高齢ドライバーによる重大事故が相次いでいる。首都圏でケアマネジャーをする男性は「要介護認定を受けているにもかかわらずクルマの運転を続ける人が多数います。一昼夜クルマで走り続け“徘徊”する人もいました。免許返納にも応じない人がほとんどなので、免許更新の厳格化を検討してほしい」と訴える――。
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■要介護認定された高齢者でも運転を続けている

4月19日、東京・池袋で87歳の男性が運転するクルマが暴走し、自転車に乗っていた母娘が死亡、8人が重軽傷を負うという悲惨な事故が起きました。その後も高齢ドライバーによる重大事故が連日のように報じられています。

この問題は介護業界でも重く受け止められています。首都圏の某市で10年以上ケアマネジャーを務めているTさんは、こう話します。

「私たちが担当する利用者さん、つまり要介護認定され介護サービスを受けている方のなかにも運転を続けている方が少なくありません」

要介護認定を受けるというのは、体の機能はもとより判断力や認知能力が弱っている状態であり、「クルマの運転なんか無理」と思う方も多いでしょう。ところが、当たり前のように運転をしている人が相当いるというのです。

■一昼夜走り続け100キロ以上離れたところで保護された

「要介護認定を受けていても日常生活は普通に送れる方はいるので、運転は無理と決めつけることはできません。ただ、問題なのはそのなかに認知症の症状がある方が含まれていることです」

「私が担当した利用者さんにも、クルマで出かけたけれど何の目的でどこへ行くのかがわらなくなって、やむなく帰宅してきたという方や、家へ帰ることができず丸一昼夜走り続けて100キロ以上離れたところで警察に保護された方がいました。クルマで徘徊しているというわけです」

同乗したご家族からは「赤信号に気づかず止まらなかった」「交差点で曲がる時、横断する歩行者をよく見ておらず、危うく轢(ひ)きそうになった」といった話を聞いたことがよくあります。そういう方がクルマを運転していると思うと背筋が寒くなります。

■免許返納を理詰めで説得しても理解できず、かえって意固地に

そうした経験をした家族は当然、本人に免許を返納し運転を止めるよう説得します。交通機関が整っていない地方ではクルマがないと生活が成り立たないという事情がありますが、Tさんの担当地域は首都圏近郊で、その問題はありません。

家族は高齢者ドライバーの悲惨な事故を示し、「もし人身事故でも起こしたら今の生活は崩壊する」「運転を止めなかった家族にも非難が及ぶ」と語り、「バスやタクシーを利用すれば事足りるじゃない」などと説得するそうです。しかし……。

「そうした説得を素直に受け入れて免許を返納した方はいます。ただ、大半の方は聞き入れてくれません。そもそも自分が認知症であることを認めない方もいて、医師の診察を受けるようお勧めした途端、激昂するケースも多い。認知症になると冷静な思考や判断ができませんから、理詰めで説得しても理解できず、かえって意固地になってしまうのです」(Tさん)

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■私は要介護の老親からこうやってクルマを奪った

Tさんは担当する利用者を強硬手段によって運転から遠ざけたケースを2例見てきたといいます。

1人目は内装業を営んでいた78歳の男性。日々、軽ワゴンで仕事をしてきた習慣から今も毎日のようにクルマで出かけていますが、奥さんによれば「この1年ほどで急に運転が危なっかしくなった」「助手席にいると、怖くてとても乗っていられない」と。

Tさんもご本人と話していると認知症の症状が出始めていることを感じたので「運転はされないほうがいいですね。ご本人の気持ちを害さないよう言葉を選びながら説得してください」とアドバイスしました。奥さんはそれに従って、「もうクルマは卒業しましょうよ」と何度も説得したといいます。

しかし聞き入れてくれなかったそうです。

再び奥さんはTさんに「今まで事故を起こしていないのは運に恵まれたとしかいえません。今日にも事故を起こすのではないかと気が気ではないんです。すぐにでも運転を止めさせたい」と泣きいてきました。そこで、Tさんは奥さんと一緒に作戦を練り、ある方法を実行しました。

「ご本人の不在時を見計らって、バッテリーを外したんです。幸いご本人はメカには詳しくなく、エンジンがかからないと修理業者を呼びました。私はそれも見越して、ボンネットを開けた時に目につくよう『どうしても運転を止めさせたいので、あえてこういう手段を取りました。廃車にするしかない致命的な故障です、とご本人に伝えてください』というメモを残したんです」(Tさん)

修理業者はそれで事情を察したようで、ご本人もそれを機に運転をやめたそうです。

■認知症の親の承諾なしでクルマを売り払って以来、絶縁状態

2人目は83歳の男性です。定年まで自動車のディーラー勤めをしていた方です。当然、クルマには詳しく、運転にも自信を持っていました。しかし、やはり認知症の兆候が出始め、駐車の時、他のクルマと接触するなど以前では考えられないミスをするようになったそうです。

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同居する息子さんが心配になって「そろそろ運転はやめたほうがいいんじゃない? 必要な時はできるだけオレが運転するから」と提案したわけです。ところが、本人は運転に自信があるものだから、その言葉を聞いて激昂。

「バカにするんじゃない」

まるで聞く耳を持たなかったそうです。奥さんも息子さん同様、心配してキーを隠したりしたようですが、探し出しては運転する。息子さんによれば、クルマには小さなキズが増えているし、このまま放置していたら大事故を起こすんじゃないかと危機感を持ったため、父親の承諾なしでクルマを売ってしまったのです。

当たり前のことですが所有者ではない人がクルマを売る場合、委任状がなければなりません。委任状には所有者本人の署名捺印が必要。この方の場合、クルマを手放す気など毛頭ないわけですから、署名捺印など無理なわけです。

ただ、本人の承諾がなくても、クルマを売却できる方法もないわけではありません。

■家庭裁判所の審判でクルマ売買もできるが、時間がかかる

認知症などにより物事を判断する能力が不十分な人を保護する成年後見制度の利用です。成年後見人になれるのは親族や弁護士、司法書士など。加えて本人が認知症などで判断能力があるかどうかを証明するため、医師による鑑定が必要になります。そのうえで家庭裁判所によって成年後見人が認められ、その意向によって家裁の審判によって、クルマの売買が成立するのです。

このケースの場合、息子さんが成年後見人になろうとしても、本人は医師による認知症鑑定を受けるのは拒絶するでしょう。正式な手続きを踏んでクルマを売ることも難しいわけです。

それに、さまざまな手続きを踏んで息子さんが成年後見人になり家裁の審判を仰いで、などといった悠長なことを言っていられる状況ではなかった。今日明日にでも、父親が大事故を起こしかねないという危機感があったのですから、おそらく人には言えない力技を使ったのでしょう。

■高齢ドライバーの運転免許更新を厳格化すべき

愛車を勝手に売ってしまった息子さんに対し、父親は激怒しました。これを機に親子は絶縁状態になり、1年以上たった今も顔を合わせられない状態とのことです。父親はディーラーに勤めていたこともあって、新車を買おうともしましたが、これは家計を仕切っている奥さんがストップをかけ、購入には至っていないそうです。Tさんは言います。

「認知症になるのは不可抗力であって、ご本人の責任ではありませんし、クルマを取り上げるのは気の毒だとは思います。その一方で、危うい状態にあるドライバーに運転をやめてもらいたいと思っている良識あるご家族も多いにもかかわらず、その思いに反して運転を続ける高齢者がいて、悲惨な事故も起こっているのが現実なのです。ただ、2つの事例のように高齢者をだますというか、ごまかすような、正当ではない形でしか運転をやめさせることができない現状は、どう考えてもおかしいと思います」

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つまり、高齢ドライバーによる事故を少なくするには思い切った制度改革が必要だと言うのです。

「運転免許というのは、安全に運転する能力を有しているという証明であるわけですよね。が、私が担当する利用者さんには加齢によって明らかにその能力が失われた方がいるわけです。その能力はもっと厳密にチェックされるべきだし、それには免許の更新を厳しくしたほうがいいと思うんです」

71歳以上の高齢者の運転免許有効期間は3年間。更新時、70歳以上は「高齢者講習」、75歳以上は「認知機能検査」を受ける必要があります。このふたつが高齢者の運転能力を見極める判断材料になっているわけです。Tさんは言います。

「認知症は短期間で進行するケースが少なくありませんから3年の有効期間は長いと思います。1年にすべきではないでしょうか。また、高齢者講習では運転実技もありますが、聞いた話によると1人当たり10分程度と短く、少々ミスをしても更新できてしまう。免許を取る時の検定に近い厳しさがあっていいと思います。このようにハードルを高くすることで、どうしても運転する必要がある人以外、更新は面倒になって、免許返納も増えるのではないでしょうか」

免許を返納する高齢者は年々増えているといわれますが、それでも75歳以上の返納率は4.71%(警察庁「免許運転統計」2017年度)でしかない。大多数の高齢者が「自分は大丈夫だ」と運転を続けている現実があります。

「その当事者を間近で見ている分、危機感が募るんです」とTさんはため息をつきました。

(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)