「まさか、お金がないと思われた...?」家族ぐるみの席で、資産家夫婦が放った屈辱の一言
マンネリな毎日に飽き飽きしていた海野美希(36)は、夫(38)の提案で、彼の学生時代の友人2家族とランチを共にする。
ランチがおおむね和やかなムードだったこともあり、「次回は我が家でBBQを」と山本家と日向家を誘った美希。だが、当日現れた山本の妻は、BBQへの参加を全力で拒むかのような真っ白なワンピースを身にまとっていた。
山本家の妻・麗子の不愉快な態度に「今後のお付き合いは控えたい」と感じた美希。
―このメンバーで、ハワイ旅行…!?
夫・誠の衝撃的な言葉は、まるで咀嚼の足りない食べ物のように喉につかえ、すんなり飲み込むことができない。
たった今「しばらく付き合いを控えたい」と考えていた美希にとって、誠の宣言はあまりに突然すぎた。
子供たちの遊ぶ声でざわめいていたパーティールームに、一瞬の沈黙が訪れる。その沈黙をはじめに打ち破ったのは、娘の真奈の歓声だった。
「パパ、ほんと!?やったー!みんなで旅行、行きたい行きたい!」
「おう、真奈!大志くんのパパが、ハワイにお家を持っているから全員そこに泊まっていいって。楽しみだな〜!」
一緒にお泊まりができることを聞いた子供達は、互いに顔を見合わせて喜び合っている。
誠はその様子を見て満足そうに微笑むと、胸を張り自慢げな様子でBBQテラスへと戻ろうとした。
「ちょ…ちょっと待って、誠くん!」
茫然自失としていた美希だったが、去り行く誠の背中を見てハッと我に返った。
そして慌てて夫の側に駆け寄ると、その袖口を引っ張ってパーティールームの隅へと誘導し、小さな声で問い詰めたのだった。
声を潜めていたのに...目撃されてしまった、一番見られたくない姿
「ハワイって…そんな大切なこと、なんで私が居ない間に勝手に決めるの?休みだって取れるか分からないじゃない!」
子供たちに不穏な気配が伝わらないよう、精一杯ボリュームを抑えた。しかし声に焦りと非難が滲んでしまうのを止めることができない。
だがそんな美希の詰問に対し、誠の態度は拍子抜けするほど鷹揚なものだった。
「いや、夏にどこか行きたいねっていう話になってさ。日向のハワイの別荘に行こうってことになったんだよ。お前の部署、夏休みは7月推奨だし、勤続10年のリフレッシュ休暇の消化期限今年までだっただろ?俺もこのGWに休日出勤した分の振替が多分7月にできるから、色々ちょうどいいと思って」
誠の言葉に、美希は頭を抱えた。同じ会社で働いている誠には、美希の休暇のタイミングなどもお見通しなのだ。仕事を休めないことを言い訳にはできそうにない。
―できれば山本家と日向家が帰ってから切り出したかったけど…待ってはいられない。正直な気持ちを伝えなくちゃ…!
美希は深いため息を一度吐くと、ゴクリと唾を飲み込む。そしてひそめていた声のトーンをもう一段階落とした。
「あのね、誠くん…。この前は『皆さんとってもいい人だから、もっと仲良くなりたい』って言ったけど…」
しばらく付き合いを控えたい。今、伝えなければ。今この旅行を阻止しなければ、この集まりは今度こそ定期的かつ継続的なものになってしまうだろう。
しかし、美希が意を決して真剣に話を切り出したというのに、肝心の誠の視線はあらぬ方向を向いている。
「ちょっと誠くん、ちゃんと聞いて!!」
美希は、イラつきを隠せないまま誠の視線の先を追う。
そして次の瞬間…美希の心臓は弾け飛びそうなほどに大きく脈打った。
パーティールームの入り口に、こちらをジッと見つめる日向夫妻の姿をみとめたのだ。
「ひゅ、日向さん…どうされたんですか?」
しどろもどろになりながら、美希は恐る恐る日向夫妻に話しかけた。
慌てる美希の様子を見て、千花が心配そうに夫の達也を見つめる。日向達也は妻の視線に「うん」と小さく応えると、ゆっくりと美希の方へと近寄ってきた。
「美希さん、もしかして…ハワイ、行きたくないですか?」
そう問う日向達也の顔は、心の底から心配そうだ。
これまで2回の付き合いで、日向達也だけは常に紳士的で親切だった。そんな日向の気を揉ませる気はなかっただけに、美希の胸がにわかに痛む。
「いえ、あの…そういうわけじゃないんですけど…なんていうか…」
頭の中が真っ白になる。
「あなたたちとは旅行に行きたくないんです」なんて言えるわけがない。もし正直に言ってしまったら、夫が長年培ってきた友情にヒビが入ること必至...。
しかし逡巡する美希に、次に日向が放ったのは、全く予想だにしないセリフだった。
日向達也は邪気のない澄んだ瞳で、いつものように純粋な親切心の滲む声で、美希に囁く。
「あの…。お金のことなら、大丈夫ですからね」
全く言葉が通じない。資産家夫妻からかけられた、衝撃の言葉
瞳に誠実な光を煌めかせながら、日向達也は言葉を続ける。
「別荘なんて大げさに言ってますが、僕の祖父が建てた古いものですし、部屋数こそあれど寝泊まりできる最低限の設備しかないんです。なので…宿泊代なんかはいただきませんから」
全く予期していなかった言葉をかけられた美希は、一瞬どうしてそんなことを言われたのか理解できずに放心してしまう。
そして一呼吸置いた後、やっと日向の言葉の言外に込められた意味を察知したのだった。
―私が、海外旅行代を出し惜しんでいると思われた…?
強い日差しにあてられたかのように、美希の顔がカッと熱くなる。
日向夫妻は、ただならぬ様子で誠に詰め寄る美希の様子を見て、美希が旅行に乗り気では無いことを察知したのだろう。
だが、まさかこんな風に憐憫じみた言葉をかけられるなんて…あまりにも見当違いな説得だった。
過去に誠から聞いた話では、確か日向夫妻はどちらもK大学の内部生で、両家ともに資産家。そんな日向夫妻からしてみれば、子供を産んだ後も正社員として働き続ける美希の姿が物珍しいのかもしれない。
しかし大手不動産会社のダブルインカムを有する海野家の世帯収入は決して少なくないし、そもそも美希が正社員として働いているのは純粋に仕事をしている方が自分の性に合っているからなのだ。
間違っても、こんな言葉をかけられる立場ではないはず。それとも資産家の日向夫妻からしてみたら、我が家の財政事情は憐憫の対象として映るのだろうか?
「マジで!?ラッキー!じゃあ航空券だけ用意すればいいじゃん。ホラ美希、行かない理由ないだろ」
鈍感な誠は自分たちが憐れまれたことなどには微塵も気づかず、のんきに喜んでいる。
美希は胸の中に渦巻く惨めな感情を抱えきれず、途方に暮れた。
「いえ…ありがたいお申し出ですが、そういったことを心配しているんじゃないんです。ただ…」
やっとのことで口を開いた美希を心配そうに見つめながら、日向は言葉の続きを待っている。
美希は煮詰まったコーヒーのような苦い気持ちをやっとの思いで飲み下すと、この場を丸く収めるための言葉を必死に作り上げた。
「ハワイ旅行はとっても魅力的なんですけど、今年の夏はもう過ごし方を決めていたものですから。...誠くん、真奈も大きくなってきたし、今年こそキャンプにチャレンジしようって言ってたの忘れちゃったの?ホラ、大分前に約束したじゃない」
「う〜ん、そうだったっけ?そういえばそんな話した気もするけど…」
お門違いの同情心から逃れるための苦し紛れの嘘だったが、誠の適当さのおかげで思いがけず信憑性が増す。
慎重な眼差しでやりとりを見ていた日向は、やっと納得が行ったのだろう。ホッと胸を撫で下ろしながら言った。
「なんだ、そうだったんですね!もしかしてハワイがお気に召さないのかと思って…。無理に来ていただくのでは申し訳ないと、千花と心配してしまいました」
そして、下がりきっていた眉尻を晴れやかに持ち上げると、俳優のように爽やかな笑顔で言葉を続ける。
「じゃあ、美希さんのご希望通り…夏の旅行はハワイではなくてキャンプにしましょうか!」
孤独な人間関係の中でも、夫は唯一の味方。の、はずだったのに…
「!?」
予想外の言葉に、美希はまたしても言葉を失った。
そんな美希の様子には気づかず、日向は安堵に満ちた健やかな表情で妻の千花に声をかける。
「千花。美希さんはハワイが嫌なんじゃなくて、キャンプに行きたかったんだって。河口湖の方の別荘、たしか7月は誰も使わないって言ってたよね?」
「うん、お義父様とお義母様は今年の夏はイタリアっておっしゃってたから、大丈夫じゃないかしら」
千花は、手入れの行き届いた指先でスマホを操作し予定を確認すると、くりくりと丸い目をしばたたかせながら答えた。
なぜ、こうなってしまうのか。またしても、事態は勝手に進んでいってしまう。まるでコントロールを失った船のように流されていってしまうのだ。
美希はそれでもこの流れに抵抗しようと、誠に念を込めた目線を送る。だが誠はそんな美希の視線を察するどころか、飛び上がらんばかりに誰よりも興奮しているのだった。
「おお〜、日向の河口湖の別荘、学生時代はラグビー部みんなでよく行ったよな〜!ハワイもいいけど、せっかくこのメンバーが集まったんだから、そっちの方が懐かしくて面白いかもな!」
河口湖でのキャンプに乗り気になってしまった誠は、大きな体をボールのように弾ませてBBQテラスの方に駆け出して行く。そして何やら山本夫妻と話し込むと、慌ただしくまたパーティールームへと戻り少年じみた笑顔を見せた。
「山本もOKだって!じゃあさ、6月にまたうちで集まって作戦会議しようぜ!」
美希は、目の前に広がる景色が暗くなるのを感じた。
もはやこの流れを止めるためには、夫への遠慮を今すぐ打ち捨て、声を大にしてNOを主張するしかないだろう。
だが、美希にはできない。
家族を愛し、常に誰とでも仲良くするように言われながら育ち、同じことを常日頃から娘に説いている美希には、到底できることではなかった。
美希は、絶望にも似た暗闇の中で覚悟を決める。
―あと、2回。作戦会議とキャンプの、あと2回だけ頑張ろう。それだけにこやかにやり終えたら、その時こそは誠くんに本音を打ち明けて、もう少し薄いお付き合いにしてもらうんだ…。
失望すると同時に落とした視線の先で、子供達の遊んでいたパズルがいつの間にか完成しているのが見えた。ノアの方舟のフレームには、様々な種類の動物のピースが、容赦ないほどに隙間なくはめ込まれている。
沈みゆく陰鬱な世界から、新天地へと向かう箱舟。そこに押し込まれていた異種の動物たちは、一体どんな気持ちだったのだろう。
美希の世界を呑み込む嵐は、すでに始まっていた。箱舟は漂い始めていた。
激流の中を流される、家族ぐるみという箱舟。
そこから途中下船することは…
決して、許されないのだ。
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