プリマハム基礎研究所の岡田さんは、微生物で工場のゴミを減らす研究をする(撮影:筆者撮影)

プリマハムの茨城工場は、排水処理過程で出るゴミ“余剰汚泥”を肥料に変え、売却している。これにより、産業廃棄物処理業者に委託していたコストが不要となり、処理コストは3分の1に減り、年間およそ100万円の売却益を出している。

この仕組みづくりに携わったのが、プリマハム開発本部・基礎研究所の岡田幸男(おかだゆきお)さん。入社後に微生物の研究をはじめ、すっかり微生物の魅力に引きつけられてしまった。微生物は目に見えないが、あらゆる場所で活躍している。食中毒の原因も微生物なら、水をきれいにしてくれるのも、ゴミを減らしてくれるのも微生物なのだ。プリマハムのゴミを減らす取り組みのほか、微生物研究の魅力とは何かを聞いた。

工場から出るゴミ“余剰汚泥”を肥料に変えて売却

――排水処理の過程で出る“ゴミ”を肥料に変え、売却できるようにしたということですが、どうしてこの研究をすることになったのですか?

入社6年目に「環境」について研究しろと言われました。具体的にこれをやりなさいということはなく、環境にいいことをということでした。そこで、工場から出るゴミを調べると、ワースト3が「余剰汚泥(おでい)」「動植物性残渣(ざんさ)」「廃棄プラスチック」だったんです。さらに調べると、余剰汚泥は肥料にできるということがわかりました。

――余剰汚泥とは、どういったものですか?

排水処理の過程で出る産業廃棄物です。プリマハム茨城工場はハム・ソーセージの生産が中心で、機械の掃除や肉の解凍などに大量の水を使います。使った水には、たんぱく質や脂分などの肉の汚れが含まれます。それを浄化槽で処理をして、きれいにしてから河川に放流しています。


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水をきれいにする過程では、微生物が活躍しています。空気を送ると、水の中にいた微生物が元気になって、汚れをむしゃむしゃ食べ始めます。食べたあと、微生物は死んでしまい、死骸が沈殿します。それが余剰汚泥です。茨城工場の汚泥は微生物の固まりで、植物が育つために必要な栄養が豊富に含まれていたんです。


プリマハム基礎研究所は、生産工場と同一敷地内にある(写真:筆者撮影)

――その余剰汚泥を、以前はどのように処理していたんですか?

余剰汚泥は、いわば泥水の状態です。そのまま廃棄するのは、水を捨てるに近い状態ですから、プレスして濃縮・脱水します。その後は、産業廃棄物として有料で業者に引き取ってもらうことになります。茨城工場では2007年度には年間1507トンの汚泥を排出しましたが、産業廃棄物としての余剰汚泥はゼロにできました。

――そういった取り組みは、コストが合わないことが多いと聞きますが、採算は取れているのでしょうか?

茨城は都心に近いので、ゴミ処理費用が高かったんです。そのため茨城であればペイしています。コスト面にはやはり課題があって、弊社の全工場で導入できているわけではありません。

「こうなったらいいな」は微生物にやってもらう

――ワーストの2つ目「動植物性残渣」を減らす研究もされたそうですね。そもそも「動植物性残渣」とはなんでしょう?

弊社の場合はほとんどが肉です。肉製品を生産する過程で出てくるゴミのことです。ソーセージ類も作っているので、とんかつ用の肉を作るような工場よりは少ないはずなんですが、それでも大量に出ます。仕損品なども含まれます。

――その肉のゴミは、どうやって減らすのでしょう?

私は食中毒の原因となる菌を増やさない研究など、微生物を専門にしていました。ですので、排水処理と同じで、微生物に食べさせればいいんじゃないかと考えて、生ごみ処理機を量販店で買ってきて試しました。けれども、まったく減らなかったんです。

――生ごみ処理機は、肉やソーセージを処理できないんですか?

いろいろ調べていくと、肉だけを分解するのは、なかなか難しいことがわかってきました。通常家庭から出る生ごみは、ご飯、野菜などいろいろな素材が入っていますが、工場ではほぼ肉のみです。そこで、自然環境中から優秀な微生物を探してくればいいと考え、全国各地を探しました。

――全国各地を探すというのは、どういった作業になるんですか?

どこかへ出掛けたときに気になる場所があれば土を取ってきます。あと、弊社は北海道と鹿児島にも工場があるので、全国から人が集まってきています。帰省する際に土などを持って帰ってきてほしいと頼んだところ、みんな熱心に探してきてくれました。

場所によって存在している菌は、まるで違うんです。肉眼では見えないのに、さまざまな特徴をもつ微生物が至る所で活躍しているんですね。ですので、見つかっていない有能な微生物はまだいっぱいいると思います。

私はこの仕事に携わってから、微生物が面白くて、今もずっと探しています。2年くらい前までは、いつでも土を持ち帰れるようにと、袋を持ち歩いていました。

――微生物は顕微鏡で見ただけで、さかなクンが魚の品種を特定するかのように、種類がわかるものなのでしょうか?

わかりません。多少はわかりますけど、何に効果があるのかはわかりません。人間と一緒で、微生物も生き物なので、似たような菌でも能力がまったく違うことがあります。

微生物は、“日本人”のようなくくりの“属”があって、その下に種、亜種などいろいろあるのですが、その分類だけでは話はできません。属はこういうものだとは考えてはいけないんです。日本人であっても、親戚であっても、兄弟でも個性は違うじゃないですか。株という言い方をするんですけども、そのレベルでいい菌がいないか探します。

――では、集めてきた数百、数千の微生物を、どうやって調べるのでしょうか?


肉を分解する微生物の他、油が多い排水をきれいにする微生物も商品化につなげた。

例えば人間であれば、速く走るやつが欲しいなら一斉に走らせて、タイムのいいやつを取る、いわゆるスクリーニングと呼ばれる手法ですけれども、そうやって優秀な微生物を選抜します。

肉を分解する微生物が欲しいという場合、肉を分解させるのは大変なので、その前に、タンパク質を分解する能力があるかを調べます。それは簡単な実験でわかります。

タンパク質を寒天培地に溶かし込んで、微生物を置きます。しばらくすると、タンパク質を分解できる微生物なら透明になってきます。肉は主にタンパク質と脂肪なので、脂肪を分解する能力があるかどうかも見ます。最初は、そういうふうにして選抜します。

1次、2次試験…すべてのハードルを越える微生物を探す

――1次試験を突破した微生物に、また次の試験をやらせて、選抜していく感じなんですね。

次のハードルは、フラスコにおがくずのようなものと、肉をちょっと入れて分解させました。分解されると、水とか二酸化炭素が発生するので、ビシャビシャになるんです。こういったところを観察して、さらに選抜します。

次に試験管での試験です。食肉製品は塩が入っていますが、微生物は塩は分解しません。塩が多いと一般的には微生物は増えられないのですが、塩の濃度が高くなっても増えられる微生物を探します。試験管でpH(酸性・アルカリの程度)や、塩の濃度、培養温度を変えたものなど条件をつけて、それでも乗り越えて増える微生物を選びました。

最終的に5株まで選んだあと、実機の家庭用の生ごみ処理機とか、業務用の生ごみ処理機で本当に肉を分解するかを確認しました。この微生物を商品化して、生ごみ処理機メーカーなどに売っています。

――肉を分解する微生物を見つけたときの感動はひとしおだったのではないですか?

私どもは肉屋なので、微生物の研究は手探りでした。ですので「こんなものかな?」という感覚で感動はありませんでした。それよりも、感動したのは「買ってくれる」と言われたときですね。研究所なので、営業もいません。自分たちで営業に行くのですが、不慣れなんです。モノを売るって、作るのも大変ですけど、売るのも大変なんだなというのがよくわかりました。

「微生物は裏切らない」実験結果が仕事の楽しみ

――ワーストの3つ目「廃棄プラスチック」ですが、これは対策できたのでしょうか。


「微生物は裏切らない」という岡田さん(写真:筆者撮影)

プラスチックを微生物で分解することは難しいです。ですので、クリアファイルに再生してみました。コスト的に考えて宣伝効果しかありませんが、どのゴミを使うか、何を作るか、デザインはどうするかなど、全部自分たちで考えて、やらせてもらえました。恵まれている業務だなと思います。

プラスチックは今後の課題です。今まで行ってきた「環境」への取り組みは、今後はSDGs(エスディージーズ:豊かさを追求しながら地球環境を守るための国際目標)に広げていかなくてはなりません。今は、そこに向けて検討しています。

――研究職の楽しさは、どういうところにあると思いますか?

微生物の実験は、すぐに結果は出てきません。結果が出る日は、会社に行くのが楽しみになります。研究という仕事のいいところは、自分が興味を持っていることを会社に来て確認できることにあると思います。

核となる実験結果が出るときは、出社して真っ先に実験室に行きます。仕事ですから、雑務などはおもしろくないと感じることもありますが、実験結果は、誰の干渉も受けずに、結果は結果として出てきます。微生物は裏切りませんから。

「御社のオタクを紹介してください」というこの連載。「オタクといえるほどでは……」と謙遜する方も多いのだが、岡田さんもそのひとり。ただ「仕事を楽しんでいる人に話を聞いている」と伝えたところ「それだけは自信があります」と応じてくれた。何をやってもいいと言われる反面、肥料を作る研究も、生ごみ処理機用の菌を探す仕事も、当初はゼロからのスタートだったそうだ。裁量がある仕事をどうやって楽しむか、岡田さんの働き方は間違いなく参考になる。