5月17日に墨田区にオープンした「コトモノミチat TOKYO」。全国各地の事業者や職人が手掛けた商品が販売されるほか、企業同士や職人、消費者間をつなぐ交流の場ともなる(筆者撮影)

モノはあってもアイデアに乏しく、担い手もいない

今、地方にある個々の文化・習俗が価値を持つ時代になっている。例えば飲食チェーンで「ご当地の味」を取り入れるのもその1つだし、各県のアンテナショップが都内に林立しているのも、その動きの一環だろう。クールジャパンから始まり、東京オリンピックに向けて海外の観光客も増える中、インバウンドの目で日本の新たな魅力がどんどん再発掘されている状況も関係していると思われる。

課題となるのが、全国に散らばっている“磨けば光る原石”を、発掘して商品化して広めていく手段だ。過疎化や高齢化が進んだり、伝統文化が廃れつつあって後継者不在ということも少なくないため、モノはあってもアイデアに乏しく、担い手もいないというのが現状だ。

そこに目をつけ、地方の事業者と消費者の橋渡しをするサービスも、このところ増えているようだ。

今回ご紹介するのも、そんなサービスの1つ。ただ、単に地方の産品を発掘して売る、ということではなく、地域が将来的に自走していけるよう、商品づくりから販売ルートの開拓までをコンサルティングする。いわば持続可能性をもったサービスだ。

担い手はセメントプロデュースデザインという、もとはグラフィックデザイン事務所としてスタートした企業。代表の金谷勉氏は「デザインだけしていては生き残れない」と、20年ほど前に「みんなの地域産業協業活動」と銘打ち、地域の事業者と連携する取り組みを始めた。

現在は年商3億円ほど(2018年)で、デザイン制作とコンサルティング業の売り上げ割合が半々までになってきているという。ただ、同社の目的は「全国の事業者が元気になって、デザイン業界も活性化すること」だ。地域の事業者とのネットワークが500社以上にまで膨らんできている。地方自治体からの依頼で、各地に講演や経営相談・商品開発指導などに行くことも多いそうだ。

「そういった中から聞こえてくるのが、『どうやって売ったらよいかわからない』という声。伝統はあっても、デザインが今の消費者に受け入れられなくなっている。宣伝ができていない。発表の場がない。私たちのようなクリエイティブの観点から解決できることは多いと感じました」(金谷氏)

具体的にどのようなサービスを提供しているかは、事例を紹介するとわかりやすいだろう。

星野リゾートが京都府・嵐山で経営する「星のや京都」にて、7月1日〜8月31日の期間、ホテルの庭を舞台にした瞑想のイベントが行われる。目玉は、地元の北山杉を原料として織られたオリジナルの蚊帳。参加者は、自然の中、北山杉から織られた蚊帳の心地よい香りに包まれて、深いリラックスを感じることができるというものだ。


セメントプロデュース代表取締役の金谷勉氏。胸元につけているアロマのピンズ(ピンバッジ)は、同氏の企画によるもの(筆者撮影)

「星野リゾート様からの『地元の産品を取り入れたい』という依頼と、地元の林業を結び付けた事例です。現在は販売ルートといっても、デパートなどの小売業が厳しくなっています。そこで、イベント企画などとセットで売っていくというのがわれわれのアイデアです」(金谷氏)

また、大手カフェチェーンが展開している、地域の職人の作品を地元の店舗で販売する、地域限定商品の取り組みにも、同社が関わっているそうだ。地域の産品を都会で売るのではなく、その地域で買ってもらう。より地域に興味を持ってもらい、観光などの交流を促すという意図から始められた取り組みだ。

職人と企業、両者の温度差を近づける難しさとメリット

ただこうした事業にも課題はある。同社で実際に地域限定商品などを担当した三嶋貴若氏によると、難しいのが、職人がつくる商品と、企業側のニーズを結び付けることだそうだ。

「どうしても絵をつけるときの筆跡のかすれかたなど、手作業ならではの違いが出てしまいます。職人にとっては一つひとつがオリジナルの商品なので、それでいいのですが、工業製品として見ると差異は“欠点”になってしまう。職人と企業、両者の温度差を近づけていって、最終的に商品に落とし込むのに時間がかかります」(プロデュース部部長の三嶋貴若氏)

しかしこのように難しさはあれど、結果的に職人側の、商品を見る目や技術も研ぎ澄まされていく、というメリットがあるそうだ。

こうした地場産業に対する商品開発だけでなく、個々の企業などを相手に、お菓子などの商品開発のコンサルティングから、パッケージデザイン、販売先まで一貫して請け負う場合もある。


「コトモノミチ」で開催されている講演会の様子。各地から事業者が集い、事業分析や商品開発の方法を学んでいる。受講料は3万円(写真:セメントプロデュース)

「われわれが事業を通して目指しているのが、“コト=技術”“モノ=意匠”“ミチ=販路”をプロデュースして、やがてはその企業が自力で商品開発していけるようにすることです。そのために企業のコンサルティングだけでなく、講演会、イベントプロデュース、交流の場づくりと、広い範囲で行っています」(金谷氏)

同社が大阪の企業ということもあり、これまでは関西を中心に、他県での取り組みが多かった。しかしこのたび、東京の“足もと”である、墨田区において新たな活動を始めた。「墨田区新ものづくり創出拠点整備事業」への採択を受け、5月17日、押上にものづくり拠点「コトモノミチat TOKYO」をオープンしたのだ。

「墨田区は、日本の縮図のような場所。多くが9人以下の小規模事業者であり、しかも10以上の業種が集まっている多様性に富む地域です。ここを拠点に、墨田区の事業者と全国の500以上の事業者の連携・協働によって新たなモノづくりや商流をつくっていきたいと考えています」(金谷氏)

では、どのように機能するのだろうか。

事業者、消費者それぞれに向けたサービスを展開

1つには、事業者向けサービスの拠点。課題を抱える企業の事業分析・商品開発講座の開講や、コンサルティングを行う場として使われる。また、各地のさまざまな業種の事業者同士を結び、ものづくりのコミュニティーを形成する異業種交流会「Lobby」なども企画されているそうだ。

消費者に向けたサービスも行われる。全国の職人による商品が販売されるだけではなく、ワークショップやイベントを通じて、訪れた人が自身で職人の技術を体験したり、職人による実演を間近でみることもできる。職人がバーテンダーのような役割をする「職人BAR」と名付けられる企画も予定されている。職人と消費者が、地域や「素人・玄人」といった垣根を越えてつながることができるわけだ。


地域の伝統産業に新たな命を吹き込み、魅力的な商品をプロデュース。写真は、福井県鯖江市の眼鏡加工メーカーの商品。眼鏡の素材と加工技術を用いた、耳かきや靴べら、爪切り、動物型のピンズなど。絶滅危惧種に指定されている動物をモチーフとし、環境保護団体のWWFに売上げが一部寄付される(筆者撮影)

この「コトモノミチ」の会場に並んでいる商品を見ると、いずれも伝統工芸や、例えば金物の技術といった、職人の技術を活用しながらも、現代的でおしゃれなデザインを採用している。職人がつくったもの、ということで品質が保証されているのも、商品として魅力がある点だ。

また、アロマオイルをたらしたコットンを入れて香りを楽しめるピンズ、木工細工の名刺入れなどのように、今までになかった新しいアイデア商品があるのも楽しい。


5月27日に開催されたつまみ細工のワークショップ。正面を向いているのがつまみかんざし製作者の藤井彩野氏(写真:セメントプロデュース)

ユーザー向けのイベントは定期的に開催していく予定で、5月27日には、千葉県の職人によるつまみ細工ヘアアクセサリーのワークショップを開催。こちらは参加料も2000円程度と、気軽に受けられるイベントとあって、10名ほどの参加者が集まったそうだ。

また、6月29日には京都の事業者による「マイ数珠作り」、7月20日には墨田区の事業者による「友禅染ハンカチ作り」と、ちょっと“通な”人たちが集まりそうなイベントが開催される予定だ。

押上はスカイツリーのある駅で、浅草にもほど近い観光スポットだ。「コトモノミチ」が、地域の産業・そして歴史ある同地の魅力をより深く、広く伝える拠点として、活力を増していくと面白い。