初戦のアルゼンチン戦ではゴールに結びつく仕事はできなかった長谷川。日本を警戒する相手の守備は想像以上に堅かった。(C) Getty Images

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「楽しかったです」といつもと変わらず飄々と初めてのワールドカップの印象を語る。U-17カテゴリーから高倉麻子監督のもとで経験を積んできた長谷川唯(日テレ・ベレーザ)だ。ポジションにこだわらず、攻守でどこにでも顔を出すのが彼女の持ち味である。
 
 ワールドカップ初戦、チーム史上初のワールドカップでの勝点を目指し、綿密な日本対策をしてきたアルゼンチンの全員守備の前に最後までゴールをこじ開けることが出来なかった日本。アルゼンチンは日本の縦パスを警戒し、出所となるところには常に複数人が準備を整えていた。そのターゲットのひとつとなっていたのが長谷川だった。

 
 立ち上がり、当然のように日本がペースを作る上で鮫島彩(INAC神戸)から左サイド奥へ入れられたボールに長谷川が反応し、ドリブル突破をはかると、2万5000人の観客が沸いた。フランス大会の雰囲気を肌で感じながらプレーしていたと長谷川は言う。
 
 確かにアルゼンチンは守備に力の大半を注いでいたが、一人ひとりが戦術的なポジションを忠実に守るその集中力は凄まじかった。長谷川の場合、いつものように軽いタッチでフェイントをひとつ。そして逆に重心をズラせば……、本来なら対峙する相手はかわせるはずだ。実際に、プレッシングは厳しいものだったが、パス回しのテンポを上げれば動かせそうではあった。ところが前半も15分に差し掛かると、長谷川のところでも相手の足に引っかかるようになる。すでに彼女のところにボールが入るまでに守備陣が長谷川のところで止めるべくスタートを切っていたからだ。
 
 後半に入っても、アルゼンチンの守備の集中力の高さが衰えることがないと悟ったのは長谷川が絡むビッグチャンスが訪れた時だった。右サイドから清水梨紗(日テレ・ベレーザ)がマイナスへのパスを出すと受けた杉田妃和(INAC神戸)が中へ、フリーになっていた長谷川が左足を振った。そのボールは無情にも左へ逸れていくのだが、そこにも明確な要因があった。ひとつ前の杉田もギリギリのところで長谷川にボールを出したが、2枚のマークが杉田を潰しに入っており、長谷川のシュート時にはさらに2枚のマークがついていた。
 
 記者は長年、カメラマンとして活動してきたが、このアルゼンチン戦では珍しい出来事があった。通常、ゴールの瞬間、ファインダーの中のDFがフィニッシャーと被ることはよくあるが、それは身体の一部分の場合が多い。それが顔部分であれば撮り手としてはメンタル崩壊ものだ。
 
 しかし、長谷川がシュートを放った瞬間、フォトグラファー席ではどよめきが起きた。ファインダー内が一瞬、アルゼンチンの守備陣によって埋め尽くされ、長谷川の姿が消えたのだ。「何が起きた?」「誰がシュートした?」と言葉が行き交う。完全にお手上げという極めて稀なケースだった。ゴールライン側から見れば、それほどゴール前の密度は高く、アルゼンチンはその限定されたスペース内でも人材を余すことなく守備につぎ込んでいたということだ。
 
 あくまでも狙うのはドロー。自陣に引きこもって、あわよくばカウンターで一発もらうという割り切った戦い方を次戦のスコットランドに企てられたとしたら、日本は今度こそゴールをもぎ取ることができるのだろうか。
 
「サイドチェンジを視野に入れたサイドハーフのサポート」と「ボランチのポジションを一つ上げる」ことを長谷川は解決策として見出していた。初戦で左足首を痛めて翌日から別メニューとなっている長谷川。彼女ナシでは攻撃力の大幅な低下は免れない。コンディションが整うのを祈るしかないが、自身が示した突破口をスコットランド戦のピッチでぜひ探り出してほしい。それが見つけられればワールドカップでの勝利という格別な喜びを手にすることができるはずだ。
 
取材・文●早草紀子