スマートニュースCEOの鈴木健氏(左)と社外取締役の久夛良木健氏。新たな経営体制でスマートニュースは何を目指すのか(編集部撮影)

スマートフォンアプリの中でも”老舗”の部類に入るニュースアプリ。ヤフー、LINEといったプラットフォーム型サービスに組み込まれているニュースと並び、国内で多くのユーザーを抱えているのがスマートニュースだ。会社設立から7年が経過した今年、同社はアメリカ市場での成長を加速するため、新たな展開に乗り出す。

スマートニュースは6月11日、グローバル開発体制整備を見据え、新たに3人の役員を外部から招聘したことを発表した。1人目はDeNA ChinaのCEO(最高経営責任者)として同社の中国事業を率いた任宜(ニン・ギ)氏。スマートニュースでは今後、CSO(最高戦略責任者)として財務、人事などのコーポレート部門を統括する。2人目は米フェイスブックでニュースフィード機能のインフラ責任者を務めたヨウリン・リー氏。同氏はVPoE(バイスプレジデント・エンジニアリング担当)として、社内のエンジニア部隊をマネジメントする役割を担う。

そしてもう1人、社外取締役として同社に参画することになったのが、「プレイステーション(PS)の父」として知られる久夛良木健(くたらぎ・けん)氏だ。今やPSは全世界に利用者を抱えており、インターネットにつながることでゲーム以外のさまざまなコンテンツも楽しめる基盤となっている。PSの立ち上げ・育成やソニーで副社長兼COO(最高執行責任者)を務めた経験を生かし、スマートニュースでは技術・経営戦略全般を支援していく見通しだ。

経営体制の刷新と同時に、スマートニュースはパロアルト(アメリカ)、上海、福岡に新開発拠点を設置。従来からある東京、サンフランシスコ、ニューヨーク(対メディア企業の営業拠点)と合わせ6拠点体制で、人員採用を加速していく。

英語圏の「メディア送客元」で米ヤフーを抜いた

スマートニュースは新聞社、テレビ局、出版社、ネットメディアなどさまざまな提携媒体社から記事を収集し、政治、経済、エンターテイメント、スポーツといったチャンネルに分類し表示する「ニュースアグリゲーション(集約)サービス」だ。2012年投入の日本版、2014年投入のアメリカ版を合わせたアプリダウンロード数は、今年2月に4000万を突破した。月間利用者数は1000万に上る。

とくに直近では、アメリカでの成長率が高まっているという。同社は日米にかかわらず詳細な業績を明らかにしていないが、アメリカの第三者機関が昨年12月に発表した調査によれば、英語圏におけるネットメディアへの送客元として、スマートニュースが米ヤフーを抜き、初めて10位にランクイン。着実に利用者開拓が進んでいるとみられる。

経営体制の刷新に相次ぐ新拠点設立と、大胆な展開に打って出たスマートニュース。スマホをめぐるコンテンツ配信競争が激化する中、どのような未来を描いているのか。社外取締役に就任した久夛良木氏、CEOの鈴木健氏に聞いた。

――参画の経緯を教えてください。

久夛良木健氏(以下、久夛良木):ユーザーとして長くスマートニュースを使っている中で、なかなかいいサービスだなと感じていた。ほかにもいろいろなニュースアプリが出てきた中でも、スマートニュースはとりわけUX(ユーザー体験)に優れ、すべてがさくさく動いてとても使いやすい。タブを移動するときのページをめくるようなアニメーションにもモッタリしたところがなく、洗練されたUI(使い勝手)やデザインといい、あらゆる面でしっかりしたテクノロジーが裏にあるアプリだと感じていた。


くたらぎ・けん/1975年にソニー入社。1993年ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)設立に参加。1999年にSCE社長、2003年にソニー副社長、2007年にSCE会長退任。2009年よりサイバーアイ・エンタテインメント社長(編集部撮影)

昨年の9月に、以前ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の執行役員だった西村(茂・スマートニュース常勤監査役)さんから、鈴木(健・スマートニュース社長)さんと浜本(階生・スマートニュースCOO)さんを交えて1度食事をしないかという話があった。その出会いをきっかけに、今年に入ってから社外取締役への就任を依頼され、これからが面白そうなので積極的に関わってみようと思った。

今のスマートニュースの規模感は、プレイステーションの創業時の組織に近い。このくらいの時期って、ビジネスモデルの策定から新製品開発までが同時並行的に動くので、すごくエキサイティングな時期だ。また、社内にプログラミングコードを書けるエンジニア集団を抱えているというのも重要なポイント。よくありがちな大企業のように、仕様書を作るだけで実際の開発行為は外注に出してしまうのではなくて、自分たちで軽快にチャレンジできる環境がいい。

新たなコンテンツ群を産み出す

――報道、エンタメ、コンテンツなど、スマートニュースを取り巻く環境は今後どうなるとみていますか。

久夛良木:ニュースアプリに限らず、テレビも新聞も出版も、既存メディア業界全体がネットワーク化の大変革の荒波に呑み込まれる中で、それぞれのメディアの役割も問い直されつつある。スマホのさらなる機能向上に呼応して今後5Gネットワークの普及が進めば、ニュースコンテンツそのものの定義も変化していくだろう。近年の顕著なトレンドは、テキスト・静止画から動画視聴へのシフトだ。しかも、コンテンツの発信元はいまやプロ・コンテンツに止まらず、すでに一般の人々のスマホやドライブレコーダーで撮影された動画が事件・事故の第一報になったり、ドローンで撮影した動画が時に既存テレビ放送より高精細であったりもしている。

ここ最近のゲーム業界の潮流でいうと、異なるプラットフォーム間の垣根を越えてネットワーク経由で相互に楽しめるゲーム共有体験に急速にシフトしつつある。これはゲームの楽しみ方の定義を変える大きな流れだ。ネットワークを介してのリアルタイム性が一段と増し、従来ファンタジーの世界の中にとどまっていたゲームが今後リアルワールドと密接に融合していくことで、関連する産業規模が一気に跳ね上がる可能性がある。Googleを始めとするアメリカ、そして中国もここに大量の資源を投入して未来の変革を起こそうとしている。

ネットを介してすべてが融合していく時代に、スマートニュースは今後どんなサービスを目指すのか。すでに社内ではいろいろと検討されているはずだ。ゲーム、音楽、映画、そして最先端のテクノロジーに深く関わってきた立場から、さまざまな局面で助言できることがあるのではと思っている。

――例えば、どんな方向がありそうですか?

久夛良木:1つは、これまでにない新たなコンテンツ群を産み出すこと。どのニュースメディアでも似たり寄ったりでは面白くない。UGC(ユーザー発のコンテンツ)をうまく取り込んでいく手もある。いずれにせよ、コードを書けるエンジニア集団が社内にいるのは大きい。試行錯誤しながらも、積極果敢に未来を切り拓いていって欲しい。

――スマートニュースは先日、調査報道支援を行う子会社・スローニュースの設立を発表しています。ここからオリジナルコンテンツ強化へと発展する可能性があるでしょうか。

鈴木健氏(以下、鈴木):スローニュースはあくまで、外部にいるジャーナリスト個人やチームをバックアップするための組織で、スマートニュースだけのためのコンテンツを作ろうという意図はない。当社の最大の価値は、ニュースアグリゲーターとして最も使いやすいアプリを開発・提供していくことにある。得意なことだけにリソースを結集しなければ、世界で戦えるサービスになれない。だから今後も、コンテンツ調達は外部メディアとのパートナーシップで、という方針を変えるつもりはない。

一方で、スマートニュースとしても「ぱっと見て終わり」というコンテンツだけでなく、もっと読み応えのあるものをというニーズには応えていきたい。今回の取り組みが、そういったニーズに資するインキュベーション(支援・育成)になればとは考えている。

やりたいことはいくらでもある

――ここ1年でアメリカ事業が成長している要因は何でしょう?

鈴木:プロダクトがアメリカ市場にきちんとフィットしてきたのが大きい。アメリカは日本と比較にならないくらいの圧倒的な多様性がある。アメリカ版のアプリ自体は2014年10月に投入しているが、機械学習のエンジンがだんだん鍛えられてきて、やっと多様性に対応できるまでに進化してきたということだ。


個人の興味・関心を基に最適化された「For You」タブ。興味を“狭める”のではなく、“広げる”ための独自アルゴリズムで表示している(写真:スマートニュース)

とくに手応えを感じているのが、2017年に出した「For You」という機能だ。スマートニュースでは当初、つねに新しい発見があるニュースアプリにしたいという思いから利用者ごとのパーソナライズを行っていなかった。一方社内では、「パーソナライズによって生まれる発見もあるのではないか」という議論がずっとあり、興味を狭めるのではなく、むしろ広げる個人最適化エンジンの開発に取り組んできた。それをサービスに落とし込んだものが「For You」で、現地で非常に重宝されている。

アメリカは2016年の大統領選挙以降、保守派とリベラル派に社会の分断が進んでしまっている。そんな中でスマートニュースは「ポリティカルバランシングアルゴリズム」という仕組みを入れて、どちらの側の人にも、それぞれの要素を含む記事をバランスよく出すようにしている。この取り組みをアピールするテレビCMも打ち、社会の分断に問題意識を持っている層や、自分の情報取得環境をヘルスにしたいと思っている層にうまく訴求できた。

――グローバルに開発体制を整えることで、具体的にどんなことを進めますか?

鈴木:先のポリティカルバランシングアルゴリズムも今新バージョンの開発に着手しているし、ほかにも一つひとつの機能をブラッシュアップしたい。もちろん動画含め、コンテンツの種類や見せ方の拡充もやっていかなければならない。今日本で取り組んでいるクーポン配信のような、生活の中で役立つ機能も増やしていきたい。やりたいことはいくらでもある。

アメリカでは2020年にまた大統領選挙がある。前回の選挙で社会のモメンタムが大きく変わったように、今回も変わる可能性がある。これはスマートニュースにとってある種の追い風。うちだからこそ狙える巨大なホワイトスペースがあると感じている。社会の分断を深めるのではなく、橋を架けるようなアプリとしてさらに進化したい。