「魔法の声」がエンドロールでスクリーンから溢れ出す。認知症でゆっくり記憶を失っていく父との、お別れまでの7年間を描いた映画『長いお別れ』。原作は中島京子さんの同名小説(文春文庫)。『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督が脚本・監督を務めた。その主題歌「めぐる」を歌っているのが優河さんだ。

【写真】認知症の父を演じる山崎努と娘役の蒼井優


優河さん ©Tatsuya Hirota

 厳格だった父(山崎努)が起こす出来事に振り回されながら、仕事や恋愛、家庭の悩みを抱える娘たち(蒼井優・竹内結子)も変わっていく。涙と同じくらい笑いも詰まった映画になっている。

「両親が共働きだったので、小さい頃は祖母に面倒を見てもらって育ちました。今、祖母も一緒に経験したいろいろな記憶を失っていて、そんな姿を見ると最初はとても切なかった。でも、そのうちに、祖母は今、どんどんピュアになっていっているんじゃないか、って思ったんです。無駄なことが省かれて、その人そのものになっていく。本当に大事なことだけ覚えていれば、記憶がないってそんなに悪いことじゃないのかもしれないと思うんです」

 台本をもらって最初に書き上げた唄は、中野監督から「命の儚さにフォーカスし過ぎている」とダメ出しを受けた。「『めぐる』という言葉に到達したときに、この唄が書けました。最初は誰の心情を軸に唄を書けばいいのか迷いましたが、お父さんを取り巻く家族1人ひとりの視線が少しずつ入った唄になりました」

 父は石橋凌さん、母は原田美枝子さん、妹は石橋静河さんという芸能一家に生まれ、どこか遠くへ身体ごとさらわれてしまうような歌声は唯一無二と評されるが、以前は自分に自信がなく、夢もなかったという。中学の文化祭でステージに立った優河さんが歌い始めた途端、騒がしかった会場が水を打ったように静まり返った。その光景を見ていた母がボイストレーニングの学校に通うことを勧めた。

「さんざん泣き尽したとき、自分は自分でいていいんだ、と」

「3人兄妹の真ん中で両親は私をしっかりした子と思っていたようです。高校でオーストラリア留学から帰ってきたとき、兄も妹も留学中で生まれて初めて一人っ子状態になりました。赤ちゃん返りして、親にわがままを言って……さんざん泣き尽したとき、自分は自分でいていいんだ、と肯定できるようになりました」

 ライブハウスで働きながら様々な音楽を吸収し、2011年に活動を開始。優河さんの唄は聴く人の背中をそっと押してくれる。

「認知症の方がたとえ過去を思い出せなくなったとしても、いずれ命が尽きるときには記憶も消えていく。“今”しかないのは人間みんな同じだと思うんです。別れは悲しいけれど、人を前進させるものでもある。多くの人にこの映画が届くように、と願っています」

ゆうが/1992年東京生まれ。2015年、アルバム「Tabiji」をリリース。TVCMナレーション(UNIQLO、POLA)など幅広く活躍。2018年、2ndアルバム「魔法」をP-VINEレコードからリリース。全国でのツアーライブも精力的に行っている。5月22日に新作ミニアルバム「めぐる」がリリースされた。

INFORMATION

『長いお別れ』
全国ロードショー中
http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp

(「文春オンライン」編集部/週刊文春 2019年6月13日号)