「化粧は“仮装”ではない、わたしは「わたしのまま」きれいになる:中国版インフルエンサーが教えてくれたこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

大佬甜er|ダー・ラオ・ティエン
中国・湖南省出身。中国トップクラスの美容系KOL(日本でいうインフルエンサー)として活動している。わかりやすさと笑いを交えたトークを動画の特徴としており、美容系以外にも、ファッションやライフスタイルについての動画配信も行なう。シャネル、SK-II、イヴ・サンローラン、ルナソルなど中国内外のブランドとの提携実績多数。中国オンライン美容界のオスカーと呼ばれる「天猫金妆節(Tmall Beauty Awards)」年度大賞受賞など。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

「KOL」という言葉をご存知だろうか。

Key Opinion Leaderの頭文字であるこの言葉は、主に中国のオンラインマーケティング市場を語るときに用いられ、SNSで影響力をもついわゆる「インフルエンサー」的な存在のことを示している。

北京在住の大佬甜er(ダー・ラオ・ティエン:以下ダーラ)は、メイクアップの方法やおすすめ化粧品の紹介など美容系動画の配信を行なう人気KOLだ。フォロワー数は中国版Twitterの「微博(ウェイボー)」で345万人、動画プラットフォームのbilibili(哔哩哔哩)で75万、TikTokで110万にのぼり、YouTubeでも35万人を超えるフォロワーがいる。

動画再生回数やアクション数などで測る「ユーザーエンゲージメントの高さ」に定評のある彼女は、中国内外多くのブランドとコラボレーションも行なってきた。中国トップクラスのKOLとして活動を続けるダーラは、なぜKOLとしての活動を始めたか。そして、年齢・性別を問わず前向きになる力を与えうる「化粧」という行為を、どのように考えているのだろうか。

わたしの人生、このままでいいの?

ダーラが動画の配信を始めたのは、2017年1月29日のことだ。

動画配信を始める少し前まで、彼女は中国国有の鉄道会社で公務員として働いていた。朝9時に出社し、オフィスでパソコンを触り、5時に帰宅する。安定した毎日を送る一方、当時の仕事が自分に合っているのか、この生活を続けることが自分の幸せなのか日々悩んでいたのだという。

「もともと化粧が好きで、ブログを書いたりはしていました。ある時期、有給をとって家でのんびりしているとき(化粧に関するブログを書くなど)好きなことがずっと続けられたことがとても楽しかったんです。だから有給が終わってまた九時五時の生活に戻ってしまうこと、好きなことに時間が割けなくなることがどうしても辛いと思って。好きなことだけしていたいと思って、思い切って仕事を辞める決断をしたんです」

自分の好きなことにすべての時間を注ぎこめるようになった彼女が動画配信を始めるまで、そこまで時間はかからなかった。そのきっかけをこう振り返る。

「仕事を辞めたあとは、とにかく化粧の練習をしていました。メイクがうまくなった実感が出てきたなか、知り合いからあるメイク動画を紹介されたんです。それを見始めたらとても勉強になることがわかって。その経験をきっかけに自分でもやってみようと思って、動画を撮影して、アップしてみました。ほんとに、たまたま始めてみたんです」

週2〜3本のペースでアップする動画は、テーマが定まっている前提で、1本あたりおよそ1週間の制作期間を要するのだという。これまでは台本執筆から、撮影、編集までダーラひとりで行なっていたが、最近は5人のチームを組んで動画制作をするようになったのだという。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

化粧は“仮装”ではなく、自信をもつための“技術”

化粧は、誰しも与えられた「救い」だ。

化粧によって顔を“変える”ことで、自信をもち、堂々と胸を張って歩く勇気が出る人もいる。メイクアップのもつこの力についてダーラに訊くと、大きくうなずきながらも「化粧をしていない素顔の自分」に自信をもつことが、まずは重要なのではないかと語った。

「確かに化粧をすると、きれいになれるし、自信をもつことができますよね。でも、化粧ってきれいになるための手段や技術であって、仮装ではないんです。なので、すっぴんでも恥ずかしいとは思いません。わたしは動画のなかで、さんざんニキビやクマだらけのすっぴん姿を出しています。たまに『そんなにすっぴんを見せて恥ずかしくないんですか?』って聞かれることもありますよ」

生きていれば、普通にシワもクマも、ニキビもできてしまう。それが人間として普通の、あるべき姿なのだとダーラは続ける。「中国でも化粧をしないと外に出られないという人がいますが、すっぴんも自分の一部なんだから、『恥ずかしい』とは違いますよね? すっぴんを恥ずかしくないと思った上で、化粧の勉強をして技術を高めることができれば、もっときれいな自分になれるし、自信をもてるようになると思います」

取材当日も配信用のvlogの撮影が行なわれていた。来日時の様子を記録した動画はこちらから観ることができる。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

フォロワーへの翻訳とスクリーニングへの信頼

中国企業はいま、広告予算の多くを「KOL施策」に投下している。ダーラの場合、スポンサーと提携する際は必ずスポンサーの商品を一定期間自ら使用し、自分の言葉、つまりフォロワーとの共通言語に“翻訳”してからそれを伝えているのだという。

商品のセールスポイントや特徴などが書かれたスポンサーの資料上の言葉は、あくまで宣伝用語であって、彼女がフォロワーに“本音”として伝えるうえで、最適な言葉とはいえない。

「共通言語」でのフォロワーへの丁寧な呼びかけ(実際、彼女は動画のなかで本当によくしゃべる)、それに応えるフォロワーとのコミュニケーション。このサイクルを何度も重ねてきたことで、ダーラはフォロワーとの間で「共通言語」を育み、信頼関係を築いてきた。

だからこそ、彼女の主観によるスクリーニングをフォロワーもスポンサー側も信じることができるのだろう。「フォロワーはわたしの言葉に対して、自分のお姉さんの言葉かのような反応をしてくれるんですよ」とダーラは語っていた。

さらに彼女は、女優やアイドルのように企業に“包装”されてから世に出るセレブとは違い、得意分野さえあれば誰でもKOLとして活躍できるチャンスがあるのだと言う。このセレブとKOLの違いをダーラ自身はこう分析している。

「自分の知名度を使ってスポンサー商品の露出度を上げるセレブたちとは違い、KOLは使用感など商品の細部の紹介から始めます。セレブとKOLとではスポンサーに求められていることも違うし、商品の認知度を上げるために使う手法の出発点も違います」

vlogの撮影を手伝うダーラの母。公務員としての安定した仕事を続けてほしかったがゆえに、当初はKOLとしての活動に反対していたという。しかし、毎日楽しそうに動画を撮り、フォロワーとコミュニケーションをとり続けるダーラを間近で見続け、いまとなってはいちばんに彼女を応援する存在になった。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

KOLとプラットフォーム

インフルエンサーと同じように捉えられてるKOLだが、KOLの場合はYouTubeなどグローバルなプラットフォームだけでなく、bilibili(哔哩哔哩)や微博、WeChat(微信)といった中国独自のソーシャルプラットフォームの特徴も把握し、使い分ける必要がある。

「内容はすべて同じですが、プラットフォームの属性によって動画の長さを変えています。bilibiliのフォロワーは15〜20分の動画を観ることが好きです。なので、bilibili用の動画はトークの部分を長くして、面白さを意識した内容にしています。微博のユーザーは5〜10分以内の動画が好きなので、重要な内容だけを要約して載せています。Tiktokは1分間の動画しか載せられないので、ひとつの動画を(化粧品の紹介や使い方など)内容に応じていくつにも分けて投稿しています」

動画へのコメントはすべてチェックしているというものの、コンテンツを“フル尺”で載せることができるbilbibiliに来る「弾幕コメント」にはとりわけ注意を払っている。

「弾幕がいちばん多いところは、面白いポイントなんだと思って特に気をつけて見ています。その箇所を参考に『次はこのポイントを意識した動画をつくろう』って思いますね。あと、中国人は表現がストレートなので、悪い点もストレートに伝えてくれます。『最近広告っぽいですね』とか『もっと面白くしてよ』なんて。なので注意して見て、動画の方向性を修正したり、内容を変えたりしてますね」

さらに、KOLとして活動において動画プラットフォームにあったら嬉しい機能はあるか尋ねると、このような答えが返ってきた。

「すべてのプラットフォームに、動画から直接商品を買える機能があるといちばん便利ですよね。動画で商品を紹介すると『どこで買えますか?』というコメントがよく届くので。あとYouTubeはスタンプでのコメント返信ができないので、気持ちをうまく伝えるためにコメント返信用のスタンプ機能があればもっと楽しくなるなと思います」

「日本の化粧品も気に入っていて、よく使いますよ」と教えてくれた。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

初めて動画を撮影した2年前は、これが仕事になるとは思ってもみなかったと笑う彼女。2年前とはまったく違う現在を生きるダーラにさらに5年後の自分を想像してもらうと、心から好きな仕事に出会えたからこそ、いまの“初心”を忘れずにい続けたいのだと言う。

「トップクラスのKOLたちは、自分で会社を起こして裏方に回ることが多いのですが、わたしはそうなりたいとは思いません。わたしがいちばん好きなのは、カメラの前でリアルな自分の姿を見せて、フォロワーとコミュニケーションをとることです。なので、若くないし、シワだらけかもしれないけど、5年後も10年後もそのときの自分のリアルを見せ続けたいです。40代、50代の女性のための化粧の仕方を教えたり、自分の生活をシェアしたり。未来はわからないけど、いまはそう思っていますね」