「僕も通り魔を計画したことがある」なぜ“普通の子”はモンスターに育ってしまったのか? から続く

【写真】再婚し、子宝にも恵まれた中村氏

「ちょっとじゃんけんしてみませんか。あなたは“後出し”してください。そして、必ず僕に負けてください」

 記者にこう語りかけるのは、5月、川崎市・登戸で起きた連続殺傷事件を受けて、自身の体験をツイッターに投稿し、注目を集めているカウンセラーの中村カズノリ氏(39)だ。氏はかつて精神的に追い詰められて通り魔殺人を計画したものの、踏みとどまり、カウンセリングによって立ち直ったという経験を持つ。


「相手と対等になる」ことを学ぶ”後出し負けじゃんけん” ©iStock.com

心に潜む問題を見つめる

 現在、中村氏のもとには自身の暴力衝動に悩む人や、家族がひきこもりになってしまったという人たちからの問い合わせが殺到しているという。

「今の日本には、あの事件が他人事ではないと感じる人が、かなりの数いるんです。私たちのもとに連絡してきてくださる方は一握りで、誰にも言えず悩みを深めている人は大変な数になると思います」

 そんな人に試してもらいたいというのが、実際にカウンセリングで取り入れている「ワーク」だ。

「もちろんこれをしたから暴力衝動が治まるという特効薬ではありません。ですが、心に潜む問題を見つめるきっかけになります」

 そのひとつが「後出し“負け”じゃんけん」。相手を決めてじゃんけんをし、自分は後出しをして、わざと負けるという遊びを繰り返すのだ。これは中村氏がまさにつらい思いをしていた時に、カウンセラーから教えられたメソッドなのだという。

無意識の抑圧から解放される「後出し“負け”じゃんけん」

「後出しじゃんけんなので、相手が出したものを見てから、自分が手を出すわけです。が、勝ってはいけない。私も4年前、カウンセリングでこれを勧められたのですが、これが意外と難しいのです。

 精神的な作用としては、進んで負けることで、『勝たなければいけない』という無意識の抑圧から解放されていくのです。凝り固まった心をほぐす。特にDV加害者はこのワークが苦手なんです。

 たかがじゃんけんですが、不思議とコミュニケーションの仕方にも影響が出てきます。高圧的で、他者へのイライラを隠せなかった人が、この”後出し負け”を繰り返しているうちに、相手と対等に会話できるようになってくる。自分の意見が否定されるとすぐにカッとなってキレてしまうという人には、ぜひ試してもらいたいですね」

 次に、中村さんがおすすめするのが、「妄想自己紹介」ワークだ。実際のカウンセリングでは複数人が参加するグループワークで行われている。

「参加者は二人で向かい合って、相手に自己紹介するわけですが、架空の自分を自己紹介し合うというワークです。それを相手を変えて何回か行う。『妄想自己紹介』では、自分の好きな設定になりきるんです。『職業はミュージシャン』とか『大富豪で自宅には日本庭園がある』とか、『韓流アイドルと交際している』というものでもいい。どんな性格でどんな生活をしているか、具体的に妄想して、口に出してみてください」

 妄想自己紹介は自分の可能性を否定しない練習だ。

「現実の自分は色々なしがらみに縛られているけれど、妄想の中では自由に自分を作ることができる。架空の自分の体験や思いを語るうちに、今までしまい込んでいた自分が出てくるのです。今まで知らなかった自分を理解し、思考の多様性や行動の選択肢の多さなどにも気づく。

 暴力衝動や、その果てにある拡大自殺願望は、『今の状況が改善されることはない』という絶望から生まれます。『その絶望は思い込みかもしれない』と気づくことがこのワークの狙いです」

オンラインゲームで”ネカマ”になってみる

 しかし、悩んでいる人の中には、ワークを一緒にできる相手がいない人も多いだろう。その場合には「オンラインゲーム」で最初の一歩を踏み出すのもいいという。

「僕はオンラインゲームをプレイするのが好きですが、これはカウンセリングにも使えるなと思っているんです。『ゲームがひきこもりを誘発したのではないか』という論調もあります。しかし、個人的な見解ですが、それは間違っている。オンラインゲームは遊び方次第で、現実社会での状況を好転させることもできるのです」

 たとえば、オンラインゲームで”ネカマ”になってみるのも手だという。

「ネカマ、つまりネットの匿名性を使って男性が女性のように振る舞うわけです。女性が男性のように振る舞ってもいい。現実の自分とまったく違う人格になることで、逃げ場ができるんです。複数のキャラクターを使い分けてプレイするのもいい。『このキャラで他のプレイヤーとモメたから次はこっち』というように使い分けていくんです。

 無責任だと感じる方もいるかもしれませんが、現実社会でも、案外みんなそうやって生きている。悩みを抱えている人は真面目すぎる人が多いんです。もっと適当に生きていいと実感できます」

自己嫌悪、嫉妬妄想などの“病的な思考回路”から脱却する

 中村氏自身、男は強くあらねばならない、泣き言を言ってはいけない、という自己概念に縛られていた。ワークという装置を使って、わざと妄想を言ったり、非合理なことを行うことで、普段は吐露しない自分の感情や価値観を表出し、自分の可能性を理解する。

「自己嫌悪、嫉妬妄想、被害妄想などの“病的な思考回路”から脱却するには、他者とポジティブな回路を構築し、互いに気持ちの良いコミュニケーションを楽しめるような仲間を持つこと。それが回復や癒やしにつながるのです。これらのワークを知ってもらうことで、日本が“一億総カウンセラー”状態になれば、私のようにどん底から救われる人もいるのではないかと思うのです」

 中村氏は現在もさまざまなワークを考案し続けているという。

(「週刊文春」編集部/週刊文春)