2019年4月、ホワイトハウスでの演説で5Gの普及に意欲を示したトランプ大統領(写真:UPI/アフロ)

「アメリカは、5Gの競争に勝たなければならない」

4月にホワイトハウスで開かれた5G(第5世代移動通信)のイベントで、トランプ大統領は力を込めた。5Gをめぐって各国がしのぎを削るなか、とりわけアメリカと中国の攻防は、日本を含む他の国々を巻き込んだ覇権の争奪戦へと拡大している。

なぜか。次世代の国際通信規格である5Gは、これまでのような通信だけではなく、さまざまな産業の分野で革命的な変化をもたらすといわれている。

イギリスの調査会社IHSマークイットは、5Gの経済効果が2035年までにグローバルで12兆3000億ドルにのぼり、5Gのバリューチェーンにより2200万人の雇用が創出されると試算している。技術開発や商用化などで先行すれば、この巨大な市場を制することができる。そして、それは経済上も安全保障上も国益にかなう。


東洋経済では、年2回『米国会社四季報』を刊行している。最新号となる2019年春夏版では、アメリカの主要大型企業で構成されるS&P500指数銘柄と新規公開銘柄、編集部が厳選した成長期待の高い新興企業など計665社の最新情報のほか、日本の証券会社で購入することのできるETF(上場投資信託)270銘柄の情報も掲載している。

このところ、日本でも米国株に関心を持つ投資家が増えてきているというのが実感だ。長期的な経済成長率や人口動態などを総合的に判断すれば、日本株だけを投資対象とするよりは、世界一の経済大国であるアメリカの株式をポートフォリオに組み入れることは理にかなっている。しかし、一部を除き個別企業の情報はまだまだ日本では不足しているのが実情だ。

そこで今回は、世界の最新の注目テーマを取り上げ、それに関連するアメリカの主要企業の情報について、連載で紹介していく。第1弾となる本稿では、5Gについて取り上げることにする。

「超高速・大容量」は実用段階に

あらためて5Gとは何か。5Gは第5世代となる国際的な通信規格のことで、「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」という3つの特徴を持っている。

まず「超高速・大容量」についてみると、最大通信速度は、現在の4Gでは毎秒1Gbps(ギガビット)だが、5Gでは毎秒50Gbpsまで速くなる。約2時間の映画のダウンロード時間で比較すると、4Gでは約5分かかるのに対し、5Gでは数秒で済む。

「超低遅延」は、遠隔地間の通信におけるタイムラグが4Gの10分の1程度となる。ロボットなどを使った生産制御や医療などへの活用が期待される。3つ目の「多数同時接続」は、同時接続できる機器の数が4Gの100倍に増える。これにより、あらゆる機器がネットワークにつながるIoTがさらに加速することになる。

これら3つの特徴のうち、「超高速・大容量」がまず先行して実用化されることになるので、本稿ではここで注目される企業について取り上げることにしたい。


代表的な5G関連銘柄の株価推移


5Gで真っ先に動いたのはベライゾン・コミュニケーションズ(VZ)。昨年10月にロサンゼルスなど一部の都市で「5G Home」という家庭向け5Gサービスを開始。そして今年4月、今度はシカゴとミネアポリスでスマホの5G商用サービスを開始している。

地域通信会社だったベル・アトランティックが2000年にGTE社を買収して誕生した会社で、傘下のベライゾン・ワイヤレスが展開する携帯事業が売上高の7割を占める中核事業となっている。

2015年にネットサービスのAOL、2016年にはアメリカ・ヤフーを買収するなどネットワーク事業も手がけている。4G LTEで先行した同社は、現在全米3億2650万人と人口の98%のエリアをカバーしている。5Gでも先行しており、5G関連を含めた設備投資額は2018年が169億ドル、2019年も170億〜180億ドルを見込んでいる。

対するAT&T(T)も、2018年12月からアトランタやヒューストンなど12都市の一部で5Gモバイルサービスをスタートさせている。2019年前半には、さらにラスベガスなど7都市の一部にも拡大する予定だ。

同社の前身はグラハム・ベルが設立したベル電話会社で、かつては電話事業を独占していた。現在は、電話事業のほかブロードバンドサービスも展開し、アメリカ国内ではベライゾンと2強体制となっている。

2015年に衛星放送のディレクTVを買収し、翌2016年にストリーミングサービスを開始、2018年には司法省との法廷闘争の末、タイム・ワーナーを買収するなど、コンテンツやメディア事業にも注力している。

携帯事業者も5G対応を進めている

携帯事業者も準備を急いでいる。全米で携帯3位のTモバイル(TMUS)は、2019年中の商用化を目指し、600MHzという低周波帯のネットワーク構築を進めている。

同社の資料によると、このネットワークは2019年3月時点で約3500市町に達しており、2020年には全国ネットワークが利用可能になるという。同社は今年1月、インテルやスウェーデンのエリクソンと共同で600MHz帯を使った5Gのデータ通信とビデオ通話実験に成功したと発表している。

同4位でソフトバンク傘下のスプリント(S)も、5月よりアトランタやヒューストンなど4都市で5Gサービスをスタート、さらに2019年前半のうちにニューヨークやワシントンなど5都市でもサービスを開始するとしている。

この両社は2018年4月に合併で合意したものの、競争が阻害される恐れがあるなどの理由からアメリカ連邦通信委員会(FCC)や司法省などが厳しい審査を続けている。両社は合併によるシナジーを生かすことで、5Gなどの分野で2強と伍していきたいとの思惑もあるが、ここにきてニューヨーク州など10の自治体が合併差し止めの訴えを起こすなど、先行きは不透明な状態にある。

5Gのサービスを利用するためには、対応する機器が必要になる。まずは5G対応のスマホが最大のハードウェアとなるだろうが、その心臓部の半導体で優位に立っているのがクアルコム(QCOM)だ。携帯端末用のCDMA(符号分割多重接続)方式の開発で成長し、スマホ向けの画像処理技術でも世界トップの地位にある。

アップルとの2年以上にわたる知財紛争が続いてきたが、今年4月、アップルがすべての訴訟を取り下げ全面和解が成立。併せて特許のライセンスやクアルコムからアップルへの半導体供給などが新たに合意されたと伝えられた。クアルコム側から見れば全面勝利であり、その後株価は急騰した。

すでに韓国サムスンなどが5Gスマホを発表しているが、そのほとんどがクアルコムのチップを採用している。さらに、5月には同社の5G対応チップとモデムを搭載した台湾レノボ製の世界初の5Gパソコンを発表するなど勢いは加速している。

対するインテル(INTC)は、アップルがクアルコムとの係争終了を発表したその日、スマホ用の5G対応半導体の開発から撤退すると発表。今後はPC向けやネットワークインフラ向けなど強みを持つ分野に集中することになる。

半導体では回路の変更が可能なプログラマブル・ロジック・デバイス分野のトップ企業、ザイリンクス(XLNX)も注目だ。日本を含むアジア地域での拡大が続く同社は、2月に韓国サムスン電子と5G NRの商用展開に向けた提携を発表、韓国を皮切りに世界各国で展開すると発表した。

データ通信の制御で注目が集まる企業

5Gの「超高速・大容量」のデータ通信を制御するには、それに対応したネットワーク接続のための技術や製品が欠かせない。こうした通信機器のトップ企業がシスコシステムズ(CSCO)だ。ネット接続用のルーターやスイッチでは圧倒的なシェアをもち、サーバーやデータセンターなど関連製品も手がけている。直近はM&Aを駆使し、セキュリティーやソフトウェアなど関連する成長市場も積極的に取り込んでいる。

ユビキティ・ネットワークス(UBNT)も、ルーターやアンテナ、スイッチなど事業者向けから家庭用までネットワーク機器の製造・販売を手がけている。2018年6月期の売上高は10億ドル程度と規模は小さいが着実に成長、5G関連として注目され株価も大きく上昇した。

もう1社、ネットワーク関連ではシエナ(CIEN)も注目株の1つだ。基地局とデータセンター、あるいはデータセンター間など光ネットワーク接続のための伝送装置やソフトウェアに強い。ただ、ユビキティ・ネットワークスとシエナの両社は『米国会社四季報』(2019年春夏版)では掲載対象にはなっていない。

5G関連銘柄というと、専門家ではない素人は、どうしてもスマホやPC、ネットワーク機器とそれらを構成する半導体やデバイスなどがイメージされるものだ。しかし、これだけの大きなインパクトのあるテーマでは、関連分野はそれだけにとどまらない。

5Gでは前述のとおり、5Gに対応した専用のデバイスが開発されている。また、ミリ波というこれまでモバイル通信では使用されてこなかった周波数帯が活用される。こうした場合、各種デバイスの機能からネットワークの接続まで、確実に実用化につなげるまでにはいくつものテストが必要になる。こうしたテストのための計測機器やソフトウェアを提供しているのがキーサイト・テクノロジーズ(KEYS)だ。

同社は、ヒューレット・パッカードの電子計測や化学分析などの事業を分離して誕生したアジレント・テクノロジーから2014年11月にスピンオフして誕生。その後2017年に同業のイクシア買収により、ソフトウェアのラインナップが大幅に強化されている。

大容量データがやり取りされる5Gでは、より強固なセキュリティーが求められる。ファイアウォール製品を展開するパロ・アルト・ネットワークス(PANW)は、クラウドベースのマルウェア検出・分析技術などを搭載した次世代型で急成長した企業だ。

基地局を多く保有する企業にも注目

5Gでは複数の周波数帯の電波が活用されること、そして新たにミリ波と呼ばれる高周波帯の電波が加わることは先に述べた。このミリ波は大容量データの伝送には適しているが、その代わりに電波の飛ぶ距離が短くなる。そのため、5Gでは電波を中継するためのセルと呼ばれる小型の基地局が多数必要になる。こうした通信の基地局やインフラを保有している代表的な企業がアメリカンタワー(AMT)やクラウンキャッスル(CCI)だ。

前者はアメリカ国内に4万1000施設、グローバルベースで約13万施設を保有し、通信放送用のタワーや基地局、アンテナシステム、屋上空間などのリース、関連サービスを提供している。同社はこの5月に、アフリカで約5500の通信サイトを保有・運営する企業を買収すると発表している。後者は4万以上の無線通信用タワーのほか、6万5000以上の小型セル、それらをつなぐ7万マイル以上の光ファイバーネットワークを保有している。

ただ、両社ともにREIT(不動産投資信託)であり、『米国会社四季報』(2019年春夏版)では掲載対象になっていない。また売買できる証券会社も限られているので、注意が必要だ。

5Gは経済的、社会的インパクトが大きく、本稿で紹介した企業だけでなく、今後も関わる企業は増えてくることが予想される。今のところ通信やIT関連を中心とした事業展開にとどまっているが、あらゆる産業に広がっていくことが予想される。異業種間での協業・提携なども一部では動き始めている。5Gをめぐる動きからますます目が離せない。