芳沢光雄教授が、日本の学生が数学に弱くなってしまった根本理由を指摘(写真:Greyscale/PIXTA)

「2億円は50億円の何%か」という問題を日本の大学生の2割前後が間違えると推測できるという。最も多い誤答は50を2で割って25%とするものだ。『「%」が分からない大学生』を書いた桜美林大学リベラルアーツ学群の芳沢光雄教授に詳しく聞いた。

高偏差値大学の学生も理解していない

──刺激的なタイトルです。

20年前の共著『分数ができない大学生』を思い出す人もいるのか、ネットには「また、若者を貶(おとし)めている」なんて書かれています。読まずに書いて、と腹が立つけど、それだけ日本には数学嫌いが多いという証拠です。状況を放置してきた数学教育関係者の一人として、批判は甘んじて受けます。

解き方を忘れたなら、思い出せばいい。「わからない」は、そもそも理解できるように教えられていないのです。割合の問題を解くには「くもわ」で、という感じです。

──「比べる量」「もとになる量」「割合」の最初の文字を取って、その関係を表した図ですね。

「く÷も=わ」「も×わ=く」だけを覚えると、記憶が曖昧(あいまい)になったときに、3つの関係がわからず、2は50の25%となる。速さ、時間、距離の「はじき」も同じ。

松井証券の松井道夫社長が言うように、時代は量での評価ではなく、単位当たりでの評価になっている。そうなると「%」の概念はとくに重要だし、「%」は世界共通の単語。にもかかわらず、高偏差値大学の学生でも理解していない、と多くの先生が私に言ってきます。

──どうしてこんなことに。

1979年に共通1次試験が始まりマークシートが導入されました。団塊ジュニアの受験も控え、やむをえないとは思った。が、あまりにもマークシートに適応するやり方が先鋭化した。つまり「答えさえ合っていればプロセスはどうでもいい」。解き方の暗記が主流となった結果どうなったか。

例えば、与えられた関数のxとyの点をグラフにプロットできない。素朴にグラフを書いたことがないからです。また、教員になった教え子が200人くらいいますが、プロセスが間違っているのに「答えが合っているんだから丸にしろ」と抗議する生徒が増えている、と何人もが言っています。

──文系理系問題もありますね。

文系理系は以前からありますが、戦後は国の復興を目指し、文理問わず高レベルの数学教育がなされました。高度経済成長を達成するとそれが緩んできた。理系教員の中には、数学は理系進学者が学べばいい、数学嫌いは相手にしなくていいと考えている人もいる。

それでも国立文系はセンター試験があるので数学を勉強するが、私立文系は数学不要って話になってしまった。バカ言っちゃいけない。グローバル化した今日、議論のポイントは客観的な数字です。数字で考え、分析するときに、文系理系はありません。『源氏物語』の研究にも数学的手法が用いられていますし、心理学では実験データによって推論の有意性が評価されるため、統計数学の知識が必要です。

数学の面白さは「わかった」にある

──事ここに至り、どうします?


芳沢光雄(よしざわ みつお)/1953年生まれ。東京理科大学教授などを経て、現在桜美林大学リベラルアーツ学群教授。理学博士。専門は数学、数学教育。ゆとり教育を見直すきっかけとなった『分数ができない大学生』の執筆者の1人。『新体系・高校数学の教科書』など著書多数(撮影:尾形文繁)

数学教育で痛めつけられた人たちに、「わかる」「理解する」がどういうことかを伝えないといけない。公式や裏技を暗記して答えを当てる勉強が面白いわけがない。数学の面白さは、定理の証明や応用、それらが「わかった!」。去年、基礎的な授業で「%」の根本を丁寧に教えたら、女子学生が突然跳び上がりました。それまであやふやだったのが「わかった」んです。数学の面白さはこれです。

──「ヘウレーカ」ですね。具体的な方法は考えているのですか。

桜美林大学で私が所属するリベラルアーツ学群の入学生約1000人に対し、応用を交えて根本からわかってもらう初年度授業をやりたい、と上層部に提案しました。教職や専門課程の数学も教えていますが、痛い目に遭った学生は近寄らないので、まず全員に教えたい。

興味を持ってもらうには、無味乾燥な教科書ではなく、「隅田川の花火大会で花火が見えてから音がするまで10秒かかったとすると、どれくらい離れている?」のように身近な例を使うのが効果的。幼稚園、小中高で出前授業を数百回やっているので素材は十分です。

──初期の教育も重要ですね。

いちばん大切なのは小学校。小学校は担任が主要教科を1人で教えますが、算数が得意な先生ばかりではない。3つの角度が異なる二等辺三角形がある、と教える先生もいるんです。だから、授業で「算数なんて大人になってから役に立たない。足し算と掛け算がわかればいい」とか平気で言っちゃう。家庭も同じ。家庭教師をしていたとき、親が子どもの前で「うちは代々理数系が苦手で」なんて言う。そんな負の暗示をかけないでよ、って感じ(笑)。

そこで7月に『AI時代を切りひらく算数』という教員と保護者向けの指導書を出します。暗記用公式中心の薄っぺらな参考書とは逆の、240ページもある本になりました。そりゃそうですよ、わからせようとすると、文字が多くなる。公式中心の参考書は図形の証明なんてほんのちょっとです。

学年ではなく、「理解別」の教育必要

──AIが出てきました。

AIの得意なことって何ですか? 創造的な仕事じゃないですよね。プログラムに従って計算したりするのは大得意。そう、くもわ、はじきの領域です。公式暗記の推奨は、子どもたちにAIの主戦場で競い合えと言っているようなもので、無意味です。人間は頭を使って、発想を磨き、社会をよくするためにAIを使う立場です。そのためには数学を通して、結果ではなくプロセスの重要性を理解することが有効です。

──個人の能力には差があります。


少子化で子どもの数が減り、考えも多様化しているわけだから、これまでのように同じ学年で同じ時期に同じことを学ぶ必要はない。理解の度合いに応じて教育する「理解別教育」を実現したい。

そう強く感じるようになったのは、ある学生の言葉がきっかけです。数学が苦手な者も、本当は時間をかけてでも理解したいと思っている、理解の遅い生徒にも適合した教育体制を採れるようにしてほしいと、学生は言ったんです。

──やることが山積みですね。

外交官だった祖父の芳沢謙吉が残した皿に書かれた「技術立国」は今も日本の指針です。実現のため、子どもたちへ本質的な理解による数学の学びを示したい。桜美林学園創立者、清水安三の言う「学而事人(がくじじじん)」(学んだことを人々、社会のために生かす)にも通ずると思います。