50歳を迎えて不安なのは老後のお金。解決策を打ち出せるのは今しかない(デザイン:杉山 未記)

継続就業(ワークロンガー)、企業年金や民間生命保険への加入やみずからの資産運用(プライベートペンション)、公的年金(パブリックペンション)。この3つの頭文字を取った「WPP」が、これからの時代の老後設計になると言われている。なるべく長く働く一方で、公的年金をもらうタイミングは繰り下げ受給でなるべく遅くする。

具体的には65歳まで働き、70歳から公的年金の受給を開始する。公的年金は死ぬまでもらえるほか、物価が上昇したらそれに合わせて増えるようにできている。また、受給開始を遅らせるほど、月々の年金受給額は増える。

WPPなら1億円はいらなさそう

『週刊東洋経済』は6月10日発売号で「50歳からのお金の教科書」を特集。人生100年時代の資産運用術を紹介している。厚生労働省が社会保障審議会年金部会に提出した資料(2018年11月2日)によれば、20〜60歳の現役男子全体の平均手取り賃金は月額34.8万円で、70歳まで働き、70歳から受給を開始すると年金は2014年度で夫婦を合わせて月額32.3万円となる。

これが1世代下の2043年度になると、将来的な条件変化を加味してこの時点で想定されている平均手取り賃金月額48.2万円に対して、年金受給額は月額36.3万円になる。


継続就業せずに60歳で退職、65歳から公的年金をもらう場合は月額21.8万円(2014年度)、同24.4万円(2043年度)。WPPの場合に比べて月10万円以上も低いのは、継続就業や繰り下げ需給の効果が大きいからだ。

「老夫婦の生活費は毎月25万円というのが相場」とは一般的に言われる。生活水準は各家庭でさまざまだろうが、仮にこれを基に考えると、70歳以降の年金額ではおつりが来るくらいだ。すると、老後に備えてしっかり用意しなければならないお金は、WPPを前提にするならば、65歳から70歳になるまでの5年間のお金ということになる。

多くの金融機関は「人生100年時代に1億円は退職時に必要」と言うが、WPPの場合、65歳から70歳になるまでの5年分の生活費を手当てすればいいのだから、それを考えれば1億円はずいぶん大きな数字に見える。

50歳から備えるのならば、15〜20年先のお金なのだから、運用をしたほうがいいだろう。将来少しでも大きな資産にするには、低コストの投資信託で運用したほうがよさそうだ。現在では信託報酬が年0.1%台の低コスト投信がたくさんある。

運用に向かない商品もある

一方で、生命保険や外債、仕組み債、ファンドラップでの運用はやめておいたほうがいいだろう。生保やファンドラップは高コストだから、外債は為替リスクの割にはリターンが少なく、仕組み債は複雑すぎて営業員すらリスクをきちんと把握しておらず危険だからだ。

とくに仕組み債では、2018年に「即死条項」が発動し多くの個人投資家が大損した仕組み債「NEXT NOTES S&P500 VIXインバースETN」が記憶に新しい投資家もいるだろう。投資家心理を表す恐怖指数VIX(ボラティリティーインデックス)と逆の動きをするように設計された上場投信だが、前日比2割以下になると早期償還される早期償還条項がついていた。昨年2月にアメリカの金利上昇を受けてVIX指数が急上昇。この仕組み債は早期償還条項に抵触し上場廃止が決定。3万円台だったこの仕組み債は紙くず同然になった。

証券取引等監視委員会は昨年9月公表の「証券モニタリング概要・事例集」(全74ページ)の中で、この仕組み債の問題点や顛末について2ページを割いて詳報している。監視委員会は3つの落とし穴があったと指摘している。

1つめの落とし穴は取り扱い開始時にあった。「その実態は仕組み債であるにもかかわらず、商品分類としてはすでに販売されている商品だった、取引所に上場している商品だったという理由から、販売に先立ち営業員に対する商品知識のインプットなどの対応が行われていなかった」としている。

「十分ではなかった」ではなく「行われていなかった」のである。営業員がリスクを理解しないままに顧客に勧めていた実態を、監視委員会は野村証券へのモニタリングで把握していたことがこの文章からうかがえる。

2つめは勧誘時。監視委員会は「『過去の値動きから、そろそろ反転するのではないか』といった市場価格の推移にのみ焦点を当てた勧誘が行われ、価格の変動性質や早期償還条項などの説明が行われていないケースが見られました。このような勧誘の実態は多くのケースで把握されていませんでした」と指摘している。

営業店は通り一遍の回答を繰り返すのみ

3つめは販売後の対応。「事前に早期償還条項がついているなどの説明を受けていない」という苦情に対し、営業店は「早期償還条項に関して説明しなければならない法的義務はない」と通り一遍の回答を繰り返すのみであったという。

この問題では、証券・金融商品あっせん相談センター(フィンマック)には多くの苦情が寄せられ、300件超の和解あっせんが行われているが、現在係争中の案件もある。

昨年の恐怖指数騒動は、営業員ですらよく理解していない商品を勧められることがあることを浮き彫りにした。自分のお金を増やすにはコストやリスクをよく理解し冷静に判断する必要がありそうだ。

『週刊東洋経済』6月15日号(6月10日発売)の特集は「50歳からのお金の教科書」です。