お金にも仕事にも困っていなかった。そんな40代女性の悲劇とは(写真:kitzcorner/iStock)

「若年者の孤独死について感じるのは、生前、彼らが社会において孤立していたということです。慢性的な孤立状態が寿命を縮めてしまうというのは、毎回特殊清掃現場に携わっていてひしひしと感じることです」

特殊清掃業者である武蔵シンクタンクの塩田卓也氏は、若年者の孤独死について、こう警鐘を鳴らす。

200匹ものハエの大群が突進

年間孤独死3万人、孤立状態1000万人。これがわが国の置かれている状況だ。

拙著『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』を執筆するにあたり、とくに、団塊ジュニア、ゆとり世代は、社会的孤立に陥りやすく、孤独死しても長期間、遺体が見つからないという痛ましいケースを取材で多々目の当たりにしてきた。孤独死はもはや高齢者に限った問題ではない。

その日本社会の暗部と日々向き合っているのが、塩田氏のような特殊清掃人だ。彼らが手がける案件のほとんどが、孤独死だからである。

現役世代の孤独死の特徴として、生前彼らは、必ずしも長期間家に引きこもっていたというわけではない。現役で働いていたり、少なくとも、数年前までは勤めていた形跡があったり、かつては社会とかかわりを持っていた形跡を感じることが多い。

そして、ふとした何らかのきっかけで、つまずき、孤独死してしまうのだ。

昨年2月、塩田氏は、横浜市に住む2DKの分譲マンションの一室に足を踏み入れようとしていた。200匹はくだらない数のハエが、塩田氏の顔面に容赦なく、突進してくる。

隣のマンションに住む住民の子どもが、毎日同じ部屋の電気がついていることを不審に思い、親に相談。管理会社の通報があり、女性の孤独死が発覚した。

この部屋で亡くなったのは、40代の女性で、死後1カ月が経過していた。女性は、自営業のノマドワーカーで、在宅でネット販売の仕事をしていた。居間には、仕事用のネット販売の顧客リストや郵送用の販促物などが山のように積んであった。

その周囲は、異様な数のブランド物の洋服や、バッグ、キャリーバッグなどで固められていて、いわゆるモノ屋敷だった。女性は、買い物依存に陥っていたのだろうと、塩田氏はピンときた。

仕事に追われてセルフネグレクトに

女性の仕事の業績は順調だったらしく、通帳の預金残高も1000万円近くあり、金銭的には不自由した様子はなかった。しかし、仕事以外の人とのつながりを示すものは何も見つからなかった。男性関係を示すものはおろか、友人や親族など、人間関係を完全に遮断していたようだ。

「この女性は、いわば仕事と結婚したようなもので、まさに仕事に生きていた女性だったのでしょう。化粧品もまったくなかったですし、社会との接点は、本当に仕事だけ。もちろん、このような状態の部屋に人を招き入れることはなかったはずです。ただ、毎日の仕事だけが彼女の生きがいだったのかもしれません。しかし、そんな仕事だけの人生が、逆に彼女を孤立させて、心身をむしばんでいったのだと思いました」

冷蔵庫の中は空っぽで、大量のカップラーメンが段ボールに入っており、一部は残り汁がそのままに、机の上に放置されていた。女性は、明らかに栄養面では偏り、不摂生な食生活を送っており、孤独死へとジワジワと追い打ちをかけていたことが見てとれる。

女性は、いわゆるワーカホリックで仕事に邁進し、身の回りのことに手がつかなくなっていたようだ。お風呂場で亡くなったらしく、強烈なにおいを放つ浴室は、水が抜けていて空っぽだった。

ちなみに、浴槽で亡くなった場合は、警察が水の張っている風呂の中から、遺体を引き上げる際に、栓を抜いてしまうことが多い。つまり、腐敗した体液が、排水溝にそのまま流れてしまうというわけだ。これが、のちに大問題を引き起こす。

マンションの1階ならまだしも、上層階で孤独死が起こった場合、下層階まで排水管を伝ってその臭いが下の階に漏れ出てしまうのだ。下手をすると、マンション1棟を巻き込むほどの、大騒動が勃発する。

私は、何度も孤独死現場に立ち会っているが、人の腐敗した体液は、えもいわれぬほどの強烈な悪臭で、それを取るには高度な専門知識が必要になる。統計上の死因で、交通事故よりも多いヒートショック死だが、現実問題として、孤独死は近隣住民にも、多大なダメージを被らせてしまうことが多いのである。

この女性のようなヒートショック死は、実は孤独死の類型として、決して珍しいものではない。冬場は、寒暖差による突然死が多く発生するからだ。

死因は、急性心筋梗塞――。しかし、それ以前の偏った食生活や、不衛生な部屋の状態が女性の寿命を縮めてしまったのだろう。

しかし、孤独死現場に日々取材で向き合う私自身も含めて、仕事に没頭するあまり、このような状態へと落ち込んでしまうことは、ありえることなのだ。

マンションの配管を伝って体液が流れ出す

とくに現役世代はワーカホリックで、仕事に追われるあまり、セルフネグレクト(自己放任)に陥り、食生活がなおざりになり、孤独死するケースも多い。部屋も仕事上のモノで溢れ、衛生状態が悪いというケースが後を絶たない。塩田氏はその現状をつぶさに見てきた。

「在宅だけで完結するノマドワーカーやIT関係の方など、人と密に関わらなくても済んでしまう仕事をしている人も、実は孤独死を招きやすいのです。とくに今は、パソコンやスマホで仕事が完結してしまう。亡くなった女性は、かなりの仕事人間で、日常生活は仕事に追われていた。しかし、喜怒哀楽を共にする友人や親族はほとんどなく、社会的に孤立していたのではないでしょうか」

遺族である母親は、すでに80代で認知症でを患っており、女性も仕事以外の人間関係がまったくなかったため、女性の遺品のほとんどはゴミとして処理された。

このように、孤独死と切っても切れないごみ屋敷やモノ屋敷の住民に対して、ちょっと変わったアプローチを行っている民間団体がある。

それが、地域の困りごとに対応する100円家事代行サービスを行っている、「御用聞き」(東京都板橋区)だ。「御用聞き」は、2017年からいわゆるごみ屋敷の清掃に乗り出している。

近年、ごみ屋敷はたびたび話題になっているが、行政もその対応に苦慮をしているところが多い。

「御用聞き」は、粘り強く当事者に寄り添い、その人の生きがいを一緒に見つけていくという姿勢を持っている。代表の古市盛久さんは当事者の心境について、「ご本人は、『あぁ、これはダメ』『それは捨てないで』という感情の狭間にいて、何とかしたいと思っていることが多いんです」と話す。

代表の古市さんたちは、まずは本人に会うことをとっかかりにして、ごみをすぐにどんどんと出すようなことはない。

古市さんは部屋に溢れるモノの中から、プロファイリングをして、その中に共通点となる「キーアイテム」を見つけようとする。

「その人にとって、手の届く目標が生まれると、優先順位が生まれる。例えば、生け花に興味を持っている人だったら、スペースが必要なので、もし邪魔だったら、あなたの好きにしてもいいし、この紙袋は捨ててもいい、というコミュニケーションが生まれる。その結果、モノを手放すという決定が自分で行えるようになるんです。それが、片付けるという目標に近づいていく。私たちはある目標を目指して、一緒に作業をするという仲間意識を持っています」

ゴミ屋敷を目の前にすると一見すると、いかに近隣住民に迷惑をかけないかに目がいきがちだが、本人にとっては片付ける動機付けが乏しくなってしまう。

環境をいきなり変えると大きなストレスに

「ある60代の女性は、かつてはアパレル店員でした。家にためた大量の洋服が捨てらずに、インターホンすら見つからない状態でした。私たちは、そのマンションに月2回の頻度で通ったんです。完全に生活できる状態になるまで、10か月以上を費しました。いきなりモノを全部運んで、環境が極端に変わってしまうと、それが本人のストレスになるため、10割片付けて、3割を戻すという作業を行ったんです」

孤独死の現場は、孤立し、誰にも助けを求められず、崩れ落ちてしまった現役世代の悲鳴に溢れている。古市さんのように、生前からアプローチすることが何よりも重要になってくる。実際、そのような努力の甲斐もあってか、近年、ゴミ屋敷やモノ屋敷の住人本人からの依頼も目立っている。また、予想外の効果として多いのが、清掃を介したコミュニケーションを経て、本人が人間関係を少しずつ取り戻す例だという。


孤独死が1度起こると、近隣住民は「臭いを何とかしてくれ」と大騒ぎになってしまう。また事故物件となり、その原状回復には、多額の費用が必要になる。

例えば大手ハウスメーカーが、手がけた賃貸物件だと、その仕様に沿った建材を使用しなくてはならず、遺族に数百万もの費用が請求されるというケースも多く発生している。亡くなったご本人は、そのような人に迷惑をかける死は決して望んでいなかっただろう。

しかし、介護保険や地域の見守りなどが充実している高齢者と違って、現役世代の社会的孤立は完全に置き去りにされているといっても過言ではない。

国は、社会的孤立の重要性を認識し、早急に実態把握に乗り出してほしい。また、孤立した人の心に寄り添い力を尽くそうとする、民間の御用聞きのような取り組みを支援し、それが普及することで改善へとつながるのではないかと感じている。そして、何よりも私たち個人が一人ひとりこの問題に目を向けることが解決の糸口となるだろう。