40年前、大財閥の一族が住む孤島から忽然と姿を消した少女。彼女はどこへ姿を消したのか? かつて世間を賑わした連続猟奇殺人事件とは関連があるのか? 老練なジャーナリストのミカエルと天才ハッカーのリスベットが手を組み、この巨大な謎に挑む……!

スティーグ・ラーソンによる世界的ベストセラー小説「ミレニアム」を、鬼才デヴィッド・フィンチャーが映画化した『ドラゴン・タトゥーの女』。本国アメリカでは2011年に公開され、全世界で2億3000万ドルのヒットを記録した。

しかしながらこの作品、単なるサスペンス映画に非らず! 実は、フェミニズム的なメッセージが込められた社会派ドラマなのである。

という訳で今回は、『ドラゴン・タトゥーの女』についてネタバレ解説していこう。

映画『ドラゴン・タトゥーの女』あらすじ

大物実業家ヴェンネルストレムの不正行為を告発したジャーナリストのミカエル(ダニエル・クレイグ)。しかし名誉毀損の有罪判決を受け、彼は社会的にも財政的にもピンチに陥っていた。

そんなミカエルのもとに、大財閥の前会長ヘンリック・ヴァンゲル(クリストファー・プラマー)から、40年前に行方不明となった孫娘ハリエットの調査依頼が舞い込む。

彼女の失踪が、かつて起きた猟奇的連続殺人事件と関連していると考えたミカエルは、天才ハッカーのリスベット(ルーニー・マーラ)に調査協力を求める。

※以下、映画『ドラゴン・タトゥーの女』のネタバレを含みます​

“男性優越主義”を打ち砕く、フェミニズム的寓話

原作は、スティーグ・ラーソンによる世界的ベストセラー小説「ミレニアム」。

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」
「ミレニアム2 火と戯れる女」
「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

から構成される三部作で、本国スウェーデンでは、第1作の「ドラゴン・タトゥーの女」が出版されるやいなや大きな評判を呼び、「『ミレニアム』を読まないと、職場で話題についていけないー!」というくらいの人気を博したという。

アメリカやフランスなど30ヵ国以上で翻訳され、全世界で8,000万部(2015年3月時点)という驚異的な売り上げを記録。2009年には、本国スウェーデンで三部作全てが映画化され、これまた全世界で1億ドル以上を稼ぐヒット作となった。

旧約聖書の「レビ記」を見立てた猟奇殺人や、陸路を断たれた孤島での少女失踪事件など、ストーリーは横溝正史ばりに怪奇色全開。(オマケに近親相姦やSMなど変態プレイも目白押し!)

小説にはおよそ30名の名前が記された「ヴァンゲル家 家系図」も収録されているのだが、まさにこの作品は『犬神家の一族』ならぬ『ヴァンゲル家の一族』ともいうべき暗黒ミステリーと言えるだろう。

しかし、この映画のテーマは極めて社会的。第1作「ドラゴン・タトゥーの女」の原題 「Män som hatar kvinnor」の意味は「女を憎む男たち」。男性優越主義に基づく女性蔑視&暴力、つまり“性差別”が大きなテーマになっているのだ。

そもそも原作者のスティーグ・ラーソンは「ミレニアム」の主人公ミカエルと同じジャーナリスト出身。共産主義者の祖父からの影響もあって、反極右の立場から研究を行なっていた。ジャーナリスティックな目線を持つ彼にとって、性差別をテーマにしたミステリーを描くことは極めて自然な流れだったのである。

本作は女性が“男性優越主義”を打ち砕く、痛快なフェミニズム的寓話と言っていいだろう。

不穏極まりないオープニング・タイトルが暗示するものとは?

数々の傑作映画の特殊効果&VFXを手がけた世界的な特撮工房ILM(Industrial Light & Magic)で腕を磨いた“生粋のビジュアリスト” デヴィッド・フィンチャーは、毎回凝ったオープニング・タイトルで観る者を楽しませてくれる。この『ドラゴン・タトゥーの女』のオープニングは、彼のフィルモグラフィーの中でも白眉の出来だろう。

オルタナティブ・ロックバンド、ヤー・ヤー・ヤーズのカレン・Oが熱唱する「移民の歌(Immigrant Song)」(※レッド・ツェッペリンの超有名曲のカバー)に乗せて、観客の目に飛び込んでくるモノクロームの映像は、ただただ不穏で刺激的。

“男性優越主義に基づく女性蔑視&暴力”というテーマは、実はこのオープニング・タイトルにも踏襲されている。デヴィッド・フィンチャーのコメントを引用してみよう。

There’s a black liquid that swallows everything up, and in Freudian terms it’s sex and powerlessness. I also wanted to have some allusions to the tattoos. We wanted to have the dragon, and the phoenix. It was a great opportunity, a mélange of nightmarish imagery. 

すべてを飲み込む黒い液体がある。フロイト風に言えば、それはセックスと無力だ。また、私は刺青の暗示をしたいとも思った。ドラゴンとフェニックスをね。それは良い巡り合わせとなり、悪夢のようなイメージの混合物となったんだ。

(denofgeekのインタビュー記事より)

背中にドラゴン・タトゥーを刻んでいることからも、刺青は明らかにリスベット自身の象徴だろう。

男性と思わしき逞しい腕が、女性の頰を思い切りぶん殴るという不快なシーンをわざわざインサートさせているのは、彼女が強烈なトラウマを抱えているから。これはリスベットの潜在意識であり、毎夜うなされているであろう悪夢なのだ。

出典元:YouTube(Moviclips Trailers)

このオープニングのクリエイティブ・ディレクターを務めたのは、ティム・ミラー。視覚効果アーティストとして活躍するかたわら、最近では『デッドプール』(2016)で長編監督デビューを果たした才人だ。

ティム・ミラーは、フィンチャーから「リスベットが見る悪夢の具体的なイメージ」についてアイディアを練るように指示を受け、およそ50個のアイディアを思いついたという。最終的にそれは25個にまとめられ、さらにそのアイディアを実現させるための検討期間として8週間の猶予が与えられた。

ティム・ミラーを気遣っているんだか、結局苦しませてるんだかよく分かりませんが、フィンチャーという御仁はそういう男なのである!

リスベット役=ルーニー・マーラのキャスティングの意味

体中にピアスとタトゥーを入れまくったパンク・ファッション、愛車はオートバイ・HONDA CL350(CB350説もあり)、驚異的な記憶力を持つ天才ハッカー(そして極度のコミュ障)。

本作のキーパーソンといえるリスベット役には、スカーレット・ヨハンソン、キャリー・マリガン、エレン・ペイジ、ナタリー・ポートマン、ミア・ワシコウスカ、アン・ハサウェイ、エヴァ・グリーン、エマ・ワトソンといった錚々(そうそう)たる女優の名前がリストアップされたという。

最終的にこの難役の座を射止めたのは、ルーニー・マーラ。今でこそ、『キャロル』(2015)でアカデミー助演女優賞にノミネートされるほどの実力派若手女優として認知されているが、当時はほとんど無名の存在だった。

しかしデヴィッド・フィンチャーは、出番が少ないながらも鮮烈な印象を残した『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)での演技を、もともと非常に高く評価していた。

そしてルーニー・マーラといえば、“超”がつくほどのスーパーセレブとして知られている。

曾祖父はNFL(プロ・アメリカン・フットボールリーグ)のチームのひとつニューヨーク・ジャイアンツの創設者で、父親はその副社長。母方の曽祖父はアイルランド大使で、こちらもNFLのピッツバーグ・スティーラーズの創設者。掛け値無しに世界屈指の大富豪である!

これは筆者の推察(というか邪推!?)だが、お金に全く困らない彼女のスーパーセレブとしての出自が、ガツガツしたハングリーさを薄める結果となり、様々な思惑がうずまくセレブリティの人間関係の中で用心深さが培われ、リスベットという特異なキャラクターとシンクロすることになったのではないか?

細身で華奢なルーニー・マーラの体型も大きな選考基準だったに違いない。肉体的には脆弱な女性が、それまで虐げられてきた男性に対して復讐を遂げる、というのがテーマ的に重要ポイントだからだ(彼女は真性のレズビアンではなく、虐げられたトラウマから男性不信に陥っている)。

「男性優越主義を打ち砕く、フェミニズム的寓話」を描くにあたっては、スカーレット・ヨハンソンのようなダイナマイト・ボディでは説得力がないではないか!(なにせ、天下のブラック・ウィドウである)

そう考えると、ルーニー・マーラがリスベット役を得たのは必然だったと言える。

余談になるが、姉のケイト・マーラも女優で、デヴィッド・フィンチャーが製作を担当したTVシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で脚光を浴びた。マーラ姉妹が女優としてブレイクのきっかけを果たしたのが、デヴィッド・フィンチャーによるものというのもまた興味深い。

『ドラゴン・タトゥーの女』は「007」シリーズのアンサー・フィルム

ミカエル演じるダニエル・クレイグの代表作といえば「007」シリーズ。ショーン・コネリー、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナンに続く6代目ジェームズ・ボンド役を拝命した。

考えてみれば、「007」は女性蔑視映画として長い間非難を浴びていたシリーズでもある。ボンド・ガールたちは女性としての主体性を与えられず、男性観客の目を楽しませるお色気要員でしかなかった。『007 ロシアより愛をこめて』のダニエラ・ビアンキに至っては、情報を聞き出すためボンドにぶん殴られているのである。(ヒドイ……)

しかし『ドラゴン・タトゥーの女』におけるダニエル・クレイグは、ジェームズ・ボンドとは程遠い弱小キャラ。怪我をすればギャーギャーわめき散らすし、事件解決能力も、そしておそらくベッドでのスキルも、完全にリスベットに劣っている。

そう、ミカエルとは、マッチョイズムの権化ともいうべきジェームズ・ボンドをまるで反転したキャラクターなのだ。リスベットがミカエルに「マルティンを殺していい?」と尋ねるシーンがあるが、それは殺しのライセンスを持つ男に同意を得るためだったのかもしれない。

そう考えると『ドラゴン・タトゥーの女』は、被差別者である女性側の視点で再構築した、「007」シリーズへのアンサー・フィルムという見方もできるのではないだろうか??

若い女性を次々に殺めてきたマルティンを死に追いやり、サディストのビュルマン弁護士をSMプレイで陵辱し、そして、数多くの女性とベッドを共にしてきた007ことダニエル・クレイグを押し倒して性交に及ぶ。(常にリスベットが彼に跨っていることにも注目!)

男性優越主義に耽溺する男たちを、時には暴力で、時にはセックスで打ち負かすのだ。まさにフェミニズム寓話的「007」である。

類似点も多い。ダニエル・クレイグ版「007」では、サディスティックな拷問シーンが毎回描かれるが、『ドラゴン・タトゥーの女』にもそれに輪をかけた拷問シーンが登場する。「007」といえば凝りに凝ったオープニング・タイトルが有名だが、この映画のオープニングもそれに負けず劣らず秀逸。そしてここが一番重要なのだが、

結局007とヒロインの恋は成就しない。

『ドラゴン・タトゥーの女』には、恋愛映画という側面もある。リスベットはミカエルを本気で愛してしまうけれど、その想いが叶うことはなく、バイクで静かに彼の元を去るという哀しいラスト。それは、男性優越主義的社会はまだ厳然としてそこにあるという、現実の照射のようにも思える。

新しい歴史を刻む「ミレミアム」シリーズ

2018年には、続編となる『蜘蛛の巣を払う女』が公開(日本公開は2019年1月11日)。デヴィッド・フィンチャーはプロデュースに回り、監督は『ドント・ブリーズ』で世界的な注目を集めたフェデ・アルバレスが務めた。

キャストも一新され、リスベット役はクレア・フォイ、そしてミカエル役はスべリル・グドナソンに交替。ダニエル・クレイグが降板したことで、当然のことながら「007」のアンサー・フィルムという裏テーマは胡散霧消した。

しかし筆者は今でも、次の続編映画にはダニエル・クレイグが復帰してくれるはずだと、密かな期待を寄せているのである。

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