、2016年発売のiPhone 7・7 Plusもラインナップに残っており、製造が続いている。

つまり、すでに発売から2年が経過しようとしているiPhone 7であっても、先述の割引条件の緩和には当てはまらない。さらにそれ以前のiPhone 6sやiPhone SEなどの端末も、再生備品、中古品などが格安SIMとの組み合わせなどで人気があり、調達が続いていれば、大幅な割引が認められる条件にも当てはまらなくなる。

通信会社を通じて販売されているiPhoneについては、結果的にすべてが、2万円が割引上限となる規制に引っかかることになる。この点については、アンフェアな状況を作り出したと指摘せざるをえない。

日本での販売強化策は

2019年に入ってから、アップルはiPhoneの売上高を前年比15〜17%の幅で減少させており、「iPhoneの減速」が明確となった。また米中貿易戦争の中で、多くを中国で生産しているiPhoneは、夏以降、中国側のカードになることも覚悟しなければならない。iPhone主体のビジネスを展開しているアップルにとっては、ウェアラブルやサービスの成長など、収益構造の転換を図るが、売上高の6〜7割を占めていたiPhoneの穴を埋めるまでには至っていない。

日本市場で5割のシェアを誇るiPhoneについて、ハイエンドから併売されている過去のモデルまで、価格の面で競争力を失うことになれば、日本市場におけるビジネスに大きなダメージを被ることは避けられない。おそらく2019年の9月末にも新型iPhoneが登場するとみられるが、アップルが対策をするとすれば、新端末が出る9月か、テコ入れ時期となる4月に行われるのではないかと予測できる。

アップルに打つ手はあるのだろうか。

1つは、アメリカのように、アップル自身がiPhone販売により力を入れていく点だ。iPhone Upgrade Programは、端末料金を24分割して毎月支払っていくが、12回支払いが終わった段階で新しいiPhoneに乗り換えることができるプランだ。iPhoneはSIMフリー端末で、どのキャリアでも利用でき、アップグレードする際には画面サイズや容量などを変更することもできる。

結果的には毎年iPhoneを乗り換えたいユーザーにとって、端末は手元に残らないが、半額で最新iPhoneが利用できるようになる。さらに、修理金額を提言させるApple Care+も自動的に付帯となっており、製品として購入されるiPhoneに、サブスクリプションサービスのような側面を作り出している。

アップルにとっては、買い換え周期が長期化していく中で、毎年iPhoneを買い換えるユーザー層を開拓することにつながる。こうした仕組みを、日本のApple Storeや量販店、代理店などを通じて提供することができる。端末の販売主体が通信会社ではなくなる点は、通信サービスと端末の分離の観点からもよいかもしれない。

またアップルは資源リサイクルを進める環境施策として、「Apple Trade In」プログラムを日本でも提供している。例えばApple StoreでiPhoneを購入することを条件に、iPhone X 256GBの場合最大58600円で下取りを行っている。こちらも、通信事業者ではないアップルによるサービスであるため、先述の2万円という制限に関係なく、有利にiPhoneを乗り換えられる。

もう1つは、価格戦略だ。併売されているモデルの販売をより延長して価格を下げていくことで、iPhoneの格安モデルをラインナップするという戦略を採ることができる。言い方は悪いが、iPhoneに対してまだ値下げ余力が大きく残っているということだ。

しかも、ソフト開発面で、そうした施策を支援できる「秘策」が盛りこまれていることにも注目だ。

秋に公開されるiPhone向けの最新ソフトウェアiOS 13で、アプリ起動の高速化、最大半分までのアプリサイズの縮小を実現する。プロセッサが最新モデルよりも劣り、保存容量も小さな過去のモデルでは、アプリの実行速度を向上させ、またよりたくさんのアプリを保存できるようになる。現在約5万円で併売されている2016年モデルのiPhone 7を、2019年の秋以降もさらに値引きしてラインナップに残すことで、競合に対抗できるiPhoneを用意することができる。

もしこのようなプランが現実化し、アップルから低価格端末をラインナップに残す施策を引き出すことができれば、総務省の施策はある種「成功」と見ることができる。ただし、もしiPhoneの勢いを止めようという意図があるなら、それは成功しないだろう。

3年前のiPhone 7でも、処理能力は依然として高く、実効速度やプライバシー性能を高めた最新ソフトウェアが利用できるアドバンテージは最新端末として共通だ。そして日本では人気となったブランドもある。iPhoneの値下がりが引き出されれば、Androidスマートフォンにとっては、より厳しい状況に追い込まれることになる。