廣済堂が配布した定時株主総会の招集通知。異例の人事の背景は?(編集部撮影)

株式公開買い付け(TOB)提案を受けていた廣済堂が6月27日開催の定時株主総会の招集通知を開示した。

今回の総会の目玉は取締役人事だろう。取締役7人、監査役3人のうち、新任は取締役4人、監査役2人。ともに過半数が入れ替わる。

今年1月18日にベインキャピタルが完全子会社化を目的に開始したTOBは、筆頭株主をはじめとする複数の株主の反対に遭い、不成立に終わっている。総会の取締役および監査役選任議案は、反対に回った株主の意向をくんだ人事であり、将来の展望を共有しているとは思えない組み合わせだ。

TOB失敗は当然の結果だった

ベインのTOBに反対したのは、廣済堂の発行済み株式の12.39%を保有する澤田ホールディングス、11.70%保有のレノ(南青山不動産との共同保有分含む)、9.68%保有の櫻井美江氏の計3者。

澤田ホールディングスはエイチ・エス証券の持株会社でジャスダック上場、レノは村上世彰氏率いるアクティビストファンド。櫻井氏は廣済堂の創業者である故・櫻井文雄氏の妻である。

【2019年6月16日19時05分注記】澤田ホールディングスに関する初出時の記述を上記のように修正いたします。

3者の保有割合は合計で33.77%に達する。レノはTOB公表後の参戦だったとはいえ、残る2者合計でも22%。その2者から応募契約を取り付けないままTOBを開始したのだから、失敗は当然の結果だったと言える。

会社側はベインのTOBに賛成し、現社長の土井常由氏も非公開化後に一部出資する計画だった。一般的に言って、会社側が賛同意見を付したTOBは成功する確率が高いが、今回はTOB開始直後から次々とケチがついた。

まず、公開買付価格は610円と、TOB開始前3カ月平均株価に対するプレミアムは約4割。決して低い水準ではなかったが、TOB開始3営業日目には株価がTOB価格を突破してしまった。

株価がTOB価格を上回るということは、市場はTOB価格が安すぎるというメッセージを発していると言っていい。火葬場を経営する廣済堂の子会社・東京博善の企業価値を加味すれば、ベインが提示するTOB価格は安すぎるという指摘は、TOB開始直後から市場関係者の間でささやかれていた。

村上世彰氏も参戦し、TOB不成立に

2月6日には村上世彰氏率いるレノが、廣済堂株式を5.83%保有していることを記載した大量保有報告書を提出して参戦。TOB開始1カ月後の2月18日には、社外監査役の中辻一夫氏と櫻井美江氏がTOBに反対を表明した。

ベインはその後、公開買い付け期間を2度延長し、TOB価格も610円から700円に引き上げた。3月20日には、レノの共同保有者である南青山不動産が、TOB価格750円で対抗TOBを開始した。

しかし、4月8日で終了したベインのTOBだけでなく、5月22日に終了した南青山不動産のTOBも不成立に終わった。南青山不動産のTOB価格は成立見込みの低い価格だったが、ベインのTOBを潰す効果を狙ったのであれば十分にその目的は果たしたと言える。

旧経営陣のうち、非常勤と社外の取締役2人は退任するが、プロパーの取締役で退任するのは土井常由社長のみ。根岸千尋常務は社長に昇格し、ベインによるTOBを積極的に推進したとされる小林秀和氏、大曲伸幸氏も留任する。渡邊義和氏は廣済堂本体の取締役ではなくなるが、主要子会社・東京博善の代表取締役社長に就任する。


監査役もプロパーで常勤の中井章氏は留任、社外2人のうち円谷智彦氏は退任するが、ベインによる完全子会社化に反対した中辻一夫氏は社外取締役に転じる。

新経営陣の布陣は、「(創業株主である櫻井美江氏が)実務に携わっているプロパー役員の留任を強く望んだ」(櫻井氏の代理人である大塚和成弁護士)ことが影響している。

経営は3者の「呉越同舟」

新経営陣のうち、プロパーを除く4人の新任取締役と2人の新任監査役は全員非常勤で、独立性基準も満たしているとはいえ、それぞれに誰の推薦かはほぼ推測できる。

中辻氏はTOBに反対を表明したときから櫻井美江氏の意向の代弁者だったし、渥美陽子弁護士はレノが証券取引等監視委員会から強制調査を受けた際の代理人弁護士である。

加藤正憲氏は澤田ホールディングスがかつて筆頭株主だったアスコット(ジャスダック上場)の子会社の監査役を務めているが、推薦したのは大塚弁護士だ。沼井英明弁護士も大塚弁護士のかつての部下、検事出身の神垣清水弁護士も大塚弁護士の推薦である。まさに拮抗する3者の「呉越同舟経営」であり、船頭役はとりあえず大塚弁護士が引き受けている形と言っていい。

もっとも、誰の推薦かが不明なのが松沢淳氏。松沢氏は現在、すみれパートナーズというファンド運用会社の代表を務めているが、2017年9月から2018年5月ごろまでラオックスの経営企画部長を務めていた。会社側は「松沢氏が誰の推薦かはコメントを控えたい」というが、もし廣済堂の経営権をめぐる争いにラオックスが参戦しているのであれば、同じ船に乗るプレーヤーは3者から4者に増える。

ベインによる買収では手を組んだ3者だが、廣済堂の将来展望が異なることは明らかだ。櫻井氏は夫が残した印刷事業、出版事業、火葬場事業の3事業で今後も事業を継続し、上場も維持したい意向を持っているが、レノはファンドである以上、転売しやすい非公開化や解体を主張するとしたら、櫻井氏と意見が対立する可能性がある。

最初の大仕事は東京博善の完全子会社化

低採算の印刷事業や出版事業をどうするのかでも意見が分かれる可能性はある。澤田ホールディングスの意向やラオックスの羅怡文社長の参戦もあるのなら、彼らの意向がどうなるのか。

虎の子の子会社・東京博善について、廣済堂は発行済み株式総数の61.4%を保有しており、あと5.3%取得できれば少数株主から強制的に保有株を取得し、100%支配することができる。東京博善の完全子会社化が新経営陣にとって最初の大仕事になる可能性はある。

しかし、澤田氏とレノ、櫻井氏が同じ船に乗っていられるのはおそらくここまでだろう。今や構造不況業種となっている印刷事業や出版事業の立て直しは容易ではなく、廣済堂の経営方針をめぐり、早晩第2ラウンドのゴングが鳴るに違いない。