とりあえずいま、意識をそーっと自分の「歯」に向けてみて下さい。口は閉じていても開けていても構いません。

上の歯と下の歯は当たっていますか? それとも離れていますか?

 離れていたらとりあえずは安心ですが、もし僅かでも接していたら、この記事をぜひ最後まで読んでみてください。あなたの歯やあごの健康維持にお役に立てるかもしれません。


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大きく口を開けるたびにあごが「カクン」と音を立てる

 朝起きたら口が大きく開かない。

 仕方ないのでおちょぼ口で歯を磨き、おちょぼ口で朝ご飯を食べる。

 あくびや咳などもおちょぼ口でするので面白い顔になる。

 それでも会社に着いて仕事をしていると、いつの間にか治っている……。

 そんな経験はないだろうか。

 そこまでひどくはなくても、大きく口を開けるたびにあごが「カクン」と音を立てたり、骨が引っかかるような感覚を覚える人もいる。これも症状がある時とない時があって、症状が出る時はたいてい精神的なストレスを背負い込んでいたりする――。

 じつはこの症状の背景には、自分では意識をすることのない、ある「癖」が関係している可能性があるのだ。

無意識に歯を食いしばることによって発症する「顎関節症」

 あごの骨が引っかかって口を開けづらくなる症状。その大半は「顎関節症」という疾患によるものだ。そして、この疾患についての記事を書くとき、従来はこんなストーリーの記事が多かった。

 精神的な抑圧がかかると無意識に歯を食いしばる。寝ている間も歯を食いしばり、時に「歯ぎしり」などを繰り返す人もいる。その結果あごの骨や筋肉に過剰な力がかかって関節が傷む。結果として顎関節症になる――という流れだ。

 この展開は間違いではない。このような経過を経て「あごカックン」になる人は大勢いる。

 しかし、これとは別の要因が関与している顎関節症もじつは非常に多いのだ。

顎関節症の予備軍は「普段から上下の歯を接触している人」

「歯列接触癖(Tooth Contacting Habit=TCH)という“癖”を持っている人が、じつは顎関節症のハイリスク群なのです」と語るのは、フリーの歯科医師、齋藤七海さんだ。

 冒頭で触れた「上の歯と下の歯の隙間」の話に戻ろう。人間のあごの骨格は、モノを噛んだり飲み込んだり、喋ったりという行為の際は別として、普通にしている時は上下の歯と歯は接することのないようにできている。たとえ口を閉じていたとしても、上下の歯と歯は1〜2ミリ程度の隙間(安静位空隙)を保つようにできているのだ。

 ところが、普段から上下の歯を接触させた状態の人がいる。これがTCHで、顎関節症の大きな要因の一つだということが、近年の調査で明らかになってきているのだ。

「TCHは“癖”です。無意識にやってしまうことで、意識して直そうとしても中々直せません。それだけに改善するにも時間と根気が必要になってくるのです」(齋藤七海さん)

“上下の歯を離す”だけで治るケースも

 じつはこのTCHが顎関節症の発症要因であることを突き止めたのは、東京医科歯科大学の木野孔司元准教授ら研究チーム。木野氏とTCHの普及に取り組んできたサイトウ歯科院長(東京・渋谷区)院長の齋藤博さんが解説する。

「顎関節症患者を対象としたアンケート調査で、TCHの人が過半数を占めていることが分かり、歯を接しないようにするトレーニングをしたところ大半がよくなった。顎関節症というのは決して甘く見ることのできない病気で、中にはこれが原因でうつ病になったり寝たきりになる人もいる。そんな厄介な病気が、“上下の歯を離す”だけで治るケースが多いことが分かったのです」

 従来は「食いしばること」や「噛み合わせの悪さ」を原因と考えられてきた顎関節症。しかし、食いしばりを防ぐためのマウスピースを使ったり、噛み合わせを矯正するために歯を削るなどの治療をしても、肝心の「あごカックン」が治らない人は一定数いた。その理由がTCHである可能性が高いということなのだ。

「しかも、TCHはつねに弱いながらも上下の歯を“揺する”力を加えているので、歯の根元が緩みやすく、これが歯周病の原因にもなっているのです」

 そう語る齋藤博さんによると、人間が本来上下の歯を接している時間は、全部を足しても20分程度に過ぎないという。これ以上の時間、上下の歯が接していると、それは歯にとって過剰な負荷を積み重ねていることになり、その影響が顎関節症や歯周病などにつながっていく、というわけだ。

歯を離すように心がけるだけでも違ってくる

 本来離れているはずの上下の歯が、なぜ接してしまうのか。理由はいくつか考えられるが、最も多いのが精神的なストレスだ。

「パソコン作業の多いデスクワークの人に多いのはもちろんですが、主婦にもTCHの人は少なくない。特に子育て中のお母さんは、赤ちゃんを抱っこしている時などに無意識のうちに上下の歯が当たっていることが多い。これも一種のストレスと言えるでしょう。とはいえ、現代人が日常生活の中でストレスを感じることなく生活するのは中々難しい。ならば、せめて“上下の歯が接している”ということに気付く機会を増やしてもらい、その時だけでも歯を離すように心がけるだけでも違ってきます」

 そう語る齋藤七海さんの実践する指導する指導法を教えてもらった。

「『歯、離してる?』『歯ッ!』などと書いた付箋やシールを、日常生活で目を向ける回数の多いところに貼っておくのです。そして、その紙を見たときや上下の歯が接していることに気付いた時に、一回だけ『歯ッ!』と声に出しながら脱力する――という決め事を徹底するのです。この時、つねに上下の歯を離しておこうと意識する必要はありません。意識しすぎると逆に緊張が高まって食いしばる方向に進んでしまいます。紙を見たら脱力する、という反射行動が身に付いて来ると、自然にTCHも解消されていきます」

 齋藤七海さんによると、このトレーニングを真面目に2カ月続けると、完全とはいかないまでも「問題のないレベル」にまでTCHを改善することができるという。

「顎が鳴るくらい……」などと軽く考えないで、早めの対策を

「重度の顎関節症の人は、まずこのトレーニングを行ってTCHのレベルを下げてから、必要に応じた顎関節症の治療を始めるのが理想的な流れです。これをしないで歯を削ったりすると、それがストレスになってTCHが高まり、顎関節症も悪化することになる」

 齋藤博さんによると、TCHについての知識のない歯科医師の元で闇雲に歯を削られたために顎関節症が悪化するケースは少なくないという。そのうちの何割かはドクターショッピングを重ね、いずれ難民化していくことになるのだ。

 繰り返すが、顎関節症やTCHを放置すると、心身ともにかなり面倒な事態を引き起こす危険性がある。「顎が鳴るくらい……」などと軽く考えないで、早め早めの対策を講じるべきなのだ。

 ということで、この記事はこれでおしまいです。

 ところで、いまあなたの上下の歯はどうなっていますか?

 まだ歯と歯があたっているようならTCHの危険性大です。もう一度この記事を最初から読み直すか、TCHに詳しい歯科医師に相談してみて下さい。

(長田 昭二)