ハンドルの上に足を載せて寝るのも足のうっ血を防ぐ意味もある。大切な休息の時間だ

写真拡大

◆「トラックドライバーにはなりたくない」?

「トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ。

 前回は「トラックドライバーの身体を蝕む、過酷過ぎる『バラ積み・降ろし』の実態」を紹介したが、これにはドライバーや物流企業だけでなく、荷主側からも「ドライバーの労働環境の改善を」といった声を多くいただいた。
 一方、「トラックドライバーにだけはなりたくない」や、中には「底辺職なんだから辛くて当然」、「嫌なら辞めろ」とする業界外の方からのコメントも今まで以上に散見。
 そこで今回は、「トラックドライバーは“底辺職”なのか」を、筆者の当時の心境や、現役トラックドライバーの実情をもとに率直に述べていきたい。

◆「我慢すれば自分でもできる」は大間違い

 こうしてトラックの事情を書いていると、毎度必ず見られるのが、前出のような「トラックドライバーにはなりたくない」なる文言なのだが、どうか安心していただきたい。こうした気持ちの方々には、トラックドライバーは絶対に務まらない。
 皮肉でもなんでもない。筆者含め多くのドライバーが、3日ともたずに辞めていく人たちを今まで数えきれぬほど見てきているのだ。

「“底辺職”は我慢すれば自分でもできる」という前提で考えていたら大間違いなのである。

 そもそも“底辺職”とは何なのか。世間が共通して抱くニュアンスは、「給与が安く3K(危険・きつい・汚い)で、人間として扱われない不人気な仕事」といったところだろうが、その定義や“底辺”とする根拠は、元々かなり曖昧だ。
 それがゆえに自分の仕事だけでなく、第三者の職の過酷さを表す用語としても軽々しく使われることがあるのだが、他人の職を「底辺だ」とするのは、「職業差別」以外の何ものでもない。

 これまで本シリーズでも幾度となく紹介してきたとおり、トラックドライバーの職は過酷だ。傍から“底辺職”と思われるのも、原因の多くはこの過酷さにある。

 その図体の大きさゆえに、走っていても停まっていても邪魔扱いされ、荷主に指示されるがまま手荷役作業(手で1つひとつ荷物を積み降ろすこと)し、眠い目こすって長距離運転。これらの運行状況はデジタコ(デジタルタコグラフ)で会社に逐一管理され、荷物事故を起こせばその荷の「買取り」までさせられるケースもある。
 また、運転中は「命の危険」と隣り合わせになるだけでなく、下手をすると「加害者」にもなり兼ねず、常に緊張を強いられるため、体力だけでなく精神面からも過酷な仕事であるといえる。

◆「便利な生活」がトラックドライバーの仕事を過酷にしている

 しかし、「トラックドライバー=底辺職」というイメージの形成は、こうした業界内の労働環境だけによるものではない。中には、世間が無意識のうちにしている「トラックドライバーの軽視」や「職業差別」が彼らを“底辺”に追いやっているケースもある。

 例えば、ECサイトなどの通信販売などでよく見られる「送料無料」という言葉。
 この4文字が、上記のような労働環境で働くドライバーの努力のもとに成り立っているものだと意識する消費者は、残念ながら多くはない。

 少ないながらにも実際発生している輸送料・配送料に対して、「送料弊社負担」や「送料込み」など、他にいくらでも言い方がある中、わざわざこの「無料」という言葉が使われることに、「存在を消されたような感覚になる」と漏らすドライバーもいる。

◆世間によって植え付けられるネガティブイメージ

 また、スポーツ選手が怪我や成績不振によって戦力外になり、トラックドライバーに転身したというエピソードが時折ドキュメンタリー番組などで取り上げられ、「転落人生」などと題されることがあるが、筆者は現役ドライバーのころから「トラックドライバー」という職を「人が“転落”した先でする仕事」だとは一度も感じたことはない。