元公認会計士で会計評論家の細野氏によれば、ゴーン元日産会長は明らかに無実。その理由とは(写真:Issei Kato/ロイター)

かつては日本航空などの、最近は東芝の不正会計分析で知られる元公認会計士の会計評論家・細野祐二氏は、現在「犯罪会計学」の研究家を自任する。本書はそのケーススタディーだが、会計とは無縁の冤罪(えんざい)事件に過半が割かれている。村木厚子・厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(後に事務次官)が逮捕された郵便不正事件だ。『会計と犯罪』を書いた会計評論家の細野祐二氏に話を聞いた。

キャッツ事件で有罪に

──犯罪会計学とは耳慣れない言葉です。

オリンパス事件や東芝事件で明らかなように、企業から巨額の金をもらって行う日本の公認会計士監査は機能していない。一方で現行司法は制度疲労が激しく、経済事件に対して有効に機能していない。犯罪会計学は、機能不全に陥る会計監査と経済司法を学際的な研究対象としたものだ。

──会計監査とは無関係の郵便不正事件が本書の執筆動機となったそうですが、それはなぜですか。

私はキャッツの株価操縦事件に絡み、有価証券虚偽記載罪で2004年に逮捕・起訴された。一貫して容疑を否認し無罪を主張したが最高裁で上告棄却。懲役2年、執行猶予4年の判決が確定し公認会計士の登録を抹消された。

──9年前のことですね。

キャッツ事件で有罪判決を受けて以降、メディアは会計の分野でも私の話をまともに聴こうとはしなかった。ところが、村木さんが無罪判決を得て、冤罪だったことが判明すると、特捜部への信頼は地に落ち、メディアは私の論稿を掲載するのをためらわなくなった。これは村木さんのおかげ。だから郵便不正事件はどうしても調べないといけないと思った。

──村木さんは著書『私は負けない』で、無罪判決は6つの幸運に恵まれたからだと書いています。

それを読んで私はかちんときた。村木さんは無罪を勝ち得たのだからそれでいいかもしれない。「数々の幸運に恵まれた」と書くのは奥ゆかしくもある。だが、私は有罪判決を食らっている。私は運が悪かった、では納得がいかない。村木さんが無罪を勝ち得た本当の理由、納得のいく答えが欲しかった。

村木さんが挙げた6つの運のうち「心身の健康」「安定的経済力」「家族の信頼」「友人等のサポート」の4つは村木さんの個人的優位性であり、これは運とはいわない。「優秀な弁護団」も、村木さんの弁護を受任した弘中惇一郎弁護士の実績は公知のことで、村木さん自身が弘中弁護団を選択しているのだから、これも運ではない。


細野祐二(ほそのゆうじ)/1953年生まれ。1975年早稲田大学卒業、日英のKPMGで会計監査とコンサルタント業務に従事。2004年キャッツ株価操縦事件に絡み有価証券虚偽記載で逮捕・起訴、10年有罪確定。現在は企業コンサルティングと財務諸表危険度分析に関し研究および執筆。(撮影:今井康一)

唯一、運だといえるのは、横田信之裁判長(大阪地方裁判所)という客観証拠を重視する希有な裁判官が担当となったことだ。『私は負けない』によれば、弘中弁護士は当時、「事件が起きた場所は東京で、被告人もほかの関係者も東京周辺にいる人なのだから(公判を)東京地裁に移管すべきだと主張しようと思ったが、評判のいい裁判長だったのでやめた」と語っていたそうだ。

判決文を読む限り、フロッピーディスクの改ざんや(偽の障害者団体代表が村木さんを連れて石井一国会議員を訪ね、厚労省への口利きを頼んだとする日は)石井議員がゴルフをしていて不在だったことが無罪判決の理由となっている。それでも検察官の面前で取られたいわゆる「検面調書」は豊富にあった。客観証拠を重視する横田裁判長が担当しなければ、村木さんは有罪になる可能性があった。

弘中弁護士の事務所がリーガルチェック

──公判廷では、公判証言よりも検面調書のほうが信憑性は高いとされるのだそうですね。

公判証言よりも検面調書を信じるべき状況を「特信状況」という。そして特信状況にあるかどうかを厳格に立証することは、刑事訴訟法が要求していない。「外部的な特別の事情が立証されなくても、特信状況の存在を推知せしめられれば十分である」という最高裁の判例もある。それにもかかわらず、横田裁判長は本件で「刑事訴訟法上の特信状況を客観証拠と整合する範囲に限定して認める」という画期的な判断を示した。

──本書は弘中弁護士の法律事務所によるリーガルチェックを受けたそうですね。

弘中弁護士は村木さんの事件で無罪判決を勝ち取った当人であり、私はライブドア事件の最高裁審理において会計分析をお手伝いした。それ以来のお付き合いだ。

私は司法教育を受けていない。私の司法論述が「素人の法律論」と揶揄されてはいけないと思い、弘中弁護士に査閲をお願いした。日産ゴーン事件の裁判準備で忙しいにもかかわらず、弘中事務所の査閲を受けることができたのはぜいたくであり僥倖だと思っている。

──本書のもう1つのテーマが日産ゴーン事件。人質司法への批判など物議を醸しています。

ゴーン元会長の容疑は有価証券報告書虚偽記載と特別背任だ。しかし、どれも犯罪事実が成立しておらず、ゴーン元会長は明らかに無実だ。元会長の役員報酬のうち支払いの蓋然性(probability)の低い報酬を有価証券報告書に記載していなかったが、それは正しい会計処理だ。

発生した費用は支払いの蓋然性が高ければ記載する。これを会計の世界では「発生主義の原則」という。会計士ならば誰でもわかっていることだ。ところがこの会計の基本原則を東京地検特捜部の検事はわかっていない。

先物の損だけ取り上げるから変な話に

──ゴーン元会長の特別背任容疑についてはどうですか。


特別背任容疑についてはサウジアラビアルートとオマーンルートの2つがある。サウジのほうは、リーマンショックの影響により通貨スワップ取引で損が発生。その損を日産に肩代わりさせようとしたというのが発端となっているが、あくまでもリスクヘッジ目的のスワップ取引だ。先物に損が発生したら直物に利益が発生している。全体としてみると損をしていない。その取引を日産に移すことは、損も利益も移すことになる。それなのに先物の損だけを取り上げるから変な話になるのである。

──オマーンルートは?

損失すら発生していないので話にならない。中東日産から流れた資金は借入金として処理されているはずだ。「借金を踏み倒す」と借りた側が明言しているのでもない限り、会計上、損失を計上できない。会計取引には、金銭の貸借である資金取引と、損や利益が発生する損益取引とがある。特捜部はその区別をまったく理解せずに特別背任罪を立件している。