解決は首脳同士の会談によるしかない。写真は2017年9月(写真:REUTERS/Damir Sagolj)

5月第2週にアメリカのトランプ大統領が発信した通商交渉における中国批判と関税引き上げに関するツイート以降、米中貿易摩擦は新たな段階に入ったといえる。トランプ大統領は側近の助言によって交渉妥結を先送りしたとされるが、妥結間近であった交渉が後退した理由についてアメリカ側と中国側の見解は異なり、さまざまな憶測もあって、その真相は不明だ。

昨年9月のように予定されていた中国交渉団の訪米が直前で取りやめられるといった事態にまで発展せず、双方が交渉を継続する意思を示したことだけは救いだ。とはいえ、不意打ちされた渡米前の中国交渉団は新たな展開の中、アメリカ側と新たな妥協策を交渉する準備もなかったという。その後、早期の交渉妥結はますます難しくなり、妥結自体にも悲観的な見方が出てきている。

アメリカは通商法301条に基づく中国からの輸入2000億ドル相当に対する追加関税「第3弾」の税率を10%から25%に引き上げ、残りの3000億ドルに対する追加関税「第4弾」についても対象品目リストを発表した。さらに、トランプ大統領は、商務省の許可なしでは輸出を禁じる措置対象の「エンティティリスト」にファーウェイ(華為技術)を追加するとともに、ファーウェイをはじめとする中国企業を想定し、国家安全保障上リスクを生じる通信機器を在米企業が使用することを禁止する大統領令に署名している。

中国も報復関税の発表に加え、信頼できない外国企業リスト作成、レアアースの輸出規制強化の検討を行っている。そしてアメリカの対中サービス輸出として重要な旅行客や留学生についても、自国民に控えるように呼び掛けるなど多方面で抵抗を見せている。今日、中国国内では米中貿易摩擦をめぐりナショナリズムが徐々に広がりつつある。交渉妥結のハードルはますます高くなった。

再び戦時体制に入った米中貿易交渉は世界経済の不確実性を高める。戦後、日本企業をはじめ多くの企業がサプライチェーンを世界で構築してきた。中国市場そして中国企業との関わりが深まっている中、今後、グローバルにビジネス展開する企業は試練にさらされる。中国の構造改革は容易でない状況下、米中貿易交渉の早期妥結の可能性は両国首脳による直接会談にのみ残されている。

交渉妥結には首脳会談が不可欠

トランプ大統領に近いある元側近は、大統領は2020年大統領選に向け、成果としてアピールするためにも近々、米中貿易交渉は妥結に至ると予想している。2019年4月まで国家経済会議(NEC)の副委員長を務めたクリート・ウィレムス氏も、合意を予想しているとウォールストリートジャーナル紙に語っている。

中国は体制維持が大前提であり、構造改革の一環として国家資本主義の改革といったレッドラインを越えることは容認できない。そのため、米中両国が交渉妥結に至るには対中強硬派のピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)やロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表ではなく、トランプ大統領自らがディール成立を優先するといったトップダウンの決断が必要となる。

5月23日、トランプ大統領はファーウェイについて「とても危険」と語ったものの、米中貿易交渉の内容に含める可能性について言及した。つまり、トランプ大統領は昨年、ZTE(中興通訊)を倒産危機から救ったのと同様に、制裁違反のファーウェイを法の執行問題として捉えず、交渉材料として利用する可能性を示唆した。

トランプ大統領はライトハイザーUSTR代表やナバロ大統領補佐官と異なり、「イデオロギー」に基づく政策を推進せず、ディール成立を最優先するといった「トランザクショナル」な大統領だ。6月6日、フォックステレビでトランプ大統領は「中国とは必ずディールを成立する」と妥結に自信を見せた。

米中貿易交渉の合意事項について、トランプ政権は議会承認を通じて自国の法律改正をしない見通しだ。だが、中国に対しては法改正など厳しい要望を突きつけている。トランプ大統領の関税に対するこだわりは強く、交渉力を弱めるような対中関税の撤廃や引き下げには容易に応じない姿勢だ。

一方、中国側は今後も共産党の一党独裁体制を維持する上で国家資本主義体制を揺るがすような改革には容易に応じることはできない。したがって、中国の構造改革に関わる問題は、トランプ大統領がディール成立を優先し、アメリカがある程度譲歩しなければ合意は難しい。

さらに交渉を難しくしているのが「国際緊急経済権限法」(IEEPA)に基づく対メキシコ関税の発表だ。トランプ政権はUSMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ間の新NAFTA)に3カ国が署名後であったにも関わらず、新たな関税発動の可能性を示唆した。これによって、アメリカは交渉の信憑性を失いかねない。

つまり、中国はアメリカと仮に合意に至ったとしても、その後、トランプ政権が何かしら理由をつけて、新たな関税を発動しかねないと捉えるであろう。したがって、中国はアメリカとの交渉を妥結するインセンティブに欠け、交渉から去るリスクさえ指摘されている。

なお、これまでは北朝鮮問題など外交問題が米中貿易交渉にも影響を及ぼすことが指摘されてきた。だが、中国は北朝鮮問題で協力してきたが、トランプ政権による通商政策は北朝鮮問題とは関係なく展開されてきた。したがって、今後も北朝鮮や中東、中南米などにおける外交問題で中国政府の協力を考慮してアメリカが通商政策の手を緩めることは見込めない。

2018年9月に2000億ドルの追加関税を課すことをトランプ政権が発表して、中国は米中貿易交渉への参加を中止し、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで両国首脳が会うまで交渉は中断された。トランプ大統領と習近平国家主席の直接会談がディール成立の絶好の機会であり、直近では6月28〜29日に大阪で開催されるG20で米中首脳会談が実施される可能性がある。トランプ大統領は同会合に意欲を示しているものの、会合が行われない可能性もまだ残されている。

6月6日、外遊先フランスでトランプ大統領は対中追加関税第4弾についてG20後に決定すると語った。同会合が成功裏に終われば、対中追加関税第4弾の発動が保留あるいは撤回されることも期待できる。一方、仮に首脳会談が決裂に終わった場合、トランプ大統領は残りの対中輸入約3000億ドルに対し最大25%の追加関税を課す可能性が高い。また、今後アメリカは、ファーウェイ以外にも輸出管理規制強化の対象となる中国企業を拡大することが見込まれる。

「新ピンポン外交」で市場のボラティリティは高まる

1949年の中華人民共和国の成立以降、米中両国の国交が途絶えていた状況下、1970年代初めに名古屋で開催された卓球世界大会に米中両国の卓球選手が派遣された。その後も続いた卓球選手の交流が米中関係の雪解けのきっかけとなり、「ピンポン(卓球)外交」と呼ばれた。

ブルッキングス研究所のデビッド・ダラー上級研究員は、現状の米中貿易交渉を「新ピンポン外交」と称する。ただし、意味合いは異なり、米中貿易交渉妥結について楽観的な状況と悲観的な状況とが行ったり来たりすることから、このように名付けている。

6月末の両国首脳の会談が確実視されれば、市場は好感的に捉える。だが、同首脳会談に向けて両国は強硬策をアピールし、お互い交渉に向けて威嚇し、交渉の立場を強めようとしている。その都度、市場のボラティリティは高まってしまう。

政治経済面の情勢悪化などで妥結圧力がかからない限り、早期合意は難しいと思われる。トランプ大統領は自らの支持率としてもアピールしてきたアメリカの株式市場の動向を重視している。米中貿易交渉と株価はいたちごっこの関係にある。仮にトランプ大統領が中国と交渉妥結の姿勢を見せれば、市場は好感し株価は上昇する。だが、株価上昇によってトランプ大統領は強硬な通商政策の市場への影響は限定的と捉え、再び強硬な通商政策を発動しかねない。

大統領の元側近によると大統領の政権運営スタイルは状況に応じてルールを決めていくものだという。交渉相手を追い込み、圧力をかけ、不確実性が高まり周囲が心配する中、最終的には自らの手でディール成立に至る。

中長期的にも楽観的な状況と悲観的な状況が混在することとなる。仮に今夏から今秋、トランプ大統領が成果を優先し、公約の中国の構造改革が不十分な内容でも米中貿易交渉が妥結に至った場合、市場は楽観的なムードに包まれる。だが、政治では、2020年大統領選に向けて民主党大統領候補が合意内容を批判することが想定される。超党派で幅広い国民に支持される対中批判が展開されるであろう。また、ファーウェイ問題についても同社を救済した場合は議会からの反発が必至だ。

そうなると、いずれ米中貿易摩擦は再燃する。いずれにしても、米中覇権争いに決着がつくことはない。

対中政策では日米欧の連携が重要

知的財産権侵害、強制技術移転、補助金問題など中国の国家資本主義に基づく不公正貿易慣行は、欧米企業だけでなく多くの日本企業も長年、懸念してきたことだ。これらについて、日米欧の問題意識は一致している。アメリカは301条に基づき単独で対中政策を進める一方、日米欧は貿易大臣会合などを通じて連携し、中国の国家資本主義の問題について協議を重ねている。

だが、日米が対中政策で連携を図ろうとする一方で、日本が対中政策の効果的な手法と考えてきたTPP(環太平洋経済連携協定)からトランプ政権は発足直後に離脱した。1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づき同盟国である日本に対しても、鉄鋼・アルミ製品に追加関税を課している。

仮に今秋以降、自動車・部品にも232条追加関税を発動すれば、日本経済への悪影響が懸念され、日米関係にも緊張が高まる。日本政府がトランプ政権の焦点を日米貿易関係ではなく、米中貿易関係にシフトさせることに成功すれば、アメリカによる対日強硬策を回避することも可能であろう。

安倍首相は、トランプ大統領とは6月のG20に続き、8月にはG7、そして9月には国連総会でも会う可能性があり、その都度、対中国政策での連携でトランプ大統領を説得する機会がある。

今後、交渉が始まる米EU(欧州連合)貿易交渉そして、7月の参議院選以降加速するであろう日米貿易交渉の過程で、自動車・部品に対する232条追加関税をめぐり、アメリカがEUや日本との関係を悪化させれば、対中政策で一枚岩にはなれず、連携が弱体化しかねない。

戦後構築されたGATT/WTOに基づく貿易体制に限界が見える中、各国は世界貿易の新たな秩序構築に向けて模索している段階だ。その最重要課題は中国の国家資本主義への対応である。トランプ政権は301条追加関税、投資規制、輸出規制などに基づき、主にアメリカ単独で中国の構造改革を試みている。しかし、本来は日米欧で連携しなければ解決できない問題だ。