レアル移籍で久保は東京五輪に出場できない?/六川亨の日本サッカー見聞録

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現在ブラジルで開催中のコパ・アメリカだが、テレビ中継しているのはインターネットのDAZNだけ。放映権を取得する時点で選手を招集するのに強制力がなく、海外組はオフシーズン、国内組はJ1リーグの真っ最中ということもあり、東京五輪候補が主力になるだろうとの予測のもと、NHKを始め民放各社は手を上げなかった。

フタを開けてみれば、U−20W杯に出ると思われていた久保建英と安部裕葵が呼ばれ、なおかつ久保はレアル・マドリーに移籍が決まったため、がぜん注目度が急上昇。放映権を見送ったNHKを始め民放各社は地団駄を踏んでいるかもしれない。

本来、日本代表の試合は広く日本国民に見てもらうため、無料での視聴がJFA(日本サッカー協会)の務めだろう。その義務を怠ったそしりは免れないが、DAZNが手を上げなければ試合そのものを視聴できなかった可能性もあっただけに、今回は致し方ないといったところか。

といったところで本題に入ろう。チリ戦では新聞各紙をはじめネットでも久保のプレーを賞賛する記事が多かった。試合は0−4の完敗だっただけに、ポジティブな要素が久保しかなかったのは頷ける。ただし、チリ戦後の記事を読んで気になったこともある。

「久保を東京五輪の中心選手に」といった論調だ。

久保のレアル移籍に関し、所属元のFC東京の大金直樹社長は「6月4日で契約は切れているため、移籍交渉にはまったく関与していません」と明言していた。久保サイドとレアルが直接交渉したことになる。

そこでブラジル在住で、古くからサッカーダイジェストに寄稿していたフリージャーナリストの沢田啓明氏が興味深い記事を書いた。スペインのマルカ紙はレアルと密接な関係があり、同紙の記者が練習場に来たので直撃したところ、次のようなことが判明した。

「バルセロナは年俸がBチームの選手として上限の3050万円で、最初の2年間はBチーム」に対し、「レアルは手取りで年俸約1億5千万円、税金を含めると総額2億4千万円の5年契約を提示し、Bチームでプレーするのは1年間」というものだ。

今夏、7月中旬にバルセロナとチェルシーが来日し、神戸や川崎Fなどとフレンドリーマッチを行う。同様にレアルはアメリカツアーを実施し、久保のレアル合流はこのアメリカツアーが有力視されている。

そこで来夏の東京五輪である。サッカー競技は開会式の2日前の7月22日に開幕戦を迎え、8月8日が決勝戦となっている。今年に当てはめるならレアルのアメリカツアー(7月21日から27日にかけてバイエルン・ミュンヘン、アーセナル、アトレチコ・マドリーと対戦)とモロに被っているのだ。

バルセロナなら2年間はBチームのため、久保の東京五輪出場を認めたかもしれないが、レアルなら、来年の7月はトップチームに昇格し、ポジション争いをしなければならない重要な時期だ。

そこで東京五輪に出場することをレアルが許すかどうか。また久保自身がトップチームに昇格しながらチームから離脱するかどうかは、はなはだ疑問だ。

田嶋幸三JFA会長は「東京五輪は男女とも金メダルを狙う」と公言しているものの、久保の移籍に関して関塚隆技術委員長がレアルと東京五輪の出場に向けて交渉したとは考えにくい。これが、もしもFC東京が移籍交渉に絡んでいれば、その可能性はほんの数パーセントだがあったかもしれない。

また久保自身がレアルに対して東京五輪への出場を移籍条件に含めたかというと、その可能性はゼロだろう。今年2月の沖縄キャンプを取材した際に、久保にU−20ポーランドW杯の抱負を聞いたところ、「まだ選ばれていないのでお答えできません」という返事だった。

仮定の質問には答えない。なぜなら選ばれなかったら恥をかく――それが久保流のプライドでもあるからだ。

このため久保を中心とした五輪のチーム作りはリスクを伴う。それは3年前のリオ五輪で久保裕也を招集できなかった前例からも明らかで、同じことは海外組の堂安律や冨安健洋にも当てはまる。

最強チームを作りたくても作れない状況に陥りかねないのが東京五輪の男子チームと言える。関塚技術委員長がどうネゴシエイトするのか、責任は重大である。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。