13日、攻撃されたタンカーから立ち昇る黒煙(写真:ISNA/ロイター)

アメリカとイランの緊張緩和に向け、イラン最高指導者アリー・ハメネイ師と安倍晋三首相が会談した13日、ホルムズ海峡近くで日本の海運会社が運航するタンカーなど2隻が攻撃を受け、軍事衝突の危険性がさらに高まる事態になった。タンカーに対する攻撃は、アラブ首長国連邦(UAE)沖で5月に起きた事件に続くもので、アメリカ政府はいずれもイランが関与したとの見方を示している。

どちらの事件も犯行声明は出されておらず、イランの犯行を示す決定的な証拠もない。ただ、アメリカ政府による経済制裁強化に反発するイランは、かねて「必要があればホルムズ海峡を封鎖する」と警告しており、一連の攻撃は、原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡に対する生殺与奪の軍事力を保持していることを誇示したいイランの思惑に沿う。

イランやその関連組織の犯行だとすれば、アメリカがイランへの圧力を強めている限り、今後もタンカーへの攻撃が続く可能性がある。人的被害や原油の大量流出、船舶の沈没といった事態になれば、軍事衝突の危険は一気に高まりかねない。

アメリカは「イランの犯行」

東京の海運会社「国華産業」が運航するタンカーは、2回にわたって執拗に攻撃を受けており、2回目の攻撃では乗組員が飛来物を目撃したという。アメリカ中央軍は、イランの精鋭部隊である革命防衛隊の巡視艇とされる小型船舶が爆発から約9時間後にタンカーに横付けし、船の側面に取り付けられていた吸着型機雷を除去したとする映像を公表した。不発に終わった機雷を証拠隠滅のために持ち去った可能性があるという。

映像は白黒で革命防衛隊かどうかも不明だが、吸着型機雷を除去する手際のよさは、実際に取り付け方に熟知していることをうかがわせる。というのも、磁石式とみられる吸着型機雷は、無理に引き剥がすと爆発するおそれもあり、第3者が取り付けた場合、慎重に処理する必要があるためだ。

アメリカのポンペオ国務長官は13日の記者会見で、軍事情報や使われた兵器、イランの行動様式から判断して、今回のタンカー攻撃はイランの犯行とアメリカ政府が見ていることを明らかにした。

これに対し、イランの国連代表部は「アメリカの根拠なき主張を断固として認めない」と反発。ザリフ外相もツイッターで、「ハメネイ師と安倍首相が包括的かつ友好的な会談を行っているさなかに起きた」とし、イランは関与していないと主張した。両者の主張は真っ向から対立しており、安倍首相の仲介外交の努力は台なしになった格好だ。
 
筆者もイランの犯行と決め付ける材料は持ち合わせていないが、イランによる犯行の可能性が高いのではないかと考えている。タンカーが攻撃を受けたのは、イラン沖約50キロの海域で、近くにはイラン南部ジャスク港がある。革命防衛隊は、多数の小型高速艇を配備し、ホルムズ海峡付近の海域を熟知している。5月にUAE沖で起きたタンカー攻撃とは異なり、今回の事件は、いわば革命防衛隊の「縄張り」ともいえる海域で起きている。

根強い「陰謀論」説

一方で、アメリカとイランの軍事衝突を引き起こすのを望む勢力による謀略説もある。革命防衛隊系のファルス通信は、アメリカの軍事行動を引き出し、対イランでオマーンやパキスタンの支援を得るためにUAEの諜報機関が日本のタンカー攻撃に関与したとのサウジ人専門家の見方を伝えた。

ザリフ外相もツイッターで、アメリカのイラン犯行説は、アメリカのボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)やイスラエルのネタニヤフ首相、サウジアラビアのムハンマド皇太子、UAEのムハンマド皇太子という「Bチーム」による「妨害外交」の一環だとして、アメリカとイランの戦争を望む勢力の陰謀だと示唆した。

確かに、「Bチーム」はアメリカとの軍事衝突でイランが弱体化するのを望んでいる。サウジは革命防衛隊が支援するイエメンのシーア派系武装組織フーシ派の攻撃に手を焼いており、12日にもサウジ南西部のアブハ空港に巡行ミサイル攻撃があり、子供を含む民間人26人が負傷した。イスラエルもイランの核開発活動を強く警戒しており、みずから手を下さなくて済むためにアメリカのイラン攻撃を切望する声がある。

ただ、謀略説を簡単に受け入れるわけにはいかない。昨年10月のサウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件で痛手を負ったサウジのムハンマド皇太子が外交的にこれ以上の危険を冒すことは考えにくい。石油供給者であるサウジやUAEが陰謀発覚のリスクを負ってまでアメリカとイランに戦争をけしかける理由もない。吸着式機雷を革命防衛隊の縄張りに入る前に取り付けた可能性もあり得るが、現場で2回目の攻撃が行われたことから判断して、現場の海域を熟知した勢力の犯行である可能性が高い。

イランには、サウジなどが支援するスンニ派の反体制派組織が存在するが、こうした勢力による犯行の可能性はどうか。2018年9月には、イラン南西部フゼスタン州の州都アフワズで革命防衛隊の軍事パレードがテロの標的となっているほか、2017年6月には、過激派組織「イスラム国」によるイラン国会議事堂襲撃事件も起きている。

イランの革命防衛隊元司令官は日本メディアの取材で、分離主義を掲げるイラン南東部の反政府組織「ジェイシ・アドリ」が関与した可能性があるとの見方を示している。だが、これらの組織は、革命防衛隊をしのぐような装備や技術は持っていないとみられており、犯行主体としては考えにくいだろう。

一部強硬派が「暴走」したとの見方も

だとするなら、革命防衛隊に絞られてくる。以前から革命防衛隊は軍事部門のみならず、政治や経済にも幅広い権益を保有しており、アメリカの制裁強化では革命防衛隊の資金源も標的にされている。

さらに、イラン内政も影響している。シリア内戦で革命防衛隊がテコ入れしたアサド政権が実質的に勝利したり、イエメンのフーシ派がサウジ連合に頑強に抵抗したりした戦果は、革命防衛隊のイラン国内での立場をより強固にしてきた。今年2月にはザリフ外相の辞任騒動があったが、これは革命防衛隊がシリアのアサド大統領のイラン訪問という外交を主導し、ザリフ外相がかやの外に置かれたことに原因があったとささやかれた。イラン専門家は「革命防衛隊は中東での覇権争いにおいて戦勝ムードに沸いており、国内基盤は一段と強固になっている」と分析する。

一方、安倍首相とハメネイ師の会談当日に日本のタンカーを攻撃するという行為は、ハメネイ師の顔に泥を塗る行為という指摘があり、革命防衛隊の一部強硬派が「暴走」したのではないかという見方もある。だが、革命防衛隊は、1979年のイスラム革命体制を死守し、最高指導者を守ることが至上命題だ。穏健派のロウハニ大統領やザリフ外相ならいざ知らず、ハメネイ師の意向を無視して暴走することは考えにくい。

アメリカのコンサルティング会社ユーラシアグループの専門家は「(日本のタンカーに対する攻撃は)ペルシャ湾岸地域の安全保障は、自国経済の安定が条件だと示そうとするイランの組織的な行動の一環だろう」とし、イランの犯行との見方を示した。

残る疑問として、日本のタンカーが意図的に狙われたかどうかという点がある。テロ組織やゲリラ組織は、最大限のインパクトを狙うという特徴がある。革命防衛隊は軍隊とも言える組織だが、原油相場を高騰させて国際社会を揺さぶりたいという意味では、今回の攻撃は周到に計画されたものと考えることができるだろう。

革命防衛隊は船舶の通信を傍受したり、船舶の位置情報を公開するサイト「マリントラフィック」をチェックしたりしていることは十分に考えられ、安倍首相の歴史的なイラン訪問で国際メディアも注目する中、日本のタンカーが意図的に狙われた可能性はある。

安倍首相の「トランプ贔屓」イランでも有名

仮に今回のタンカー攻撃が革命防衛隊による犯行とするなら、日本に対する強烈なメッセージになるだろう。イランは親日的な国だが、アメリカのトランプ大統領寄りの安倍首相の立場はイラン国内でも有名だ。

そもそも、国際社会が苦労してまとめ上げた核合意から一方的に離脱したのはトランプ大統領であり、イランはみずからに非はなく、喧嘩を売られたと感じている。イランとしては、日本政府はトランプ大統領の意向を受けてイランを説得するのではなく、みずからの意向をトランプ大統領に伝えるべきだという立場だろう。

安倍首相は「事態のエスカレートは望んでいない」というトランプ氏のメッセージをハメネイ師に伝えたが、同師は安倍首相との会談後、「イランはアメリカを信用しない」とツイートしており、イラン側から歩み寄る考えはなさそうだ。

ハメネイ氏も権力の座にとどまるためには、保守強硬派に寄り添う必要がある。一連のタンカー攻撃はイランによる犯行の可能性が高いと考えるが、時に陰謀や謀略によって国際政治が動いてきたという史実もあり、ホルムズ海峡周辺での不穏な動きは収まりそうにない。