ソフトバンク―中日3  8回中日2死、大島洋平が右越えに長打を放ち、一気に本塁を狙うがタッチアウト。捕手高谷=ヤフオクドーム(画像:共同通信)

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6日に行なわれたプロ野球中日VSソフトバンク戦では、判定に関する揉め事がありました。8回表、中日の大島洋平選手によるあわやランニングホームランかというプレー。本塁でのクロスプレーはアウトと判定され、これを不服とした中日側のリクエストによるリプレー検証を経ても判定は覆りませんでした。

映像を見る限りは、「本塁到達の方が捕手のタッチよりも先に見える」「捕手はタッチしたミットではなく反対側の手でボールを保持しているように見え、いわゆる空タッチなのではないか」とも思われるプレーでした。中日側の不満、納得できないファンの心情は理解できます。

しかし、こうしたプレーが生まれるたびに、世間一般では「真実」と「判定」とはまったく別物であることを、根本的に理解されていないのだなと感じます。

本件で憤る中日球団・選手、あるいは中日ファンは「この判定は、真実と違うじゃないか」という怒りが根本にあるのでしょう。映像を見て、ますますその想いを強めたかもしれません。ただ、プロ野球においては審判員が下した裁定に盾突くことは、根本的に間違っています。公認野球規則に「審判員の判断に基づく裁定は最終のものである」と記されているという建前はもちろんですが、プロ野球において「最終の裁定」を下す「仕組み」が審判員である以上、その「仕組み」に盾突くのはまったくの無法です。

野球においては数々の「五分五分のプレー」があります。ストライクなのかボールなのか。セーフなのかアウトなのか。もちろん、可能な限り「真実」に基づいた裁定を下すべきです。しかし、一瞬のプレーにおいて「どちらとも言えない」状況はあり得ます。一方の球団・ファンにはセーフに見え、もう一方の球団・ファンにはアウトに見える。そんなプレーは必ずあります。

両方がセーフだ、アウトだと水掛け論を始めたとき、何らかの仕組みでどちらかに決めなければなりません。その「仕組み」として存在するのが審判員なのです。国家の運営においては「選挙」「採決」といった仕組みで、犯罪や揉め事においては「裁判」という仕組みで水掛け論を終わらせるように、プロ野球においては「審判員の裁定」という仕組みで水掛け論を終わらせるのです。

極端な話、「揉めたらジャンケン」を「水掛け論を終わらせるための仕組み」としてもよいのです。ただ、その場合は、あらゆるプレーで揉めるでしょう。ダメ元でもジャンケンを仕掛けて勝てば有利になるのですから。プロ野球における「第三者の専門家、複数人による審理」という「仕組み」は合理的で信頼のおけるものです。「揉めたらジャンケン」とは比べようもない、優れた仕組みです。

そのような「水掛け論を終わらせるための仕組み」として存在するものに対して、再び水掛け論を吹っ掛けるのは無法であり、根本的な無理解によるものです。「俺の目にはセーフに見える」という一方的な見解に基づく、身勝手なふるまいです。真実がどうだったかではなく、「水掛け論をおさめるための仕組み」が審判員による裁定なのですから、それに従うのは「絶対」なのです。

中日球団は「リプレー検証で裁定されたことへの意見書、質問書は受けられない」と拒絶され、NPBへの意見書の提出を断念したそうですが、それは当然のことです。「再び水掛け論を吹っ掛けようとしている」行為そのものなのですから。

もちろん、裁定が「真実」と一致するようにつとめるべきですし、そのための工夫というのは行なうべきです。国家の運営においては衆議院・参議院と二度の審議があり、裁判においては三審制や再審請求といった複数回の審理があるように、プロ野球においても「リプレー検証」が行なわれるようになりました。100%明らかに真実と異なるのならば、裁定を覆せるような改善というのも施してきているわけです。人間のやることですからミスや間違いを完全に排除はできませんが、努力はしているのです。

球団・選手・ファンも、判定に不服があるときは「俺の見た真実と違う」という無法・無理解・無意味な内容ではなく、「仕組みそのものの改善要求」として声をあげるべきです。たとえば今回のような事例であれば「リプレー検証は試合を裁く審判員とは別の人間が行なうべき」「各球場のカメラをリーグ主導で増設し、画質も上げるべき」「審判員の数を増やすべき」といったことであれば、建設的な意見として受け止められるでしょう。

今後、裁定に不服がある際は、何故そのような裁定となったかの原因に思いをめぐらせ、よりよい「仕組み」を作るための意見として発信していってほしいもの。「自分たちに不利な判定」となったときだけ不満の声を上げるなどという、無法・無理解・無意味な行動ではなく。

文=フモフモ編集長