久保建英はレアル・マドリーへの移籍が決まった【写真:Getty Images】

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「大会に集中したい」久保は雑音をシャットアウト

 コパ・アメリカ2019が開催中のブラジルが騒がしくなっている。日本代表の久保建英がレアル・マドリーへ移籍すると発表され、各国メディアが「クボ」を追い始めた。日本サッカー界の至宝はいかにして世界的名門で道を切り開けるのか。過去に例を見ない移籍劇を、コパ・アメリカ取材中のスペイン人記者たちに読み解いてもらった。(取材・文:舩木渉【ブラジル】)

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 レアル・マドリーが久保建英を獲得。新シーズンに向けて、まずはBチームにあたる「カスティージャ」に加入することが決まった。そのニュースはスペインや日本のみならず世界中を駆け巡り、もちろんブラジルの地にも届いている。

 久保は現在、日本代表の一員としてコパ・アメリカに参戦中。その初戦に向けた準備を進める過程でマドリー移籍が決まり、14日の練習にはスペインなどの大手メディアも数多く姿を見せた。そして誰もが「クボ」と口をそろえる。

 一方、取材に応じた当の本人は「大会に集中したいので、大会終わるまでは大会のことだけしか答えないです」と、自らの意思をはっきり示した。周囲の喧騒に惑わされず、常に自分を失わない久保の精神的な強さは南米においてもたくましい。

 とはいえ注目を集めるのも致し方ないか。今大会に参戦している「レアル・マドリーの選手」はブラジル代表のMFカゼミーロとDFエデル・ミリトン、ウルグアイ代表のMFフェデリコ・バルベルデ、そして日本代表の久保の4人だけ。Bチーム所属とはいえ、彼らと同列に並ぶ存在になったということである。

「今朝になって久保がレアル・マドリーへ移籍することが決まって、練習に行って久保のコメントを取れれば取ってきてほしいと僕の上司から話があった」と明かしたのは、スペインの通信社『EFE』から派遣されたジェラール・ソレール記者だ。

 もともと17日の日本対チリを取材予定だったというソレール記者は、「彼のような若手選手の移籍がこれだけ大きく報じられているのは、ちょっと驚いた」ともいう。だが、「久保が“ジャパニーズ・メッシ”と呼ばれているのは誰もが知るところだけれど、今回のマドリー移籍が大きなニュースになったのは、彼がそれだけ大きな期待を背負っているということを示している」とスペインでのメディアでの扱いの大きさの妥当性を分析していた。

 ただ、バルセロナ出身の選手が宿敵であるマドリーに移籍するという意味で、過去の似たケースとは性質が違うとも見ている。

「久保のケースは、一般的な“禁断の移籍”とはちょっと違う。彼がバルセロナにいたのは子供の頃だった。バルセロナの人たちは裏切りだと感じるかもしれないけれど、スーパースター級の選手たちとは性質が異なる。確かにバルセロナとマドリーの関係は“シビル・ウォー”、つまり2都市間の内戦のようなものだけれど、久保がプレーしていたのは下部組織にすぎない。マドリーでもそうなる。ルイス・フィーゴやルイス・エンリケのように、大人になってからの移籍とは異なるものだと思う」

ヴィニシウスに似ている? マドリーの難しさ

 歴史を紐解けばフィーゴやルイス・エンリケをはじめ、バルセロナとマドリーの両方のトップチームでプレーした経験を持つ選手はわずかながら存在する。一方、両チームの下部組織に在籍経験を持つ選手はさらに多くいるのも事実だ。トップチームでなければ“禁断の移籍”とまでは言えないという分析も理解できる。

 そんな中でソレール記者が、「近年の久保に似たケース」として挙げたのはヴィニシウス・ジュニオールだった。昨夏、18歳になってブラジルのフラメンゴからマドリーのBチームに加入し、結果を残してすぐさまトップチームでも出番を得るようになったドリブラーである。

「ヴィニシウスはすぐにトップチームでプレーするようになって、スタメンにも名を連ねるようになった。日本人選手が若いうちにスペインのトップリーグでプレーする例は多くないし、実現すれば素晴らしいニュースだと思う」

 マドリーのBチームからトップチームへ昇格することの難しさは世界屈指だ。近年の例を見ても、カスティージャから巣立ってスター軍団の中に定着したのは、カゼミーロ、ダニ・カルバハル、ナチョ・フェルナンデス、ルーカス・バスケス、フェデリコ・バルベルデ、セルヒオ・レギロンくらいで、在籍した選手の数から考えると極めて狭き門であることは明らかだろう。

 しかも、カルバハルやL・バスケス、バルベルデ、レギロンはレンタル移籍を活用して他クラブでの武者修行を経験している。久保がプレーすることになるカスティージャからトップチームに直接昇格したのはナチョが最後。16歳の頃、鳴り物入りで迎えられ破格の条件を生かしきれなかったノルウェー代表MFマルティン・ウーデゴーもレンタル生活が続き、ヴィニシウスですら今季はカスティージャ登録のままで、新シーズンはレンタル移籍で放出される可能性が取りざたされている。

「久保にとっては簡単ではない状況」

 久保はとてつもない壁を乗り越え、トップチーム昇格のチャンスを掴めるのだろうか。ソレール記者の見解に「ヴィニシウスとは違う」と異を唱え、18歳の日本人ファンタジスタが極めて困難な道を進むことになると見ている者もいた。スペイン最大手『マルカ』紙から派遣されてきたアルバロ・オルメド記者がその人だ。

「マドリーはヴィニシウス獲得のため、フラメンゴに対し4000万ユーロ(約50億円)を支払った。これと久保の場合とでは状況が全く違う。他には今夏、サントスからマドリーへの移籍が決まっているロドリゴ・ゴエスには、さらに4000万ユーロを費やしている。ロドリゴも1年目はカスティージャでプレーすることになると思うけれど、久保にとっては簡単ではない状況で、かなり厳しい立場に置かれる可能性もある。すぐにトップチームでプレーするのは難しいだろうね」

 オルメド記者は、久保の移籍について取引の詳細も踏まえて「簡単ではない」と分析する。すでに公式情報とした明かされているように、FC東京と久保の間で結ばれた契約は彼の18歳の誕生日である2019年6月4日まで。そのためマドリーは久保獲得に移籍金を支払う必要がなく、その分年俸は120万ユーロ(約1億5000万円)と比較的高額になったが、将来的なマーケティング面での価値も考慮すればリスクは小さいという。

 つまり高額な移籍金を支払ってまで獲得した選手は、将来的に売却するにしても市場価値を上げるために積極的に起用していくことが望ましく、ヴィニシウスはそういった背景もあって積極的にチャンスを与えられ、そこでしっかりと結果を残してさらに上のレベルへと駆け上がった。ロドリゴにも同様の扱いが求められる一方で、久保には結果を残すことへの要求は高くとも起用する側に制約は少ない。

 Bチームの選手としては「高額」と思われがちな年俸も、マドリーであれば異例とは言えないとオルメド記者は言う。「あのクラブはクレイジーだから、マドリーのカスティージャでも30万ユーロ(約3600万円)や50万ユーロ(約6000万円)を受け取っている選手は珍しくない」とのこと。確かに近年では先述のウーデゴーや、現在トップチームに在籍するマリアーノ・ディアス、レバンテにレンタル中のボルハ・マジョラルといった選手はかなり高額の給与を受け取っていることで知られていた。

鍵になるのはラウール監督!?

 では、久保の将来はどうなるのだろうか。トップチーム昇格は見えてくるのか? あるいはレンタル生活になるのか? はたまた別のクラブでキャリアを築くことになるのか? オルメド記者は来季からマドリーのカスティージャを率いる予定のラウール・ゴンザレス監督の存在が重要になると見ている。

「久保のトップチーム昇格が確約されているかはわからない。1年目はカスティージャでプレーして、次のシーズンはトップチームに昇格するか、レンタルで他のクラブに移籍するかではないだろうか。例えばラ・リーガ1部のどこかとかね。そういう可能性は久保にも十分にあると思う。もし僕が彼だったとしたら、2年目はレンタルに出る方を選ぶ。そっちの方がマドリーに残るより賢明だと思うよ。

カスティージャでライバルになるのはホルヘ・デ・フルトス、クリスト・ゴンザレスあたりだろう。でもクリストは夏の間に出ていくと思う。おそらくはレンタルで1部のクラブに移籍する。そしてブラジルからやってくるロドリゴは久保がプレーする上で最も強力なライバルの1人になるかもしれない。

ラウールが監督になったら、カスティージャがチームとして久保に合わせるのではないだろうか。右サイドでも左サイドでもプレーできるし、クラブは彼の能力をそれくらい高く評価していると思う。もう1つの理由としては、あのチームは他とは全く違うということが挙げられる。毎年選手が大量に入れ替わることもあって、システムをその時にいる選手によって決めていくからね。カスティージャは久保とともにより高いレベルに到達できる可能性がある。高額な給与を払っていて、(ビジネス的にも)大きなチャンスでもあるとなれば、クラブは監督に久保が望むようにプレーさせるよう要求するかもしれない」

 オルメド記者は、ラウールの監督としての手腕は「(ジネディーヌ・)ジダンより上」だと評し、「多くの人が彼のことを心の底からリスペクトしていて、彼のためのチームがある。カスティージャでどんな監督になるか誰もが楽しみにしている。戦術面ではジダンよりも優れているだろうし、監督として将来を考えたら、ジダンよりも成功できる可能性は大いにある」と大きな期待を寄せている。久保がカスティージャで結果を残して評価を確立し、ラウールが将来トップチームを率いるようになったと同時に“昇格”という青写真も描けるだろか。

現役選手としての久保への助言は…

 そして最後に、オルメド記者は久保にアドバイスをくれた。実は彼、記者でありながらスペイン2部B(3部相当)でマドリーのBチームと同じグループに入っているウニオン・アダルベ所属の現役選手でもある。来季はテルセーラ・ディビシオン(4部相当)への降格が決まっており「久保とプレーしたかったけれど、実現しないのは残念」としつつ、「3部」で生き残るための術を説いた。

「2部Bはクオリティは高いけれど、非常に特殊なリーグでもある。1つは環境面。ピッチ状態が素晴らしく良いスタジアムもあれば、劣悪なところもあり、地方に行くと人工芝の場所もある。そして2つ目は、若手が主体となる1部リーグの名門クラブのBチームが多くある一方で、経験豊富なベテラン揃いのアマチュアクラブも混在しているということだ。久保はそういう極めてタフなリーグに適応していかなければならない。あそこで活躍することは、キャリアにおいて非常に貴重な経験となるはずだ」

 久保自身、現状を踏まえて「注目が集まっているとしたら、いいニュースを届けられればそれは2倍にも3倍にもなると思いますし、逆につまずいたらそこもいい意味でも悪い意味でも大きく取り上げられると思う。自分に残された選択肢としてはいい方に取り上げてもらうのがいいと思います」とコパ・アメリカに向けて覚悟を決めている様子。

 バルサ出身選手としてのマドリー移籍、正式契約までの特殊な背景、明らかとなっている特別な契約……そういった「注目」を集める要素は数多くある。そんな中で久保は重圧と好奇の目に晒されながら、選手としてより大きく成長できるか。

 世界を騒がせたあの移籍発表があった日の夜、ブラジル代表としてコパ・アメリカの初戦を終えたマドリーの“先輩”カゼミーロは言った。「おめでとう。昇格は簡単ではないが、トップチームの選手やスタッフはいつもカスティージャの選手たちをチェックしている」と。日本サッカー界に前例のない挑戦の日々がまもなく始まろうとしている。

(取材・文:舩木渉【ブラジル】)

text by 舩木渉