ざるそば(左)ともりそば。「のり」以外には違いが分からない。

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大衆的なそば屋のチェーン店で、「ざるそば」と「もりそば」の両方を注文し、出てきた二つを見比べてみた。

細かく刻んだのりが載っているのがざるそば、そうでないのがもりそばだが、それ以外には違いが見当たらない。器と言い、つゆや薬味、そばそのものの様子と言い、まったく同じに見える。そういうものと思っている人が、きっと多いに違いない。

ざるともり「のり」以外の違いは?

口をつけてみた。僕は舌にそれほどの自信があるわけではないけれど、つゆの味と言い、そばの歯触り、舌触りと言い、違いが分からない。

どうやら、この店の場合、ざるそばともりそばの違いは、のりの「ある」「なし」だけのようである。そのくせ、値段はもりそばの300円に対し、ざるそばは390円と、3割も高い。

調べてみると、「ざるそば」「もりそば」にはそれぞれ「歴史」がある。たとえば、もりそばに対し差別化を図るためにざるそばが生まれ、つゆひとつとっても、味醂を入れたりしたなどと言われている。

今もその名に値するざるそばはあるのだろうが、のりだけによる差別化というのは、どうもいただけない。

ざるそば、もりそばという区別も、僕は日本全国、どこにでもあると思っていたが、地方によって、あるいは年代によって、いろいろらしい。ざるそばという言葉を聞いたことがないと言う人さえいる。

僕の取材範囲は東京とその近郊で、そう広くはないから、ここまで読んできて、自分の経験と合わない方もいらっしゃるだろう。その点はお許し願いたい。

もっとも、東京でもそば屋に行けば、ざるそばともりそばの両方があるとは限らない。先日、東京・池袋の麺類の店に入って、もりそばを注文したら、「うちはざるそばしかありません」と断られてしまった。知人が勤める会社の社員食堂でも、もりそばはなく、ざるそばだけだそうである。

逆に、僕がたまに行く由緒ありげな店では、もりそばしかなかった。おかみさんに聞いてみると、「亡くなった先代が、のりを載せただけのざるそばというのを嫌がりまして」とのこと。こちらは納得できる理由だった。

「のり」だけ載せは昔から不評だった

のりを載せただけで割高なざるそばの評判は、昔から芳しくないようだ。

人づてに聞いた話だけど、かつて日本国有鉄道(現JR各社)の総裁を務めた石田礼助さん(1886〜1978年)もそうだった。ぱらぱらとまいたのりの有無だけで、あんなに値段に差があるのはおかしいと言って、そば屋に行く際はいつも、刻んだのりを隠し持っていたそうである。

僕が直接、話を聞いたのは経済団体連合会の会長だった土光敏夫さん(1896〜1988年)で、「いい若い者がざるそばなぞは食うべきじゃない。値段の安いもりそばをうんと食ったほうがいい」と話していた。

邪推かもしれないが、そば屋によっては、「ざるそばともりそばの両方を置いたら、二つはどう違うのか、値段の違いは妥当か、などと比べられてしまう。面倒だから、のりを載せたざるそばだけにしてしまえ。あるいはもりそばだけでいいや」なんてことを考えて、あえて片方しか置かないことがあるのではないだろうか。(岩城元)